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後日、土方さんは榎本さんと共に改めて仙台城へと足を運び、藩の重役と会談した。
だが……。
「ありゃ、もう駄目だな。仙台藩のお偉いさん方は、完全に戦う気をなくしちまってる。」
「どうします?いっそ俺たちも、一緒に新政府に降伏しちまいますか。」
「悪い冗談はやめてくれよ。いくら新しい時代だっつっても、勝った奴が好き放題できるなんて道理が通っちゃいけねえ。日本をこれから、西洋と肩を並べられる文明国にするつもりだってんなら、なおさらな。」
「とはいえ、東北諸藩が落ちるのも時間の問題でしょう。」
「今後どうするか、考えがねえこともねえんだが……最終的な判断を下すのは、大鳥君と合流できてからだな。」
「…………」
ここで一言言いたい。
なんであんたら毎回私の部屋に来て話すんでしょうか。
それから、数日後。
『仙台よりも北の地に集結することになった、って……もしかして、蝦夷地に行くの?』
蝦夷はこの国の北端に位置する大きな島で、確か、海を越えなければ辿り着けないはずだ。
何でも、一年の半分近くは雪に覆われてる厳寒の地だという。
うわ、無理。
「どうなろうと、新選組は将軍公と幕府の為に働く。それだけは、揺るがねえさ。」
『新選組は、道標だもんね。』
私が微笑みかけると、土方さんは懐かしそうに視線を空中へさまよわせる。
「……おかしな話だよな。さんざん武士のまがい者として扱われてきた俺たちが、今や道標だとよ。」
『近藤さんは、きっと喜んでると思うけど。』
「…………だろうな。」
近藤さんの照れ笑いが、脳裏に浮かんだ。
きっと土方さんの心の中にも、同じ表情が浮かんでいるのだろう。
『土方さんは、ますます死ねなくなるわね。』
彼が背負うものは、増えていく一方だ。
だが、先に逝った人々から渡されたものを、土方さんはとても大切に思っている。
だからこそ、彼は死ねないのだ。
「志を持ち続ける奴がいる限り、【新選組】は死なせられねえよな。」
『ええ。』
新選組の守り手である自分を、今の彼は肯定的に受け止めている。
その穏やかな表情を見ていると、私の心も落ち着いた。
「……俺が、【新選組】を守らねえとな。」
『……うん。』
彼の表情がくつろいだものに見えて、私の胸は温かくなった。
土方さんの傍にいられる……。
ただそれだけのことで私の心は満たされるのだ。
そして、数日後。
会津に残っていた隊士たちが、ついに仙台まで辿り着いた。
けれど……。
「斎藤さんが、戦死なさいました。最後に……、【後は土方さんを頼れ】と。」
島田君の大きな瞳が、涙に濡れている。
今回の戦が始まってから、何度、隊士たちのこの表情を目にしたことだろう。
『…………』
私は、歯をくいしばった。
島田君や他の隊士の前で、泣いてはいけないと思った。
土方さんが島田君の肩に手をかけ、その労をねぎらった。
「……苦労をかけたな、島田。おまえたちが生きててくれて良かった。」
島田君の目が大きく見開かれ、やがて感極まった様子で顔を伏せる。
「ありがとう、ございます……!」
仙台で平助と山南さんが亡くなり、会津では一君が命を落とした。
これで……。
この世に残る羅刹は、土方さん唯一人になった。
「今まで、世話をかけたな。これからの戦いは、より厳しいものになるだろう。おまえらは、もう充分戦ってくれた。だから……」
土方さんが、言葉を詰まらせたその時だった。
「この命は、既に【新選組】に預けています。我々はどこまでも、土方さんについていきます。」
「俺もです!地の果てまでお供しますよ。」
「命なんて、とっくに捨ててます!どこまでも一緒に行かせてください!」
「おまえら……」
「我々は、新選組として戦いたいんです。信じた義を果たす為に生きたいんです。」
もし近藤さんが生きてたら、きっと、涙を流したに違いない。
皆の心は、重なっている。
そのことが、うれしくて……。
私は、今度こそ泣いてしまった。
「この……、馬鹿野郎どもが。」
彼は顔を歪めて吐き捨てながらも、優しい眼差しで隊士たちを見回した。
皆が、土方さんを慕っている。
今後の戦いがさらに厳しくなることは、この場にいる誰もが知っているはず。
それでも皆、新選組隊士でありたいと願ってくれている。
ーー【新選組】は、信念を抱く武士の道なのだ。
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