28
日光についてから、私は付きっきりで土方さんの看病をした。
羅刹と化してしまった彼には、普通の薬は効かないから……。
体力が勝ってくれることを願うことしかできなかった。
幸いなことに、傷は塞がりはじめ、少しは楽になったようだが……。
それでも、鬼殺しの刀でつけられた傷はなかなか完治しなかった。
思い出されるのは、あの宇都宮での戦い。
それまで怯えてすくんでいた幕軍兵の人たちは、土方さんの戦いぶりを目にして、こう言っていた。
【新選組と共に戦えるのは、幸せだ】
【新選組こそ、誠の武士だ】
……土方さん、新選組は、皆の支えになってるんだよ。
その新選組には、土方さんがいなくちゃ駄目なの。
だから、お願い。
死なないで……。
そう念じながら、看病を続けた。
そして、数日後。
包帯を換える為に土方さんの部屋を訪れた時、私は、その光景に目を見開いた。
『ーー!土方さん、何してんの!』
だいぶ持ち直してきたとはいっても、まだ、寝ていなくてはいけないはずなのにーー。
あろうことか、土方さんは机に向っている。
『駄目よ!起きていいとは言ったけど、長時間机に向かうなんて……!』
「そんなに長い時間じゃねえよ。これを書き終わったら、すぐ休むさ。」
『お願いだから、死にかけた後くらい、おとなしくしててよ!』
「誰が死にかけだ。そこまでひどくねえよ。こんなの、かすり傷だ。」
生死の境をさまよったくせに!
『私が、どんな思いで看病してたと思ってるのよ……!』
すると土方さんは、書類の続きを書きながら……。
「ああ、わかったわかった。」
おざなりな返事を返してくる。
正直言って、その言葉に内心むっとしたけれど……。
『とにかく、せめてこれだけは羽織っててよね。身体に障るから。』
そう言って、土方さんの両肩に羽織をかけた。
「……おまえのことだから、【いらねえ】って言っても聞かねんだろうな。」
『当り前よ!書類を書き終わったら、すぐ横になってよね。私の目を盗んで仕事しようとしても、駄目よ。ちゃんと見張ってるから!』
土方さんは苦笑いを浮かべながら、私を見つめていたけど、やがて……。
「ああ。……世話をかけたな。」
思いのほか、優しい言葉が返ってくる。
『えっ……?』
聞き間違いかと思い、つい、まじまじと土方さんの顔を見つめてしまう。
「……おまえと、そして島田にも礼を言っておかねえとな。……感謝する。ありがとう。」
いつもの土方さんならば、こういう言葉を口する時、必ず刺を含ませるはずなのにーー。
一体、どうしたのだろう。
今の言葉には、刺々しいところが全くなかった。
「どうした?何か、おかしなこと言ったか?」
そりゃもう、盛大に。
『い、いや別に。そういうわけじゃない……けど……』
それに、何より、土方さんのこんな優しい表情なんて試衛館時以来久しぶりに見た。
そしてその日の晩。
「副長が意識を取り戻したって本当ですか!?」
「土方君の怪我の調子が良くなったと聞いて、寄らせてもらったよ。」
『大鳥さん、島田君、こんばんは。土方さんだったら、あっちに……』
言い終えるのを待たずに、島田君は土方さんへと駆け寄る。
「よ、よかった!あの時は、本当にどうなることかと……!」
島田君は目を潤ませ、泣きそうな顔のまま何度も頷く仕草をする。
「……大袈裟だな。あれっぽっちで死にゃしねえよ。」
普通の人なら結構危ないけどね。
「そ、そうですよね!副長は何があっても、絶対に、死んだりしませんよね!」
溢れそうになる涙を拳で拭う島田君を押しのけ、大鳥さんがこう続ける。
「……土方君。今日は、言いたいことを言わせてもらうよ。宇都宮城での君の戦いぶりは、まさに鬼神のごとし、だった。士気も大いに上がり、兵士たちは皆、君のことばかりうわさしているよ。だがーー君の戦い方は、参謀としては失格も失格!問題外だ!指揮官が最前線に出て行ってどうする!」
「ちょ、ちょっと大鳥さん、怪我が治ったばかりなんですから、いきなりそんなこと言わなくても……」
「いいや、言わせてくれ!今日ばかりは、我慢できん!いいかい、土方君。部隊の洋式化というのは、兵の洋式に軍服を着せ、銃を持たせればできるものではない!僕らは戦力と人員をきちんと把握し、どうすれば勝てるのか、戦術をきちんと考えなくてはいけない!闇雲につっこむだけでは、昔と何も変わっていないんだよ!兵士を手足だとするならば、参謀は頭脳だ。頭脳が死んでしまっては、たとえ手足が残っていても戦争の遂行はできないんだ!」
「……!」
その言葉に、土方さんははっとしたように目を見開く。
かたわらで見ている私にも、その理由ははっきりわかった。
何故なら、その言葉は……。
───「……何をしているんですか、副長!あなたは頭で、俺は手足のはずでしょう。そんな風に我を忘れて敵陣に突っ込んで、どうするんですか……。手足なら、たとえなくなっても代えは効きます。ですが、頭がなくなってしまっては、何もかもおしまいです。」
あの時……、土方さんが羅刹となった時、山崎君が口にしたのと同じ言葉だったからだ。
「……何か、山崎にまた叱られてるみてえだな。」
懐かしそうな笑いと共にそんなつぶやきを洩らしたけど、事情を知らない大鳥さんに伝わるはずもなく……。
「ちょ……、土方君!何がおかしいんだい?僕は、真面目に話してるんだよ!僕も、僕の部下も君をどれだけ心配したことかーー」
「…………」
土方さんは無言のまま、大鳥さんを見つめる。
いつもならそろそろ、皮肉のひとつでもぶつけるところだがーー。
「きょ、今日は何を言われても……、凄んでも意見を曲げるつもりはないからな!」
「……ああ、わかってるよ、大鳥さん。迷惑かけちまって、すまなかったな。」
土方さんは、驚くほど素直に謝罪の言葉を口にしながら頭を下げた。
「…………え?」
まさか、土方さんの口からこんな言葉が出て来るなんて予想すらしていなかったのだろう。
大鳥さんは驚愕したように立ち尽くし、目を白黒させている。
「島田も、すまなかったな。俺をここまで運んできてくれたのは、おまえなんだろ?」
「い、いえ……!副長の為でしたら、あれくらい……」
付き合いの長い島田君も土方さんの別人のような態度に戸惑っているみたいだった。
一体、何があったのかわからないけど……。
土方さんの中で、少しずつ何かが変わり始めている様子だった。
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