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27


そして、日暮れ前。
土方さん率いる先鋒軍は、宇都宮城へと攻め入った。
堅固な城壁に囲まれていた時とは違い、幕軍兵たちの士気は高い。
まさに、破竹の勢いで敵兵を倒していく。


「……この調子だと、大した苦労もなしに落とせちまいそうだな。」


土方さんが勝利を確信しながら言った、その時だった。


「副長、伝令です!大広間の部隊が、苦戦しているとのこと!」

「苦戦だと?」

「詳しいことはわかりませんが……、俺が様子を見に行ってきましょうか。」

「いや、俺が行って来る。ここは頼んだぞ。」

「はい、わかりました!」

『ねえ、土方さん。私は?』

「ついて来い。苦戦してるならおまえの力もいるだろうからな。」

『わかった。』


私は土方さんとともに大広間に向かうことになった。

城の大広間は、異様な雰囲気に包まれていた。
敷き詰められた畳の上には、味方のーー、先鋒軍の兵たちが折り重なって倒れている。
そして、その中心には……。


「……やれやれ。こんな所にまで来てやがったのか。薩長と幕府が戦をやってるってのに、優雅にご旅行か?鬼ってのは、よっぽど暇らしいな。」


広間に立っていたのは、あのーー、風間と天霧の二人の鬼だった。


『どうしてここに……』

「我々は薩摩藩の命で、密書を届けに参りました……まさか、戦に巻き込まれるとは思いませんでしたがね。しかもその場に、君たちも居合わせていたとは。」

「つまり、新政府の連中の使いっ走りをさせられてるってことか。鬼ってのは、誇り高いんだな。」

「まさかこんなに早く、おまえと早く相まみえることができるとは思わなかったぞ。土方とやら。」

「顔に向こう傷付けてもらったのが、よっぽどうれしかったのか?そこまで喜んでもらえりゃ光栄だぜ。」

「ほざけ……!」


ぎりぎりと奥歯をかみしめながら、風間は腰に差した大太刀を引き抜く。
以前に彼が使っていた刀とは違い、その刀身は不気味な光をたたえていた。
日の光に反射するのではなく、それ自身が光を発しているようでーー。
目を離すことができない、不思議な力があった。


「おまえを殺せば、あの時の屈辱を晴らすことができる。天霧、おまえは手を出すな。この男は、俺の獲物だ。」

「……お好きになさるがいい。」


天霧は半ばあきれたように言った後、部屋の隅へと向かう。


「やれやれ……。腕の一本でも斬り落とされなきゃ、わかんねえみてえだな。千華、下がってろ。」


土方さんはチラリと私に視線を向けて言う。
それに頷いて天霧と同じように隅へと下がった。


「うぉおおおおっーー!」


風間に猛然と斬りかかる。


「ふっ……!」


風間は悠然とした調子で、土方さんの斬撃を受け止めた。
刃と刃がしばらくかみ合い、つば迫り合いとなったがーー。
風間に押し負ける形で、土方さんは後方へと飛び退く。


「……逃がすか。」


着地した一瞬を見逃さず、風間が土方さんへと刀を振り下ろす。


「くっ……!」


もう一度、兼定の刃で風間の刀を受け止める。


「この間に比べ、動きに精彩がないな。人間相手の戦で疲れたか?まがい物とはいえ、鬼のおまえが。」

「ぐ、くっ……!」


風間の刀を押さえている剣の切っ先が、小刻みに震えていた。
確かに彼の言う通り、羅刹化している割に、土方さんの動きはこの間に比べ、鈍っている。


「……ああ、なるほど。まだ日没までには間があるからな。まがい物が動き回るには、辛い時間か。」


風間の口元に、高慢な笑みが宿る。
土方さんを圧倒できているのが、嬉しくて仕方ないといった様子だ。


「だが、おまえに合わせて手を抜くような真似はせんぞ。どんな相手にでも全力を尽くす……。それが、武士の作法とやらなのだろう?」

「く……、くそったれっ……!」


土方さんは再度、後方へと飛び退いた。
だが風間は目にも止まらぬ速さで土方さんを捕らえ、そしてーー。


「ぐっ……!」


光を放つ刃が、土方さんの胸を大きく切り裂いた。
赤黒い血飛沫が上がり、彼はその場に膝をつく。


「くっ、はぁ、はぁ……」


洋服の胸の部分が大きく切り裂かれ、畳の上へと血の雫が滴り落ちる。

……大丈夫。
土方さんは羅刹になっているのだから、すぐに血は止まるはず。


「…………?」


だが、おかしなことが起こった。
土方さんの胸に刻まれた傷から溢れる血が、いつまで経っても止まらないのだ。


「……ど、どうなってやがる……?」

「くっ……はははははははは、あっはっはっはっはっはっ!傷がいつまでも癒えぬのが解せんか、まがい物の鬼よ。この刀は【童子切安綱】といってな……。かの源頼光が、酒呑童子という鬼を退治した時に使ったとされているものだ。」


酒呑童子。
私たち鬼の間では長く語り継がれている最悪の鬼だ。
酒呑童子のようにだけはなるな、と小さい頃から言われ続けた。


「我が風間家に代々伝わる品だが……、本当に鬼を斬ることができるのかを確かめた者はおらぬでな。ちょうどいい機会と思い、持ってきたまでだ。少なくとも、まがい物の鬼を退治することはできるようだ。」


勝ち誇った笑みを浮かべながら、風間は、畳に膝をついた土方さんを見下ろしている。


「……まがい物の鬼相手に、ずいぶん大層なものを持ち出してくるじゃねえか。よっぽど必死なんだな。」


だけど風間は、その言葉にも表情を変えることなくーー。


「俺に生涯最大の屈辱を与えた貴様を地獄へと送ることができるのならば、どんな手でも使う。この刀で追わせた傷は、塞がらんぞ。俺に勝つ為、羅刹になったーー、あの時の貴様の行動が今、全て無に帰したというわけだ。」

「へっ……」


土方さんは胸の傷を押さえ、ゆっくりと立ち上がる。


「要するに、斬られなきゃいいだけだろ?羅刹になる前は、当たり前にそうしてたもんだ。」

「どこまでも減らず口を叩くか……いいだろう。その強がりがいつまで続くか、確かめてやる。」


風間の胸の内の殺気を感じ取ってでもいるみたいに、安綱の刀身が青白く光を帯びる。
身がすくむほどの緊張が辺りに満ち、そしてーー。
再び、刀が振り下ろされる。


「くっ……!」


土方さんはすんでのところで安綱の一撃をかわし、刀を振り下ろそうとする。
だが、風間の身体はまるで霧のようにかき消え、兼定をかわしてしまう。
……違う、かき消えたのではない。
動きが速すぎて、目視できないのだ。
土方さんはかろうじて、彼の動きを目で追ってはいるようだけどーー。


「ぐぁっ……!」


あっさりとかわされ、左肩へ、強烈な一撃を受けてしまう。
洋服の肩の部分が大きく裂け、生々しく開いた傷口があらわになる。


「……いいぞ、その顔。どうすれば俺を殺せるか、必死に考えている表情だな。だが、俺が見たいのはその顔ではない……どうやっても俺を殺せない。そのことを悟った時の、絶望の表情を見せろ!」

「くっ……!」


傷口から血を迸らせながら、土方さんは安綱の刃を己の刀で受け止めた。


「ぐ、く……!」


とはいえ、出血の量が激しすぎて、どうやっても力が拮抗しない。


「ぐあっ……!」


土方さんが風間の刀に押しきられる。
しかも、それだけではなくーー。


「な、何っ……!?」


羅刹となっていたはずの土方さんの髪が、普段のーー、黒髪へと戻ってしまう。


「ふはははははは!そろそろ、限界が近づいてきたか!羅刹から、人間の姿に戻っているぞ!虫けら以下の、脆弱で哀れな生き物にな!」


今にも崩れ落ちそうな土方さんを見下ろして、風間は狂ったように笑い続ける。


「さあ、泣け、わめけ!未練がましく命乞いをしてみせろ!京にいた頃から我らの邪魔をし続けた忌々しい【新選組】の名もろとも、貴様を葬り去ってやる!」


その言葉に、土方さんはゆっくりと顔を上げた。


「新選組を……、葬り去るだと……?」


あの出血の量を見ると、すでに目の前の風間さえかすんでいるはずなのに……。
土方さんはそれでも畳に爪を食い込ませ、凄まじい痛みをこらえている。


「……近藤さんと会えなくなっちまってから、俺一人で抱えるにゃ、重くて重くて……、仕方なかった荷物だけどよ……それでも……、てめえごときに葬られちまうと思うと虫唾が走るぜ!」


肩から……、胸から、おびただしい量の血を流し、それでも土方さんは立ち上がろうとする。
その姿はあまりに壮絶で、痛々しくて、直視することすらできないほどだ。

駄目、このままでは、本当に土方さんが殺されてしまう……!


『ちょ、土方さん駄目よ!そんなに大きな怪我してるのに、羅刹の力を使っちゃ……!』


微かな間、彼は私に視線を寄越した。
土方さんの瞳には、強い決意が宿っている。
そして彼は羅刹の姿を保ったまま、真っ直ぐに風間をにらみつけた。


「……てめえの命がどれだけ削られようと、どうでもいいさ。ただ、ここでこいつに殺されてやるわけにゃいかねえ。今まで、命懸けて作り上げてきたもんを、こんな奴に……、こんな刀ごときに、ぶち壊されてたまるかよ……!」

「その身体で一体何ができるというのか……。見苦しさ、ここに極まれりだな。」


風間はもう一度、安綱を振り上げた。


「ぐぁっ……!」


兼定で受けようとするものの、右手に力が入らなくなってしまっているらしい。
今度は右肩へと、安綱の一撃が命中してしまう。
あまりの出血量と痛みで刀を握ることすらできなくなりーー、土方さんは兼定を取り落とす。
土方さんの着ている服は、もう血みどろだった。
気迫だけで身体を支えてはいるものの、もはや、目の焦点を合わせることすら難しくなってしまっているらしい。


「……もう少し楽しませてもらえると思ったが、そろそろ別れの時のようだな。もう、憎まれ口を叩く体力も残っていないか。」

「…………」


土方さんは肩で息をしながら、それでも必死に風間をにらみつける。


「どうした?刀を取らんか。武士の意地とやらはどこに行ったのだ。」

「ぐ……!」


ただ息をするだけでも凄まじい痛みに見舞われているはずなのに、それでも土方さんは愛刀に手を伸ばしーー。
今にも倒れそうな姿勢ながら、必死に歯を食いしばって風間と対峙する。
切っ先は不安定に揺らぎ、傷口からは鮮血がとめどなく溢れ出している。

……お願い、もう立ち上がらないで。

土方さんの姿を目にしていると、思わずそう叫びそうになってしまう。
やがて、風間は鬼殺しの刀を大きく振り上げーー。


「待ちわびたぞ、この時を!俺に屈辱を与えた貴様を、この手で殺すことができる時をなーー!」


と、その時だった。
耳をつんざくような轟音と、激しい振動が起こった。
そして、何やら焦げ臭い匂いが鼻をつく。


「この匂い、もしやーー!」


唐突に起きた異変に、風間が動きを止め辺りの様子をうかがい始める。


「火事だ!あいつら、退却する時、城に火を放ちやがったぞ!」

「火に巻かれちゃかなわねえ!さっさと逃げようぜ!」


炎は凄まじい速さで燃え広がり、やがて、私たちのいる広間にまで押し寄せてくる。


『くっ……、げほっ、ごほっ!』


濃い黒煙が流れ込んできて、喉に突き刺さった。
炎は瞬く間に障子や畳に燃え移り、部屋の中は耐え難い熱気で満たされていく。
だけど土方さんも風間も、手にした刀を下ろそうとはしない。
どちらも隙をうかがっているのだろう。
うかつに動けば、すぐに斬りつけられてしまう。
身を切るような強烈な緊張感が、辺りに立ち込めた、その刹那。


「ぐっ……!」


焼けた天井が、二人の間に落ちてくる。


「くっ……!」

「くそ……、崩れ始めたか。これ以上ここにいると、我が身も危うい……」


風間は口惜し気に呟いた後、童子切安綱を鞘へと収める。


「……土方とやら、この場を預けてやる。勝負はまたの機会としよう。次こそは、貴様の息の根を止めてやるからな。せいぜい楽しんでおくがいい。」


酷薄な笑みと共に言い放った後、風間は広間から姿を消した。


『ひ、土方さん、大丈夫……!?』


私は、血まみれになった土方さんの傍へと駆け寄った。
彼は畳に膝をついたまま、しきりに顔をしかめている。
顔からは、既に血の気が失せてしまっていた。
それまで部屋の隅にたたずんでいた天霧が、ゆっくりとこちらへ近づいて来る。


「今後、我々鬼の一族は倒幕勢力から手を引くつもりです。」

「そりゃ……、どうしてだ……?」

「我々は、薩摩藩から受けた恩を、もう充分返したと思っています。……何より、そう遠くないうちに幕府は滅びます。我々が手を貸さずとも。」


苦笑いのような表情が、土方さんの口元に浮かぶ。


「……ああ、そりゃ承知の上だ。」

「それでも、沈み行く船にこのまま乗り続けるつもりですか?君たちの作り上げた物を評価せず、最悪の形で裏切り、放り捨てたのが徳川幕府だというのに。」


その言葉を聞いて、土方さんの口元に寂しそうなーー、諦め混じりの笑みが浮かぶ。


「……それでも武士ってのは、殿様の為に戦うもんだろ?俺が守りてえのは、今、江戸で蟄居えてる慶喜さんでも、江戸城でも、幕府のお偉いさんでもねえ。俺の……、俺たちの心の中にある幕府を、将軍を守る為に生まれた新選組を……、守り抜きてえんだ。重くてしょうがねえ荷物だが……、近藤さんが戻って来る前になくしちまうわけにはいかねえのさ……」


天霧は目を閉じて、無言のまま、土方さんの言葉を聞いていた。
やがて、静かに目を開いて……。


「……もし風間が今後、君や彼女に関わり続けるのであれば、彼は鬼としての仁義を失うことになる。一族の後ろ盾をなくし……、はぐれ鬼となります。」

『!』


はぐれ鬼。
正統な鬼の種族とはされない、絶縁状態となる。
頭領がはぐれ鬼となった場合、その一族もはぐれ鬼となるのだろうか。
それとも……その人だけがなるのだろうか。


「おそらく、遠くない未来君たちの前に姿を現すと思いますが、それは我々には関わりのないこと。……彼のことは、君たちに任せます。」


天霧は静かな口調で言い残した後、姿を消した。


「ぐっ……」


緊張の糸が切れてしまったのか、土方さんはその場に突っ伏してしまう。


『土方さん、大丈夫!?』


どうやら、気を失ってしまったらしい。
どれだけ揺すっても、土方さんは目を覚ましてくれない。


『うっ、げほ、ごほっ……!』


火の勢いはさらに激しさを増し、洋服の中が汗ばんでくる。

一体、どうすればいいのだろう?
私一人では、土方さんを運んで逃げることなんてーー!


「副長!汐見君!どちらにいますか!?」


廊下の方から、島田君の声が聞こえてきた。


『島田君、こっちよ!土方さんが……、土方さんが!』


その言葉を聞きつけて、島田君が、焼け落ちる寸前の広間へと駆け込んできた。


「副長!?しっかりしてください!」

『気を失ってるだけみたいなんだけど……!血がたくさん出てるから、早く手当をしないと……!』

「わかりました、俺が運んで行きます!君は、俺の後ろをついて来てください!煙を絶対に吸わないようにして!」


言いながら、島田君は土方さんの身体を抱き上げる。


『了解!』




土方さんが決死の思いで落とした宇都宮城だったけど……。
その四日後、薩摩・長州・大垣・鳥取などの藩で構成された二万もの援軍が駆けつけ、あえなく新政府軍に奪い返されてしまった。
戦いの後、大鳥さん率いる旧幕府軍は、一路、会津を目指すこととなった。
負傷した土方さんは、何とか一命を取り留めたものの……。
生死の境をさまよっていて、とても戦える状態ではない。
その為、戦線を離脱し、日光の近くで療養することとなった。


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