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そして、その晩。
野営をしているとーー。


「……おい、千華、島田、話がある。こっちへ来い。」


新選組の本隊と羅刹隊は一君が率いて、会津へ向かっている。
今ここにいるのは、私と島田君、そして隊士たちが十人ほどとなっていた。


「……おまえたち、さっき、あの歩兵奉行さんとやらが言ってたことを覚えてるか?」

「副長が、先鋒軍の指揮を執るということですよね?」

「そうだ。で、おまえたちの身の振り方だが……おまえたちは先鋒軍に入れねえ。中軍、後軍に入れるつもりだ。」

「それは……、どういうことでしょう?副長が指揮するのは、先鋒軍なのですよね?」

「おまえたちは鳥羽伏見の戦を経験してるんだ。実戦経験のねえ部隊を指揮するにゃ、もってこいの人選だろ。」

「しかし……」


確かに、筋の通った説明だと思う。
だけど正直なところ……、島田君は、土方さんと同じ部隊で戦いたいのではないだろうか。
その気持ちがわからないほど、鈍感な人でもないはずなのに。

島田君はしばらく考え込んでいたけど、やがて顔を上げて土方さんを見つめーー。


「……わかりました。副長の命令であれば、従います。ですけど、ひとつ確認させてください。新選組がなくなってしまうわけではありませんよね?俺は、新選組の島田魁として、この戦に参加するつもりです。【誠】の隊旗を掲げます……それで、構いませんよね?」


島田君も私と同じ思いだったのか、念を押すような口ぶりで尋ねた。


「……好きにしろ。」


その言葉はなぜか、ひどく投げやりめいていた。


「……では、俺は他の隊士たちに、決定を伝えに行ってきます。」


島田君はそう言い残し、大きな身体を揺らしながら隊士たちの所へと走って行く。
後には、私と土方さんだけが残された。
土方さんは小さくため息をつき、肩を落とす。
だいぶ、疲れが溜まっているように見受けられた。


『土方さん、指揮なんてそんな面倒なこと私、しなきゃいけないの?』

「……慣れてるだろうが。」

『それとこれとは、別。……別にしてもいいけど土方さんの見えないところで変若水飲んでも文句言わないでよ。』

「飲むなって言わなかったか?」

『約束はしてないよ。』


じっと見つめあう。
私は興味なさげにふいっと視線をそらした。
この話はおしまいだ。


『ねえ、どうしてあんな指示を出したの?』


その言葉に、土方さんは何も答えない。
夜の闇の中、ぶっきらぼうに視線を投げ、空に浮かぶ星をながめている。
その沈黙が、土方さんの抱えている悩みの深さを物語っていた。

……やっぱり、聞くべきじゃなかったのかもしれない。

そう思い始めた時だった。


「……近藤さんがいつ戻って来るのかさえわかりゃ、死ぬ気で戦いもするさ。だが今度ばかりは、どうなるかわからねえときてやがる。俺たちは今まで、二人で新選組を背負ってたんだ。……俺一人で、支えきれるわけねえだろ。」


土方さんが攻撃的な言葉を口をしたり、興味なさそうな振る舞いをするのは珍しいことではない。
だがーー、新選組に関することを、ここまで投げやりめいた口ぶりで語るのは初めてのことだった。
彼は肩を落としたまま、無気力そのものの口調で続ける。


「……新八の言う通りだったよな。」

『えっ……?』

「甲府城に行くって決まった時、あいつと原田が言ってたろ?勝安房守が、軍資金や大砲を気前よく出してくれるはずがねえ、何か裏があるんじゃねえかって……その通りだったよ。新政府軍に江戸城を明け渡すって決めたのは、その勝安房守だったらしい。」

『はっーー!?』


その言葉に、私は息をのんだ。
ということは、あの甲府の戦は……。


「新政府と穏便に話を進めてえのに、俺たちみてえなのがいちゃ邪魔だから、体よく追いっ払われたってことだ。」


土方さんは乾いた笑みを洩らしながら、足元の石を蹴りつける。


「……ああ、くそっ!どうして気付かなかったんだよ。近藤さんに戦の指揮を執らせてやりてえ、戦場に立たせてやりてえって気持ちに目がくらんじまった……それが負け戦になっちまって近藤さんのやる気をなくさせちゃ……、何の意味もねえじゃねえかよ。」

『…………』


何を言えばいいのかわからず、私はただただうつむくだけだった。
心血注いで作り上げた新選組という組織を、本来、味方のはずの幕府に否定され……。
さらに、そのせいで近藤さんまで失ってしまったなんて。


「おまけに、必死こいて剣術の稽古して……、ようやく刀を差せるようになったってのに、鉄砲相手じゃ手も足も出ねえときた。武士ってのは、戦が専門じゃねえのか?俺たちが信じて追いかけてきたものって、一体何だったんだ?その先に何かがあるって信じてたからこそ、きつい思いして、みっともなく歯食いしばって、坂を登ってきたんだぜ?登った先に何もねえってわかっちまったら、これからどうすりゃいいんだよ。俺は、何を信じて生きていきゃいいんだ?」


土方さんの言葉の端々に、痛々しいほどの苦悩がにじむ。
今、土方さんは、味方だった幕府に、凄まじい速さで変わっていく戦の常識に、世の中の流れにーー。
周りにあるもの全てに裏切られて、深く傷ついているに違いない。


『土方さんは……、今、信じるものを見失って、すごく不安なんだと思う。……でも、今ここに残ってる隊士たちが信じているのは何かっていうと……、やっぱり、土方さんなんだと思うな。土方さんがいれば大丈夫だって……、土方さんの前で臆病な姿を見せられないって思ってるから、だから、銃を持ったたくさんの敵を相手に戦えるんだと思うよ。』


何を言えば、土方さんが元気を出してくれるのかなんてわからなかったけど……。
それでも、私の発する言葉の中から、何らかの答えを見つけてくれればいい。


『新選組が存在してる意味とか、信じるものとか……難しいことはわからない。だけど、なぜここにいるのかって言われると……やっぱり、土方さんのことを信じてるから。だから、えーっと……』


そこまで言って、私は口をつぐむ。
もしかしたら私の言葉は、彼を追い詰めるものにしかならないかもしれない。
土方さんは無言のまま私を見つめていたが、やがて目に優しそうな光をたたえ……。


「……そうだよな。見失っちまったものってのは、てめえでもう一度見つけなきゃどうしようもねえよな。それに、今はでかい戦が控えてる。あれこれ悩むくらいなら、勝つことを考えねえとな。」


そう言って、再び、夜空に瞬く星へと視線を向けた。

再び、沈黙が訪れた。
何を話せばいいのかわからないから、とにかく押し黙る。
辺りには、虫の声だけがこだましていた。


「……おまえ、本当にここにいるつもりか?」


本当は土方さんも、一人でいたいのだろうけど……。
私は島田君と一緒に行けないから、頭ごなしに追い払えない様子だった。


『ええ、ここにいるわ。』


何ができるかわからないけど、今は土方さんを一人にしておけない。


「……俺の邪魔だけはするんじゃねえぞ。」

『したことあったっけ?』


おどけたように笑いながら夜の静けさの中、私はただその場に立ち尽くす。
と、その時だった。


「ぐっ、う……!」


苦し気なうめきが、土方さんの口から漏れる。


『ひ、土方さん……!』


彼の髪が、徐々に色を失い、白く変化していく。


『と、とりあえず木陰に行こう!』


人目に付かないよう、私は土方さんを木陰へ連れ込んだ。


「くそっ、こんな時まで……!」


苦しげに息を荒げながら、土方さんは苛立ちをあらわにする。
吸血衝動に苦しめられる自分の身体が、疎ましくて仕方ない様子だった。
私は気配がないことを確認するために周囲に視線をやった。


『……土方さん。』


私は彼の名を呼び、前へと進み出て、襟元を崩す。
その言葉と仕草で、土方さんは理解してくれたみたいだった。
苦しそうな息づかいの中、まるでしがみつくように私を抱き寄せる。
首筋に、鋭い痛みが走った。
熱い血潮が傷口から溢れ、土方さんの唇が触れる。


『…………』


土方さんが血を飲む音が、夜の闇の中に響き渡った。
首筋に触れる切実な息づかいが、徐々に穏やかなものに変わっていく。
私を抱きしめる腕からも、少しずつ力が抜けて行った。
……土方さんの苦しみを癒やしてあげられたことに、安堵する。
やがて彼は、音もなく私から身体を離した。


「……おまえは、一体いつまでこんなことを許すつもりなんだ?」

『いつまで、って……』


不安に満ちた瞳で見つめてくる土方さんに、私は微笑みを返す。


『……ずっとかな。土方さんが必要としてくれる限り、ずっと。』

「馬鹿な女だな。……てめえの進むべき道も見えてねえ、先のねえ男なのに。自分の身を傷つけてまで血を捧げるなんて、何を考えてやがるんだ?」

『……いいよ。私が、したくてしてることなんだから。それに……里に帰って頭領継いだらしたいことなんてできなくなるだろうから。』


視線をそらしながらそう返すと、それきり、土方さんは何も言わなくなってしまった。


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