35
『暇……』
仙台城での事件が終わって、しばらくたった頃だった。
その時、私は仙台城前で、一人、待機を続けていた。
高い秋空を見上げて、待つことしばしーー。
「ったく、無駄に時間をかけやがって。」
疲れた顔の土方さんが、城門から姿を見せた。
『お疲れ〜。会合の様子、どうだった?』
「どうもこうもねえよ。榎本さんと一緒に、何度も仙台藩のお偉いさんを突っついたんだが……【新政府軍の戦意は旺盛だ。まだ打って出るべきではない】ーーってな具合に、のらりくらりとかわされちまった。東北の雄・仙台藩とか偉そうに抜かしておきながら、土壇場になって腰が引けるとはな。」
『そんな……』
新選組の皆も会津藩も懸命に戦っているのに。
頼りになるはずの東北諸藩がこの状況では、戦況は悪化するばかりだ。
「ひとまず、宿に戻るか。今日は、日差しが強くていけねえ。」
『……はーい。』
歯がゆい思いになりながら、私たちは、宿へと戻ることにした。
宿への道を進むこと数分。
『もうすぐ宿に着くから頑張ってね、土方さん。』
土方さんの青ざめた顔を見ていると、胸が潰れそうになるけれど……。
「俺の心配してる場合じゃねえだろ。おまえはどうなんだ?」
『私は……平気よ。知ってるでしょ?私が丈夫なの。』
「何言ってやがんだ。俺に付き合って、夜通し起きてやがるくせに。」
『それは…………平気よ。土方さんが休んでる時は、私も眠ってるから。』
里への文やその他諸々のことで睡眠は短いけれども。
土方さんは納得していない様子で、しばらく私を見つめていたが……。
やがて、遠くを見つめるような眼差しを秋空へと向ける。
私も釣られて、空へと視線を向けた時。
『……?』
不意に、視界が白くかすんだ。
「おい、どうした?」
間近から聞こえてくるはずの土方さんの声が、不意に遠くなってーー。
私はそのまま、地面へと倒れてしまった。
「おい、千華!?どうした、しっかりしろ!」
***
『ん……』
再び意識を取り戻した時、私は布団に横たえられていた。
『ん?んん?ここって……』
「目が覚めたみてえだな。ここがどこかわかるか?」
『!土方さん……!』
彼の姿を目にして、私はようやく我に返る。
急いで身体を起こそうとしたとき、目の前に見えた茶色い物体に私は悲鳴を上げた。
『ぎゃあああああ!!ーーって銀狼かよ!』
目の前にいたのは私を心配そうに見つめる銀狼で。
私は安堵の息をもらしながら心配するなという風に銀狼の背を撫でた。
銀狼は口にくわえていた幾十もの文を布団の横にペッと吐き捨てると、すぐにピェ〜ッと鳴き声を上げて部屋の隅で丸くなった。
どうやら寝るようだ。
『いや、てか大事な文を投げ捨てないでよ。』
銀狼へ突っ込みを忘れず、私は目を細めて銀狼を見た後、土方さんへと視線を向けた。
『ごめん、私ーー』
私が、慌ててお詫びしようとすると。
「ーーこの、馬鹿野郎が!」
『ひえっ……!』
「具合が悪いんなら出歩いたりせず、宿にいりゃよかったじゃねえか!」
『…………ごめんなさい。』
いたたまれなくなり、私は身を小さくしてうつむいた。
やがて土方さんは、髪を掻く仕草をしてこう呟く。
「……おまえを怒鳴りつけるのは、筋違いってもんか。あいつらが亡くなった後も、気を休める暇すらなかったからな。気を張って平気なふりをすんのも、限界だったってことだろ。それに、俺が寝た後も文を書いてたみてえだしな。」
『それは…………』
先程銀狼が吐き捨てた文へと視線を送る土方さんに言葉が詰まる。
確かに平助たちのことを引きずっているのは、否定できないし、文を書いていたのも否定できないけど……。
でもそれは、土方さんも同じはずだ。
いえ、羅刹になった上、近藤さんや山南さん、平助ーー。
多くの隊士たちを失った土方さんは、私以上に辛い思いをしているに違いない。
「……おまえは今後、仙台藩とのやり取りに同行する必要はねえ。ここで休んでろ。」
『そんな……平気よ。今日はたまたま、調子が悪かっただけだから。』
「また出先でぶっ倒られたら、俺が迷惑するんだよ。」
『…………ごめんなさい。』
土方さんからぶつけられた辛辣な言葉に、申し訳なさが募る。
『今後は、こんなことがないように気を付けるから。だから……、今後も土方さんの傍に置いてクダサイ。』
「どうしてだ?近藤さんや、山崎、源さんに、俺のことを頼まれてるからか。死んでいった奴らだって、てめえの身を犠牲にしてまで俺に尽くせとは言ってなかったはずだぜ。」
『それは…………』
確かに、土方さんが言う通りだと思う。
じゃあ、なぜ彼の傍を離れがたいのかと問われれば、それはーー。
『……私は、土方さんの傍にいたいの。』
「どうしてだ?」
『どうしてって、それは……』
言葉が、続かなかった。
私の中に、確たる理由はあるのだけど、でも……。
今、土方さんにこの想いを告げてはいけない。
とっさにそう思った。
「まあいいや。話したくねえんなら、構わんさ。」
『うわ、興味なさそ〜。』
土方さんは、さして興味なさそうにそう呟いたのだった。
やがて、考え込んでいた土方さんが、不意にぽつりと呟く。
「……おまえ確か、松本先生と親しかったよな?」
『親しいのは私じゃなくて、千鶴とか綱道さんの方だったけどね。でも、先生には屯所に来た時から色々と世話になったけど。』
「そうか。……あの先生は、ちゃんとした人だ。人間として信頼できる。」
『え、ええ……』
どうして突然、こんなことを言うんだろう?
土方さんの言葉の意図を、読み取れずにいると……。
「もし、この地で何かあったら、あの人を頼れ。会津、仙台が新政府に降ったとしても、あの人の傍にいりゃ、悪いようにはならねえはずだ。」
『え……まだ、負けるって決まったわけじゃないんでしょう?』
「戦いってのは、勝った時と負けた時、両方に備えておくべきだって前に言っただろ。」
そう言った後、土方さんは障子戸の外を見上げながら呟いた。
「松本先生も、もうすぐ仙台に来るはずだ。そうしたら……」
それきり、言葉が途切れてしまう。
やがて彼は、静かに首を振る仕草をした。
「……いや、何でもねえ。独り言だ。」
『でかい独り言ね。』
その時、土方さんの頭を占めていた考えが何であったのか……私は、気付けずにいた。
ただ、このつかの間の平穏が少しでも続いてくれればいいと、それだけを願っていた。
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