02
「局長を襲った刺客の正体は、まだつかめないのか?」
「どうせ、薩長の奴らに決まってるぜ。卑怯な真似を……!」
「…………」
近藤さんが襲撃を受けてからというもの、伏見奉行所内には緊張した雰囲気が立ち込めていた。
「皆さん、お茶をどうぞ……」
「お、ありがとうな。そこに置いといてくれ。」
『ありがとう、千鶴。』
千鶴に笑顔を見せて、私は視線を戻した。
今は、大切な話をしている真っ最中だ。
皆、怖いくらいに真剣な表情で、意見をぶつけ合う。
「で、今後、どうするつもりなんだ?薩摩の奴らは、政権返上だけじゃ飽き足らず、徳川家が持っている領地も何もかも返せって言ってやがるんだろ?」
『どう考えても、戦を始める為の口実作りとしか思えないんだけど。今のうちに、戦う準備を進めておくに越したことはないと思うな。』
「……だろうな。奴ら、年若い天子様を担ぎ上げて、我が物顔で朝廷に出入りしてやがる。で、そいつらとの戦の準備をどうするかだがーー」
「山南さんは、羅刹隊の増強を主張してらっしゃるようですが……」
その言葉で、私は先日のーー。
私たち幹部隊士の皆がそれぞれ変若水を受け取った時のことを思い出してしまう。
「俺は反対だ。これからの戦は、不逞浪士を取りしまってた頃とは違う。敵味方入り乱れて戦う中で、連中の手綱をうまく取れてるとは思えねえ。」
『私も反対。戦力にはなるけど、あいつらは危険過ぎるわ。』
羅刹がいる零番組の組長をしているからの言葉だ。
「……だな。何より、人道的に見て問題があるだろ。」
「……では、他にどんな策がある?他の者の意見に異を唱えるのであれば、代案を出すべきだと思うが。」
「だから、俺らだって考えてんだろ。そんなすぐ、いい案が出たら苦労しねえよ。」
「……副長は、どう思われます?」
すると、それまで腕組みをして考え込んでいた土方さんが顔を上げてーー。
「……とりあえず、もう少し考えさせてくれ。敵の出方を見なきゃ何とも言えねえし、幕府側の意向もあるからな。」
近藤さんが負傷していること……。
そして何より戦が始まる時が刻一刻と近付いていることで、皆、かなり殺気立っている様子だ。
新選組も羅刹隊も、この先どうなってしまうんだろう……。
その晩、私は総司の病状を確かめる為、彼がふせっている部屋へとやってきた。
『総司、身体の具合はどう?あれっ……平助?』
部屋を訪ねると、そこには暇をもてあましていたのか平助の姿もあった。
「お、千華。どうしたんだ、こんな夜遅くに。」
『どうって……』
「……若い女の子が夜中に男の部屋に来るのは、どうかと思うぜ。」
『あのさ……、平助もよく知ってるでしょ。私と総司がそんな関係じゃないって。』
「まあ、確かにそうか。おまえの場合、そういう色っぽい話にはとことん縁がなさそうだもんな。」
こいつ……。
『……それ、どういう意味?』
「どういう意味もこういう意味も……、なあ?」
「……何か、用事があったんじゃないの?じゃなきゃ、こんな夜中にわざわざここに来たりしないよね。」
『あぁ……千鶴に言われて総司の身体の具合を診にきたんだけど……身体の調子はどう?何か、食べたい物とかある?』
「……あるわけないでしょ、この状況で。」
何か、とげとげしいな。
総司の対応。
『……ま、それもそうか。』
「用事はそれだけ?だったら、もう戻ったら。」
『あー……』
予想以上の剣呑な総司の態度に気後れしつつ、私は心に引っかかっていたことを口にする。
『二人は、知ってた?その……、山南さんが羅刹隊を増強したいって言ってるけど。』
「…………ああ、そりゃあな。」
「まあ、山南さんの立場だったら、そう考えるのも無理はないんじゃない?羅刹隊だってある程度の人数がいないと、戦で手柄を立てようがないし。結局、肝心な時に役に立たないってことになれば、切り捨てられるのは目に見えてるしね。」
『切り捨てる、ねえ……』
確かにそうかもしれないけど……。
「あれ、何を驚いてるの?もしかして、役に立たない人たちに無駄飯を食べさせてあげるほど、慈悲深いとでも思ってる?千華もある程度は予想してたでしょ?」
『まあ、ね……』
「総司、いくら何でも言いすぎだろ。」
平助が見かねた様子で口を挟んでくれるけど……。
総司は素知らぬ顔で、あらぬ方向へと視線を投げるばかり。
「にしても、土方さんは何をしてるんだろうね。近藤さんをあんな目に遭わせた奴らを、さっさと斬りにいけばいいのに。僕がこんな身体じゃなきゃ、すぐにでも仇を取りに行くんだけど。」
『…………』
総司は、刀を取っても戦えないのがもどかしくて仕方ないみたい。
まあ、近藤さんとは江戸にいた時からずっと一緒だったしね……。
新選組の大黒柱みたいな存在だもの。
『……平助は、どう思う?』
「オレ?オレは……、そうだなあ……変若水を飲むって決めたのはオレだけど、この先どうなっちまうのか……不安がねえわけじゃねえよ……山南さんは、もっと羅刹隊の人数を増やすべきだって言ってるけどな。そうしなきゃ、これからの戦には勝てないって。でも、その為に隊規違反もしてねえ隊士に変若水を飲ませるってのは……」
『そうよねえ……』
いつも元気な平助には似つかわしくない沈んだ表情に、私の気持ちも重くなる。
「……でも、山南さんが何を言っても、最終的にどうするか決める権限は土方さんにあるからね。」
「だよな。ただ……羅刹隊はもう存在しちまってるわけだし、臭い物に蓋をし続けるのも限度があるよな。」
「まあ、羅刹隊を強力な兵と割り切って活用するのも間違いではないんじゃない?……剣としては、そこそこ使えるからね。」
戦が終わるまでの間、羅刹隊を兵力と見て、使うーー。
勝つことだけ考えるなら、それは確かに名案なのかもしれない。
だけど、もし戦が終わってしまったら……、羅刹隊はどうなるんだろう?
二人にそんな疑問をぶつけることはできず、私は黙り込むしかなかった。
あの時から一応持ち歩いている薬を取り出すと、平助と総司は驚いた顔をした。
「千華、おまえ、それ……!」
『……』
「……飲むの?」
総司の問いかけに黙って首を横に振る。
『今はまだ……』
「飲むなよ、おまえは。絶対に、おまえは飲んじゃ駄目だ。」
平助の真剣な眼差しに何も言えずに黙りこむ。
すると総司も真剣な眼差しで私を真っ直ぐに見つめた。
「千華、飲んじゃ駄目だよ。千華だけは絶対に飲んじゃ駄目だ。」
『皆、そう言うわね。私には飲んでほしくないような顔をする。』
「当たり前だろ?おまえには絶対に飲んでほしくないんだよ、オレたちは。」
大切にされてる自覚はあるけど。
まさかここまで反対されるとは……。
真摯な二人の眼差しに何も言えなくて、私はただ黙りこむだけだった。
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