32
肌寒い秋風が吹き始めた、九月一日。
私たち新選組の本隊は仙台に至った。
何事もなくここまで辿り着いたけれど、気がかりなことがあった。
先行した山南さんたち羅刹隊と、全く連絡が取れないのだ。
平助からも、何ら音沙汰が無い……。
私たちが漠然と抱いていた不安は、仙台に到着してから更に強くなった。
近頃の仙台では謎の辻斬りが横行していると、町の人々がうわさしているのを聞いてしまったのだ。
まさか、と思ったけれど……不安は拭いきれなかった。
仙台城で私たちを出迎えたのは洋装の紳士だった。
彼は土方さんを見つけると、うれしそうに目を細める。
「おう、久し振りじゃねえか、土方君。元気にしてたかい?」
「ええ。榎本さんも、変わりない様子で何よりです。」
この男性は、榎本武揚さん。
幕府海軍の副総裁だという。
無血開城した江戸を見限って、旧幕府艦隊の旗鑑である開陽丸、以下八隻の軍艦を奪い取った猛者だ。
大坂城から江戸に引き上げてくる際、山崎君の水葬を提案してくれた人でもある。
榎本さんら旧幕府海軍はその軍艦を率いて、私たちよりも早く仙台まで来ていた。
「……近藤さんの件は、もう聞いたか?」
榎本さんの問いに、土方さんはただ頷いた。
「力になれなくて、すまなかったな。……惜しい人を亡くしたもんだぜ。」
「近藤さんも、喜んでると思います。榎本さんほどの方に、そう言ってもらえるなんて。あの人の為にも、今後のことを考えましょう。……仙台の状況がどうなってるのか、教えてもらえますか?」
「そうだな。先に言っとくが、あんまり愉快な知らせじゃねえかもしれねえぜ。」
『それは、つまり……』
「まずは、仙台城の様子がおかしい。奴さんたちの考えが、さっぱり読めねえ。正式に会談を申し込んでも、是非の返答すらよこさねえ。さらに……仙台藩にゃおかしな部隊がある、っつう話まで広まり始めてるところだ。」
『おかしな部隊……?』
「ああ、仙台では辻斬りが横行しててな。その犯人たちが城に戻るところを見た……、なんてうわさがまことしやかにささやかれてる。」
『…………』
仙台に存在する、妙な部隊。
連絡の取れない、山南さんたち羅刹隊。
その二つを、つい重ね合わせてしまう。
土方さんも同じことを考えたのか、厳しい表情で押し黙っていた。
「何にせよ、このままじゃ動きようがねえ。せめて辻斬りの犯人をとっ捕まえて、治安維持に努めたいところだが……」
「……榎本さん。その辻斬りの件、俺に預けてもらえねえか。」
土方さんの決然とした眼差しを受けて、榎本さんはわずかな思案の後に頷く。
「……よし、この件は君に任せよう。詳しい事情は聞かねえことにしとくよ。」
彼は軽く会釈した後、足早にその場を立ち去った。
『…………』
さばさばしているのに人情家な榎本さんは、きっと部下からも慕われているに違いない。
土方さんとも気が合いそうだし、少し安心できた。
でも……。
『……辻斬りの件、山南さんの仕業なのかな?』
「今の段階じゃ、何とも言えねえな。だが、確実に言えるのはーーもしあの人が辻斬りの首謀者なら、山南さんを斬るしかねえってことだけだ。」
『土方さん……』
「羅刹の寿命について知った時、山南さんはかなり動揺してたからな。……自暴自棄になっても、不思議じゃねえ。」
『そうね……』
山南さんが辻斬りをしている公算は、高いのかもしれないけれど……。
私は、彼が辻斬りに無関係であることを願った。
土方さんは、山南さんを斬ることを覚悟している様子だけど……。
でも、本当は斬りたくなどないはずだから。
「今の仙台は、微妙な状況に置かれてる。俺たちも、うかつな行動はできねえ。おまえも、気を抜くんじゃねえぞ。……いいな。」
『……わかった。』
現状は気になることばかりだけれど、土方さんの手をわずらわせないように気を付けなくては。
その時、ピュウ〜ッと耳慣れた鳴き声に顔を上げると、
『あだっ!?』
顔面に何かを叩きつけられた。
強く打った鼻を押さえながら叩きつけられたものを見ると見慣れた文で。
上空を仰ぎ見ると銀狼がピィ〜ッと鳴きながら旋回していた。
『ねえ、なんで顔面に投げてくるの?何、じい様にそうしろって言われた?』
私がそう問いかけてもピュィ〜ッと鳴くだけ。
「鼻、赤くなってるぞ。」
『うるさい!』
笑いをこらえながら言う土方さんに私は文で鼻を隠しながら言い返した。
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