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29


春が終わり、季節は夏を迎える。
新政府軍と旧幕府軍の戦いは、既に会津へと舞台を移していた。
会津での戦は苛烈を極めているらしいーー、そんなうわさをあちこちで耳にするようになった頃。
まだ怪我が治っていないにもかかわらず、行軍に耐える体力は取り戻せたからと、土方さんは日光を発つことに決めた。
道中は何事も無く進み、そして……。
旧幕府軍の重要な拠点のひとつ、白河城まで無事に辿り着いた。
先行していた新選組の本隊とも、ようやく合流を果たすことになる。

ついに白河城に辿り着いた私たちを真っ先に出迎えてくれたのは……。


「再び生きてお目にかかれたこと、大変うれしく思います。土方さん。」

「……おまえも、無事で何よりだ。ずいぶん頑張ってくれたそうじゃねえか。」


土方さんとの再会を喜んでくれてはいるけど……。
一君の顔色は、あまり良くなかった。
激しい戦いを日々続けていて、疲労が溜まっているのだろうか。


「相馬、野村、おまえらも無事でよかった。心配したんだぜ。」


土方さんが二人の労をねぎらうけれど、相馬君も野村君も、顔を曇らせたままだ。
やがて、野村君が肩を小刻みに震わせながらーー。


「申し訳ありません、副長!」


床に手をついて、涙声で詫びた。


「俺は……俺は、局長の御身を任されていながらーー力及ばず、お守りすることができませんでした!」

『…………え、どういうこと?』


野村君の言葉を聞いてなお、私たちは、その言葉の意味することをすぐには飲み込めなかった。
近藤さんを、お守りできなかったということは……。
私が一君に視線を向けると、彼は、野村君の後を引き継ぐように告げる。


「……近藤局長は四月の末頃、板橋の刑場にて斬首にされたとのことです。」

『斬首……』


私は、思わず息を呑んだ。

あの優しかった近藤さんが……。
自ら割腹して責任を取ることも許されず、ただ罪人として首を落とされたなんて。
武士としての誇りを傷つける、とても屈辱的な処遇だった。
だがきっと、土方さんは既に覚悟していたのだろう。


「そうか。近藤さんは……、腹も切らせてもらえなかったか。」


淡々とした声音ながら、その瞳には、深い絶望が宿っていた。


「……局長をお守りできなかったのは、俺の落ち度です。お願いします、副長。俺の首を、はねてください!」

「俺もです!助命嘆願を買って出ながら、局長をお助けすることができなかったんですから!」

「馬鹿なこと言ってんじゃねえ!これ以上、隊士を減らすような真似ができるはずねえだろ!死ぬ覚悟ができてるんなら、薄っぺらい言葉なんぞじゃなく戦場で示しやがれ!」


二人はしばしの間、無言で、土方さんの言葉を受け止めていたけど、やがて……。


「「はい……」」


涙で湿った声で、そう答えたのだった。

そうか……近藤さんは、もう……。


「千華。」


うつむく私に対して、一君が声をかける。
皆の視線が私に向けられたのに気付きながらも私は顔を上げることができずに、背を向けた。


『ごめん、ちょっと風にあたってくる。何かあったら呼んで。』

「千華!」


ここで泣くわけにはいかない。

その一心で震える声を押しとどめて私は呼び止める声を無視して立ち去った。
ふすまを閉めてからしばらくは歩いていたけど、皆の耳から足音が聞こえなさそうな所まで来て、思い切り走った。

思い切り泣けるところ。
誰も私の声が届かない所へ。


『うっ……っ……』


走ってる最中に流れる涙も、漏れる嗚咽も押し込んで私はただひたすらに走った。
誰もいない所へと来て、やっと私はその場にしゃがみ込む。

近藤さん……。
里を飛び出した私を気にかけてくれて剣術まで教えてくれた人。
いつも優しくて、女子だという私を気づかって不便をしていないか気にかけて、私が鬼だということを黙っていても、黙って受け入れてくれた。
試衛館時代から、私の……源さんと同じように父親代わりだった人。


『くっ……あぁ……あああぁぁっ!!』


涙が溢れる目を押さえて、誰もいないのを知って大声を上げて泣いた。


『ひっく……ううぅ……』


泣き声に呼ばれて降りてきたのだろう、銀狼が慰めるように私の頭にすり寄る。
だけど、その温もりが逆に悲しくてもっと涙が溢れ出した。


『なんで……なんで……!』


予想はしてた。
だけど、何も斬首じゃなくても……!


『うぅぅ……近藤、さ……』


その時、しゃがみこんでいた私の頭の上にバサッと何かがかぶせられた。


「かぶってろ。誰も来ねえように見ててやる。」


一番泣きたいのは土方さんだろうに。

頭からかぶせられた上着と土方さんの声に、私は上着で顔を隠しながら思い切り声をあげて泣いた。

こんなに声を上げて泣いたのは久しぶりってくらい泣いた。

土方さんはずっと、そんな私の傍にただ無言で寄り添ってくれていた。


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