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31


土方さんの傷が完治する頃には、八月も半ば近くになっていた。
会津を舞台に繰り広げられる戦いは、次第に新政府軍の有利に傾いている。
旧幕府軍は、追い詰められていた。
……そんな、ある夜のこと。


「ーー大鳥さんからの伝令が届きました!いわく、【仙台にて再起を賭ける】と。」

「仙台藩というと……【奥羽越列藩同盟】の盟主とされる藩ですね。」


島田君と相馬君の言葉に、のんきにお団子を食べていた私は思わずその手を止めた。

新政府軍から攻撃されている、会津など旧幕府軍の味方に位置している。
しかし最前線である会津すら、落とされるのは時間の問題……。


「でも、会津がいつ落ちるかわからないこの状況でかよ……」

「だからこそ、だろ?分散したまま兵力を削られるよりは、一発逆転に賭けるほうが勝ち目もある。大鳥さんも、ずいぶんと派手なことを思いついたもんだな。」

『土方さんに似てきたんじゃないの?』


大鳥さんが提案してきた作戦は、土方さん好みのものだ。
……土方さんの瞳が、生き生きしているように見える。


「旧幕府海軍も既に江戸を脱走し、海路にて北上しているとのことです。」

「では、私が先行して仙台に向かいましょう。本隊が到着するまでに、地盤を固めておきますよ。」

『山南さんが?』


確かに、誰かが先行して現地の情勢を探っておく必要がある。
少なくとも新選組が拠点とできる場所は、事前に確保しておかなければならない。


『だけどさあ、羅刹隊から使者を出すのは危険なんじゃ……』

「仙台は私の故郷ですから、伝手があります。内情を探るにしても私が適任でしょう……少々、気になることもありますしね。」

『気になること、って……?』


私は恐る恐る問いかけるが、山南さんは微笑んで頷くだけだった。
一体、何が気にかかるんだろう?
何だか胸騒ぎがする……。


「けど山南さん、死んだことになってるだろ?今更出て行っても、混乱を招くんじゃねえか?」

「それくらい、どうとでも誤魔化せますよ。」

『…………』


平助が私のお皿から一つお団子をとったのを確認して、私は平助と顔を見合わせた。


「そう言われますと、やはり山南さんが適任かもしれませんね。」

「羅刹は、先行部隊にゃ向かねえよ。……昼間に移動できねえんだからな。」

「昼に活動するのは手間ですが、できないわけではありません。今は、正念場ですからね。多少の無理なら、喜んでさせて頂きますよ。」


決して、疑うつもりはないけど……。
山南さんの真意が見えず、胸騒ぎが治まらない。
土方さんも同じ意見らしく、無言のまま、山南さんと視線を戦わせている。
私は二人の無言の戦いを見たくなくて、お団子を咥えながら視線を外すと、島田君が何か言いたそうにしているのが見えた。


『島田君?まだ何かあるの?』

「その……。伝令には、まだ続きがありまして。大鳥さんは伝習隊を率いて母成峠に向かい、新政府軍の進軍を食い止めるつもりのようです。味方の兵を仙台に移動する為、猶予を作るおつもりなのでしょうが……」

「母成峠って、今の最前線だよな?……大鳥って人の考えもわからなくはねえけど、時間稼ぎなんて、言うほど簡単じゃねえだろ?」

「確かに、今の新政府軍との戦力差を考えると……」

「大鳥さんたちに生還してもらう為には、母成峠に援軍を出す必要があるな……」

「その案には、賛成できません。我々が勝利をつかむためには、無傷のまま仙台へ辿り着く必要があります。」

「それはつまり、会津藩を……今まで我々を比護してくださった会津公を見捨てるということですか?」

「……ここで共倒れになってしまっては、元も子もありませんよ。」


新選組は、会津藩に多大な恩義がある。
けれど、旧幕府軍が勝利するためには、仙台に新選組を向かわせなくてはならない。
何を選んで何を捨てるべきか、土方さんは静かに悩んでいる様子だった。
やがて、一君が、決意した様子で顔を上げる。


「ーー俺が、会津に残ります。」

『えっ……?』

「上洛したばかりの頃、何の伝手もなかった我々を預かり、後ろ盾となってくださったのは、会津藩です。……会津公の比護なくして、今の新選組はありませんでした。ですから俺は、最後までここで戦いたい……母成峠には俺が向かいます。土方さんたちはこのまま、仙台へ向かってください。」

「斎藤、おまえーー」

「では、私も出立の準備を整えましょう。善は急げと言いますからね。」


山南さんは強引に話をまとめると、そのまま部屋を出て行ってしまう。
平助も困惑していたようだけれど、少しの間を置いてから立ち上がる。


「……オレも、山南さんと一緒に行く。あの人から目を離すのは不安だしな。」

「ああ。……そうしてくれると助かる。」

『……気を付けてね、平助。』

「大丈夫。任せとけって!団子、ありがとな。」


平助は明るい声で応えると、私の頭を撫でてから山南さんを追いかけて部屋を出た。


「島田。……伝令の準備をしておいてくれ。大鳥さんと会津藩に新選組の決定を伝える。」

「わかりました。早急に用意を調えます。」


島田君は頭を下げる。
そして、受けた命令を果たすために部屋を出た。
この場から人が減るのを待っていたのか、一君は改めて土方さんに向き直った。


「土方さんは、何としてでも生き残ってください。」

「どうした?やぶからぼうに。」

「……新選組は、近藤さんや土方さんが信じて作り上げてきた武士の道そのものです。」


京の人々にそしられながらも都を守り続けた頃から、変わらぬ志を抱き続けている。
どれだけ敗走を積み重ねようと、幕府が新政府軍に恭順した後でさえ、決して折れない思いがある。


「新選組が掲げる【誠】の旗は、今や侍たちの拠り所になっています。新選組は武士を導くもの……、義の道標です。」


新選組が武士の道標となったからこそ、最後まで戦い続けなければならない。
一君が告げる真っ直ぐな言葉を、土方さんは静かに聞いていた。


「俺は、新選組を作り上げた土方さんにこそ、道標を担い続ける義務があると考えています。」

「簡単に言ってくれるじゃねえか。」


そして……。
いつものように薄い笑みを浮かべながら、土方さんはとても穏やかな声音を紡ぎ出す。


「……おまえに約束してやるよ。俺は、新選組の行く末を見届ける。」


その言葉に、一君は深々と頭を下げた。


「…………ありがとうございます。」


一君は伏せた顔を上げると、私に静かな眼差しを向けてくる。


「……土方さんを、頼む。」


一君が紡いだ短い言葉には、万感の思いが込められていた。


『ええ。……大丈夫よ。』


私は、頷きながら口を開いた。


『だって、土方さんは……殺しても死ぬような人じゃないから。』


一君は虚を突かれたように目を瞬いた。


『死にかけたこともあるけど、ちゃんと持ち直してくれたし……土方さんのことは心配いらないわ。最後まで、新選組と共に戦い続ける。だから……』


顔が強張らないように気づかいながら、私は一君を真っ直ぐに見返した。


『一君も、死なないでね。』


母成峠での戦いは、厳しいものになるだろう。
きっと、多くの犠牲を払う激戦になるはずだ。
でも……。
死すら覚悟しながら戦場に赴くのと、死ぬつもりで戦うのは違う。


「殺しても死なねえとは、ずいぶんな言い草じゃねえか。俺の心配をしてる暇があるなら、おまえももう少し、自分のことを心配しろ。」


土方さんも冗談のような口振りで、一君に生還するよう未来をうながす。
彼は私の気持ちを見抜いた上で、私の言葉に乗ってくれたのだ。


「俺も、簡単には死ねません。……掲げた【新選組】の名に懸けて。」


一君は淡々とした口調で述べてから、とても穏やかな眼差しを私へ向けた。


「……気づかいに感謝を。」



そして……。
私は、土方さんと共に仙台を目指すことになる。
激戦に赴く一君の身を案じて、土方さんは会津に島田君を残した。
一君が窮地に追い込まれたとしても、島田君がいれば何とかなるかもしれない。
島田君を信頼しての選択だ。
一君や島田君との別れは、想像した以上に辛いものだったけれど。
今はただ、互いが無事に再会できるよう、そればかり願われてならなかった……。


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