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土方さんはその後、結局、弁天台場まで辿り着くことができず……。
新政府軍の圧倒的な兵力を前にして、弁天台場は降伏した。
やがて箱館市中も新政府軍に占拠され、箱館軍はとうとう降伏することになる。
箱館戦争は、終結したのだ。
蝦夷地にささやかな春が訪れた頃、新選組の戦いも終わりを迎えた。
蝦夷共和国の方々の中で、特に降伏を強く主張したのは大鳥さんだという。
死ぬよりも生きていたほうが先を望める……。
とても大鳥さんらしい考えだった。
有能さを敵将に買われた榎本さんは、極刑を免れ、現在も投獄されているらしい。
島田君も、厳しい戦いを無事に潜り抜けた。
これからどうするつもりなのか尋ねてみたら、彼は、京に戻って剣術道場でも開きます、と笑っていた。
土方さんに後を託された相馬君は、最後の新選組局長として新政府軍に投降し、今も囚われの身だという。
伊庭君は五稜郭開城直前、榎本さんから渡されたモルヒネを飲んで命を絶った。
新政府に投降して生き延びるぐらいなら、潔く命を絶つーー。
それが、伊庭君にとっての武士のあり方だったのかもしれない。


『…………』


私は、きっと……。
桜の花咲く季節がくるたび、思い出すのだろう。
この地で、多くの命が失われたこと。
信じたもののために自らの道を貫き通し、最後まで戦い続けた武士がいたこと。
そして……。
土方さんと共に過ごせた時間を、私は何度となく思い出す。


『桜、綺麗だね。』


薄絹のように柔らかな手触りで、ほのかに春を香らせる愛らしい花弁。
春の彩りを目にするたび、私は、この幸福を思い返すのだろう。
……彼が私の隣にいてくれた、この瞬間を。


「おまえ、本当に桜が好きなんだな。」

『うん。』


梅の花でも牡丹の花でもなく、桜の花が好きな理由。
それは……。


『……桜は、土方さんに似てるから。』


そんな私を見下ろす眼差しは、穏やかな光をたたえている。
彼は目を細めながら、静かな声音で言った。


「……俺も好きだよ。おまえに似合うからな。」

『…………』


優しい声でささやかれると、目眩にも似た感覚が浮き上がる。
顔が火照って、私の想いが全て表に出てしまう。
彼の想いが込められた言葉にだけは、気持ちを隠し通せなくなる。
私が土方さんの言葉に慣れる日なんて、きっといつまで経ってもこないのだろう。


「……最近、終わりがくるのが怖くなった。」

『え……?』


私は戸惑いながら、告げられた言葉の意味を測る。


「おまえとの暮らしは、飽きねえからな。ずっと生き続けてえって、思うことがある。」

『…………』


羅刹として肉体を削られ続けた土方さんの寿命がいつ尽きるのか……、それはわからない。
明日なのかもしれないし、明後日なのかもしれない。
そのことは、私たちもよくわかっているけど……。


「てめえの運命を潔く受け入れて散るってのは、綺麗な死に様かもしれねえが……終わりを求める必要なんざ、ねえよな。生きてえから、あがき続ける。そっちの方が、性に合ってる。」


彼の力強い声音に、私も勇気付けられる。


『……私も、離れたくない。』


この生ある限り、最後の最後まで、土方さんと共にあがき続けたいと思う。
最後の瞬間を、幸福に迎えられるように……。


『できるだけ長く、そばにいたいわ。』

「……おまえはすぐに泣くから、尚更、置いていけねえ気がするんだよ。」

『あ……』


いつの間にか、頬を涙が伝っていた。
彼の前では、気丈に振る舞うと決めていたはずなのに……。


『ごめん……』


まなじりに溜まった涙を、慌てて拭おうとすると……。


「……いいんだよ。おまえの涙を拭うのは、俺の役目だ。」


そう言って、優しい仕草で涙を拭ってくれる。


『じゃあ、土方さんを支えるのは、私の役目だよね?』

「……当たり前じゃねえか。おまえ以外の誰に、そんな真似ができるってんだ?どんだけ突き放しても聞かねえ。しまいにゃ蝦夷地まで追いかけてきやがる。……おまえにゃ、負けたよ。この先、一生勝てる気がしねえ。」

『ふふっ……』


北国の桜が、遅い春を懸命に告げている。

願わくば……。
この季節の思い出を、再び重ねられますように。
来年も、再来年も、できることなら永遠に、幸せな記憶の数を増やせますように……。
私たちが、決して……。
別たれることなど、ありませんように。


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