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26


そして、四月十九日。
宇都宮城は、激しい戦火にさらされた。
宇都宮城攻撃軍は約二千人、迎え撃つ宇都宮城の守備兵は約七百人。
とくに激戦となった下川原門は、幕軍約千人に対し、守備兵は約四百人。
二倍以上の兵力で攻め込むことになったが、敵は、城という盾に守られている為、戦況は膠着状態に陥っていた。
戦場には銃弾が飛び交い、敵味方の兵士たちの断末魔の悲鳴がこだまする。
私も少数の幕軍兵を率いて戦を駆けていた。


『土方さん!銃弾が飛び交って、あの人数じゃうまく門を突破できない!』


戻ってきた私を見て土方さんは自軍の幕軍兵二百名ほどを振り返り、指示を出す。


「……このままじゃ、キリがねえな。そろそろ、敵陣に突っ込んでもいい頃か。」

「敵陣に!?何を言ってるんですか!向こうは、銃を持ってるんですよ!?」

「奴らが持ってるのは、薩長が使ってる新型の銃とは違う。少し離れりゃ当たらねえし、命中精度も低い。そうだな?千華。」


戦場に出て確認してきた私に振る土方さんに頷き返す。


「それに、弾の一発や二発当たったところで、すぐ死ぬわけじゃねえさ。」

「そ、そんな無茶な……!」


まさかこんな作戦を言いつけられるとは思わなかったのか、幕軍兵たちは騒然となる。
だけど土方さんだけは、冷めた目で兵士たちを見下ろしながら言う。


「おまえら、ここに何しに来たんだ、戦しに来たんだろ?だったら、死ぬ覚悟ぐらい持ち合わせてるはずじゃねえか。ーー合図をしたら、そこの奴から前に進め!」


だが土方さんの指差す先には銃弾が雨のように降り注いでいる。
彼が何を言おうと、くぐり抜けられるとは到底思えない。
私でさえ、少々の傷を負って戻ってこれたぐらいなのだ。
幕軍兵たちは青ざめ、足を震わせながらお互いの顔を見合わせている。
やがて、恐怖が限界に達したのかーー。


「お、俺は……、俺は、嫌だぁあああっ!こんな所で死にたくねえっーー!」


最前列にいた兵の一人が振り向いて、脱兎のごとく逃げ出そうとする。
その矢先ーー。
土方さんが刀を抜き、逃げようとした幕軍兵に背中から斬りかかった。


「ぐ……、がはっ……!」


刀で切り伏せられた幕軍兵は、絶命して地面へと倒れてしまう。
それを見守っていた他の兵の誰もが言葉を失い、辺りは唐突に静まり返った。

小さく吹いたはずのヒュウッという口笛も大きく響いた。
恥ずかしい。

そして、ざわめきが起こる。


「お、おい……!味方を斬りやがったぜ……?」

「ど、どういうことだ……!頭がいかれてやがるのか……」


土方さんは兵たちを振り返り、冷ややかな表情で言う。


「他にも、敵前逃亡してえ奴はいるか?怖かったら、逃げてもいいんだぜ。ただし、逃げようとした奴は片っ端から、この刀と千華が持つ刀で斬り捨ててやる。」


私もか……!


「俺たちに斬り殺されるか、それとも銃弾の雨の中を突っ切って行くかーー、好きな方を選べ。」


殺意でぎらついた瞳には、本気の光が宿っている。
もし逃げれば、彼の言葉通り、二刀の元に斬り捨てられてしまうだろう。
陣中にいる誰もが、土方さんの言葉に含まれる本気を感じ取っていた。


「鬼だ……、あの人は鬼だよ……」


陣中の中で、誰かが呟くのが聞こえた。


「千華、俺と一緒に突っ切れ。」

『了解。』


その後、最前線に飛び込んだ私と土方さんは、まるで鬼人のような動きで、次々と敵兵に斬りかかって行く。


「ぐっ……!」


ガキンカキンッ!


「ぐはっ……!」


土方さんの愛刀・和泉守兼定と私の愛刀・風姫は血にまみれていたがーー。
私たちは、そんなこと気にせず続けざまに敵を切り伏せた。


「副長!あと少しで、城門を崩せそうです!」


駆けつけた島田君も、顔をほこりと泥で汚しながら、土方さんに向けて叫ぶような声で呼びかけた。


「おう!頼りにしてるぜ、島田!千華!一気に行くぞ!」

『了解!』


敵方はしきりに銃撃してくるが、旧式の銃ということもあり、思うように狙いが定まらないみたい。
それでも、銃を持った敵に向かっていくのは、尋常でない恐怖があるはずなのにーー。
土方さんは平静な表情のまま、銃を手にした兵たちを片っ端から斬り倒す。
今は昼間で、立っていることさえつらいはずなのにーー。
彼の戦いぶりからは、そんな様子が全くうかがえない。
私も負けてられないと一気に足に力をいれて銃弾を受ける前に素早く懐に入り、斬り捨てる。


「す、すげえ……」

「あの人たちは、本当に人間なのか?地獄から這い上がってきた、鬼なんじゃねえのか……?」


確かに鬼だけども……!

食い入るように私と土方さんの戦いぶりを見つめていた兵たちの間に、どよめきが走る。
硝煙と土煙の中、自らの命を顧みず戦うその姿は、幕兵たちが今まで見てきたどんな武士にも似ていなかったに違いない。
赤黒い血を全身に浴びながら、それでも目だけぎらつかせーー。


「おい、おまえたち!そろそろ敵兵の弾も突き始めたようだぜ!気合い入れ直せよ!」


味方の陣に檄を飛ばし、土方さんはまたも最前線へと走る。
そんな、獅子奮迅の戦いぶりに影響されてかーー。


「こ、この戦……、もしかしたら、勝てるんじゃねえか?」

「そ、そうだ!勝てるかも知れねえぞ!新選組にーー、土方さんに続け!」


味方の士気は大いに高められ、戦いぶりにも一層熱がこもる。

そして、昼を過ぎた頃ーー。


「千華!」

『……っわかってるって!』


土方さんの呼びに答えて、私は門の前の敵を斬り捨てて大門を蹴り開けた。


「開いた……!城の大門が開いたぞ!」

「勝った……?俺たちが勝ったのか?」


その知らせが入った瞬間、陣中がにわかに騒がしくなる。


「……思ったより手間取ったが、ま、予想通りだな。」

「副長の采配、お見事でしたよ!弾の嵐の中を突っ切って行く姿は、まさに武士の鑑でした!」


私は?
私も最前線突っ切ってたんですけど。


「……おだてたって、何も出ねえよ。それに、まだ城が落ちたわけじゃねえ。気を引きしめてかからねえとな。」

『そうね……』


私たちがそんな会話を交わしているとーー。


『ん……?』


いつの間にか、幕軍兵の人たちが、私たちの周りを取り囲んでいた。


「土方さん、素晴らしい戦いぶりでした!まさに、源義経が蘇ったかのようで……!さすが新選組の副長です!」

「汐見さんも凄いです!あの土方さんの戦いぶりについていってるんですから!新選組零番組組長の名は伊達じゃありませんね!」

「我々は、あなた方を誤解していました!申し訳ございません!」

「離脱しようとしていた兵士を斬ったのは、我々を勝利に導く為……、これ以上の脱退者を出さない為だったのですね!」

「あなたの下で戦えることを、誇りに思います!あなた方こそ、本物の武士だ!」


彼らが私たちに向ける眼差しは、合流当初の、好奇心と恐怖が含まれた視線とは明らかに違っていた。


「こ、これは……、一体どういうことなんでしょう?」


島田君も、何が起こったのかわからず、戸惑っている様子だった。


『すごい変わりようね。』


私も周りを見渡してチラリと土方さんに視線を向けた。


「…………」


土方さんは青ざめた顔のまま、不機嫌そうにため息をつく。


『土方さん、大丈夫……?』


昼の陽の下、あれだけ激しく動き回っていたのだから、土方さんの体力も限界に近いはず。
しかも彼は返り血をたくさん浴びていて……、いつ吸血衝動が起こるかわからない状態。
一応あまりかからないように庇ったりはしたけど、それでも浴びてしまうものは浴びてしまうわけで。
だが土方さんは気力だけで自分の身体を懸命に支えながら……。


「……大丈夫に決まってんだろ。城を落とすまでは、死ねねえさ。」


額ににじむ脂汗と返り血を、拳で拭う。


『ったく……』


言っても聞かないことをわかっているから、私も手の甲で返り血と脂汗を拭ってやる。
そんな私に小さくお礼を言うと、再び、兵士たちを顧みてーー。


「先鋒軍は俺に続け!日暮れ前には、城に攻め入るぞ!」

「「「はいっ!」」」


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