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「汐見先輩、お久し振りです!俺たち、先輩が来るのずっと待ってたんですよ!」

『相馬君、野村君も……』

「どうでした?感動の再会は。」

『どうって……』


一言では答えられずに口をつぐんでいると、野村君は顔を曇らせる。


「汐見先輩と離れ離れになってから、副長は物思いに沈んだ顔をしていることが多くて……やっぱり副長のお傍には先輩がいなきゃ駄目だって、俺たちも痛感しました。」

「でも、これからはずっとお二人で一緒にいられますよね。」

『…………うん、きっとね。』

「懐かしい声がすると思ったら……、あなたも、蝦夷地に来ていたんですね。」


この声は……!


『伊庭君!無事だったのね!』


振り返った先にいた彼の姿を目にしてほっとした気持ちになるも手に巻かれた包帯に視線を向けた。


『でも、その怪我……』

「……新政府軍との戦いで、少々手傷を負ってしまいまして。」

「伊庭さんはこの間の選挙で、歩兵頭並、遊撃隊隊長に選ばれたんですよ。」

『そうなの?すごい……!』

「この身体で、どれだけのことができるのかはわかりませんが、こうなったら最後まで、トシさんと共に戦い続けるだけです。」

『……新選組は、武士の道標だものね。』


私がそう告げると、伊庭君は、得意そうに微笑みを返してくる。


「早くからトシさんたちを見出した僕は、先見の明があったってことでしょうか。ここでなら僕も、武士としての生を全うできる……」

『伊庭君……』

「何かあったら、いつでも声をかけてください。皆、あなたとトシさんの味方ですよ。」

『……ええ。』


私は土方陸軍奉行並の小姓付きとして、彼の執務を補佐する日々を送っていた。
土方さんは蝦夷地に来てからというもの、日中でも体調を崩すことなく暮らすことができているらしい。
山南さんが言っていたように、この北の風土が、羅刹の血に良い影響を与えているのだろうか。
土方さんと共にいる機会は、今まで以上に増えていた。
それだけではなく、今の土方さんは、私にとても優しい。
甘やかされるのは少し、申し訳なく感じられたけど……。
それでも、彼の傍にいる時間はとても心地良く感じられた。
そして、年も明けたある日のこと……。
大鳥さんが、土方さんを訪ねてきた。


『どうぞ。粗茶ですけど。』

「ああ、お構いなく。土方陸軍奉行並の小姓は優秀だね。こんな子、どこで捕まえてきたんだい?」

「……そいつは、俺に連絡なしに勝手に辞令を出した誰かに聞いてくれ。」

「僕は気を利かせたつもりだったんだけど。……羨ましくなってきちゃったなあ。可愛くて甲斐甲斐しい小姓さんなんて、文句のつけようがないよね。」

『え?いや、あの……』


てらいのない誉め言葉をかけられ、いたたまれなくなってしまう。
気恥ずかしさで、つい頬が熱くなった。
土方さんは、そんな私を目の端でちらりと見やって……。


「……まあな。こんな奴が傍にいてくれるんなら、もう他の小姓を置く気にはならねえよ。」

『っ……!』


一瞬、心臓が止まるかと思った。


「…………」


大鳥さんも、相当驚いた様子で目を見開いている。
何か言わなくてはいけない気がして、慌てて口を開いたけれど……。


『…………』


気持ちが動揺し過ぎていて、何の言葉も出てこなかった。


「まさか、土方君がそこまで言うとはね。……僕も彼女みたいなお嫁さんが欲しいよ。」

「悪いが、他を当たってくれ。こいつは俺のもんだ。……手放すわけねえだろ?」

「ははっ、のろけられてしまったね。」

『…………』


私の顔は、ますます熱を持っていく。
もしかしたら……、耳まで赤くなっているかもしれない。
私はそれを隠すように、持っていたお盆で顔を隠した。
目だけをチラリと覗かして二人の様子を見る。


「土方君がこんな調子じゃ、あんまり長居すると怒られそうだね?」


大鳥さんが表情を引き締めると、不意に、場の雰囲気が張り詰めた。


「本題に入るけど……。奴ら、来ると思うかい?」

「来るさ。雪が溶ければ、すぐにでもな。」

「土方君が言うなら、間違いないな。実はね、僕も同じように考えていたんだ。榎本さんは話し合いで解決したいらしい。でも、僕はまず戦争になると思ってる。」

「……戦いになるだろうな。新政府が俺たちを見逃すとは思えねえ。」

『あ……』


大鳥さんたちが何を案じているのかを、私は【新政府】という言葉で理解した。


「榎本さんたちは反対するだろうが……、俺たちは春までに戦支度を済ませておくべきだな。」

「その辺りは、心配しないでくれ。根回しは済ませておくよ。」

「しかし……、この蝦夷に来てあんたと意見が合うとは思わなかったな。」

「そうだね。今だから言うけど、最初に会った時は面食らったよ。」

「そりゃ、こっちの台詞だ。いきなりシェイクハンドがどうのって言われた時は、どうしようかと思ったぜ。」

「僕は、生まれつきの武士じゃないからね。」

「……俺もだよ。元々は、多摩の百姓の倅だからな。」

「でもそんな君が、今は誠の武士として皆の尊敬を集めている。生まれなんて関係ないさ。大切なのは、志だよ。」


土方さんと、異なる部分はたくさんあるけれど……。
大鳥さんもきっと、部下に慕われているに違いない。
【生まれなんて関係ない】という言葉に、私まで勇気をもらえた気がする。
私は、人間でさえないけれど……、こうして、ここにいることが許されているのだ。


「僕たちは、自分が信じるものの為に戦う道を選び取った。自らの足で歩んで来た道の先が、今に続いてたってだけの話さ。」

「何があろうと、俺たちの志は絶対に折れねえ。死力を尽くして最期まで挑み続ける。」

「……同意するよ。邪魔したね。」


小さく笑いながらドアに手をかけ、大鳥さんは足早に部屋から出て行った。


『……戦に、なるんだね。』


茶器を片付けながら、私はぽつりと呟いた。


「千華、来い。」


土方さんは私の返事も待たずに、そのまま部屋から出て行ってしまう。


『え、ちょっと……』


一体、何をするつもりだろう?
不思議に思いながら、私は、素直に彼の後についていった。

吐く息は煙のように白く、冷気が容赦なく肌を刺してきた。
周囲に見える景色の全てが、真っ白な雪で覆われている。


「向こうに、山が見えるだろ?」

『……うん。』


土方さんが指し示した方向には、雪を被った山がそびえていた。


「奴らは、あの山を越えて箱館に迫ってくる。」

『え?……港からじゃなくて?』


新政府軍が海を越えて蝦夷地に迫るなら、まずは船を接岸しないといけないはずだ。


「真っ向から挑んでくるほど、向こうも馬鹿じゃねえさ。戦いってのは、敵の弱点を突くもんだ。新政府軍がこの蝦夷地に攻め込むなら、乙部や江差の辺りから上陸するだろうな。函館港には、遠洋から砲撃を加える。俺たちは挟み撃ちをされるってわけだ。」

『…………』


土方さんの言葉からすると……。
私たちは相当、不利な状況に置かれているということだろう。


『何とかならないのかな……』

「残念だが、海からの攻撃は止められねえ。船での戦になりゃ、押し負けちまうからな。この五稜郭は最後の戦場になるだろう。俺が武士としての刀を抜くのもここで終わりだ。」

『土方さん……』


【終わり】と言う響きに、不吉なものを感じてしまう。
土方さんはもしかしたら、この地を死地とするつもりではないだろうか。


『もし……もし新政府軍が攻めてこなかったら、土方さんはどうするの……?』


そんなことあり得ないって、頭ではわかっていたけど……。
それでも、聞かずにはいられなかった。


「奴らが来なけりゃ、ただ終わるだけだな。【新選組】が要らねえ時代が来るってことだ。」


武士の道標が、要らなくなる時代。
武士が刀を抜く必要のない時代……。
そんな未来が来るのだろうか。
胸の中で、期待と不安が入り混じる。

……身体が冷えないうちにと、私たちが部屋に戻ってきた直後。
不意に、土方さんの表情が強張った。


「うっ……!」


そして彼の身体は一瞬の後に、羅刹の血を発現して変化する。


『土方さん……!』

「蝦夷地に来てからは、ずいぶん調子が良かったんだがな。俺の身体も、そろそろガタがきたようだ。……せめて春まで持ってくれると、ありがてえんだがな。」


最後の戦いにさえ参加できれば、死んでも構わないというのだろうか。


『そんなこと、言わないでよ!私が土方さんの傍にいるのは、何の為だと思ってるわけ……?』


私は自らの洋服の襟元を緩めると、土方さんの前に進み出た。


『春までなんて言わないでよ。まだ……、生きてくれないと困るんだから。』


泣きたくなるのをこらえながら、私は精一杯に気丈なふりを装った。


『逃がしてなんて、あげないから……!』

「……怖え女だな、おまえは。」


土方さんは小さく笑うと、私の肩に手をかけた。
傷つけた私の首筋に唇を寄せて、土方さんは小さな呟きを洩らす。


「……こうして血を飲むのは、久し振りだな。」


その言葉に、私は少なからず驚いた。


『……私が傍を離れてからは、ずっと飲んでなかったの?』


土方さんは、何も答えない。
だが沈黙が、私の言葉を暗に肯定していた。


『どうしてーー』


なぜ、血を飲まなかったのか。
私は思わず口を開いたのだけれど、すぐに思い直してその質問を飲み込む。
【春まで持てばいい】と言っていた通り、彼は、己の身を軽んじていたに違いない。

……本当に困った人。

こんなに意地っ張りな土方さんだからこそ、私はますます離れられなくなってしまう。
そして、そんなところまで……、とても愛しく感じられる。


『きっと、私の血が美味しいのね。』


私の首筋に口付けたままの土方さんから、困惑したような気配が伝わってくる。


『ほら……、私は鬼だから。きっと、特別に美味しいのよ。他の人の血を飲む気がなくなるくらい。』


土方さんは呆れたように息を吐きだした。
でも……。


「……そうかもしれねえな。」


穏やかな口調で、私の言葉を受け入れてくれた。


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