×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
22


近藤さんが投降し、私たちが北へ向かうことを決めた夜。
私と土方さん、そして相馬君は、人目を忍んで江戸に戻ってきていた。
そして、ある民家へとたどり着いたとき、相馬君は知り合いに会いに行くとかで、その場から立ち去ってしまう。
それはおそらく、相馬君なりに気を遣ったんだと思う。
だって、そこで私たちを出迎えてくれたのはーー。


「こんばんは、土方さん、千華。まさか、僕のお見舞いにきてくれるなんて思いませんでしたよ。」

「おまえ、起きても大丈夫なのか?しかも、その格好ーー」

「ずっと一人で寝てるのにも、飽き飽きしちゃって。このままじゃ活躍できそうにないし、そろそろみんなを追いかけようと思うんですけど。」

「ふざけたことを抜かすんじゃねえ!その身体で刀を握れるわけねえだろうが!」

「そんなことありませんよ。このところ、すごく調子がいいんですから……っーーげこっ、ごほっ!ごほっ!」


総司はその場にうずくまり、激しく咳き込んだ。


『大丈夫?総司。』


背中をさすって呼吸の手助けをすると、だいぶ楽になった様子だけど……。
その背中からは肉がそげ落ちて、痛々しいほどやせ細ってしまっている。


「……言わんこっちゃねえ。病人は病人らしく、静養してろ。」


土方さんの言葉に、総司は無念そうに唇を噛んだ。
そして、しばらくの沈黙の後。


「……近藤さんは、どうしてるんです?今日も、来てくれないんですか。」

『っ……』


不意に飛び出したその名前に、私は少し身構えた。
だけど土方さんは、表情一つ変えずーー。


「あの人は、今や大名だからな。色々と用事が立て込んでるんだよ。」

「怪我の調子は?まだ、動くのは辛いんじゃないですか。」

「怪我をしたのは、もう半年も前だぜ?ピンピンしてるよ。刀を握るのはちと難しいが……、ま、今の立場じゃ近藤さんが実践に出ることもねえからな。」

『…………』

「自分のことみたいに、得意そうに言わないでくださいよ……でも、そうか。近藤さん、元気なんですね。」


その言葉で、総司はようやくほっとした様子だった。
多分、今の総司を支えているのは近藤さんの存在なのだろう。
だけど近藤さんは、もう……。


「次こそは近藤さんを連れてきてやるから、おとなしく待ってろよ。いいな。」

「信用せずに待ってます。……土方さんって、嘘吐きですから。」

「誰が嘘吐きだ。近藤さんに関することで、俺が嘘を言ったことなんざねえだろうが。」


いつもの軽口を交わし合っているようでいて……。
彼らの双眸にはどこか過去を懐かしむような、名残り惜しそうな光が宿っている。
なんとなく、相馬君が席を外した気持ちがわかる気がして……。
積もる話もあるだろうと思い、私はこっそり外へと出た。

ピーッと指笛を鳴らして銀狼を呼ぶと、銀狼はすぐに差し出していた私の腕へと降りてきた。
すり寄ってくる銀狼を撫でながら私は空を見上げる。

ひんやりとした夜気の中、澄んだ星空が広がっている。
……もしかするとこの夜が、土方さんと総司の今生の別れになるのかもしれない。
傍らで見ていただけの私にもそのことがはっきりと感じ取れて、胸が痛くなった。

私たちはほんの四年前、意気揚々とこの江戸を発ったはずなのに……。


『ん……?』


少し離れた場所で、相馬君が誰かと話し込んでいるのが目に入った。
江戸にいる知り合いに会いに行ってたはずだけど……あの人がそうなんだろうか。


「なあ、本当にいいのか?おまえ、副長とか汐見先輩とは知らない仲じゃないんだろう?せっかくだから、挨拶ぐらいした方がいいんじゃないか。」

「……いや、やめとく。」

「どうしてだ?俺たち、もう江戸には戻ってこられないかもしれないんだぞ。」

「近藤さんは、新政府軍に捕まっちまったんだろ?……そんな状況で、土方さんにどんな言葉をかけたらいいのか、わからないしな。」


相馬君はどこか歯がゆそうにうなだれていたけど、やがて……。


「言葉じゃなくても、いいだろう。」

「えっ……?」

「おまえの想いを……見てきたものを皆に伝えることができれば、それでいいじゃないか。」

「相馬……」


その人はしばらくの間、気まずそうに俯いていた。
だけど、やがて……。


「……俺は、新選組の隊士だったわけじゃない。新選組ができた時、たまたまその場に居合わせただけだ。」

「じゃあ、おまえがあの絵ーー羅刹になった芹沢さんの絵を描いたのはどうしてなんだ?もう関係ない人たちだと思ってたら、金にもならないのに、あんな絵なんて描かないだろ。」

「それは…………」

「おまえは、今の土方さんや山南さん、汐見先輩や藤堂さんたちに伝えたいことは……、本当に何もないのか?」


私たちの名前が出たということは……。
あの人も、私たち新選組と知り合いなのだろうか。

いや、だけど……遠すぎて誰だかわからない。
もしかして相馬君は、あの人を呼びにいっていたのかも……。
でも、本人は会うのを嫌がっているみたいだった。
きっと相馬君にも立場があると思うし……。
これは、土方さんに言わなくてもいいことなのかも……。
そんなことを考えていた時。


「おい千華、おまえも総司に一言かけてやれ。」

『あっーーうん!』


土方さんに名を呼ばれ、私はもう一度建物の中へと戻る。

そして少しの間、歓談した後……。


「それじゃあな、総司。あんまり松本先生を困らせるんじゃねえぞ。」

「困らせたりはしてませんよ。あの先生が心配性なだけです。」

「相変わらず、口が減らねえ奴だ……まあいい。俺たちは、そろそろ行くからな。」

「あれ、もう帰っちゃうんですか?」

『……お邪魔しました。大事にしてね。』


いたたまれなくなり、そう告げて退去しようとした時。


「千華、ちょっと。」

『ん?』


総司に軽く手招きされ、私は彼の傍へと歩み寄る。


『え、何……?』

「土方さん、顔色悪いね。あんまり状況が良くないのかな。」

『えっと……』


うかつに口を開くと不用意なことを明かしてしまいそうで、黙り込んでいると。


「僕、あの人のことは全然好きじゃないし、はっきり言ってどうなってもいいけど……土方さんの傍にいてあげて。あの人が倒れたら、新選組は立ち行かなくなるから。」

『……ええ、わかってるわ。』

「……千華、気を付けてね。」


私は総司の言葉にニッコリと微笑み返した。


「話は終わったか?そんじゃ、行くぞ。」


土方さんに促され、私は歩き出した。

その後、土方さんは一言も発することなく足早に歩き続けた。
先程総司と交わした、【次は近藤さんを連れてくる】という約束ーー。
その約束を果たせないかもしれないと、予感しているのかもしれない。


『…………』


私は肩に乗る銀狼を撫でながら彼の後をついて行った。
やがて土方さんは、不意に足を止める。


「……千華、おまえは先に江戸を出ろ。」

『えっ?先に、って……土方さんは、どうするつもりなの?』

「近藤さんを助けてもらえるよう、もう一度、幕府に直談判してくる。」

『い、今からあ!?私たちにできることはもう全部、やり尽くしたはずじゃあ……』

「結果が出てねえ以上、充分とは言えねえよ。」

『だけどさあ、長く江戸に留まるのは危険だって!新政府軍は、すぐそこまで追ってきてるのよ?もし土方さんまで近藤さんのように捕まってしまうことになったらーー』


土方さん、昨日まではこんなことを言っていなかったはずなのに。
どうして突然、こんなことを言い出すのだろう?


「おまえは、俺の判断が間違ってるって言いてえのか?」

『そういうわけじゃ……』

「じゃあ何だっつうんだ。文句があるならはっきり言え。」


苛立った様子の土方さんに、私は……。


『お願い土方さん。しっかりしてよ。今どうするべきなのか、土方さんならわかってるはずよ!』


私は思わず声を荒げ、土方さんに訴えた。


「何をするかは俺が決めることだ。おまえが口を挟むことじゃねえ。」

『だけど、もし新政府軍に見つかったら……』

「だったら何だってんだ。可能性の話なんてしてたら、何もできねえで終わっちまうぞ。」

『じゃあ、源さんや山崎君の気持ちはどうなるのよ!?』

「ーーおまえに何がわかる!」


土方さんの怒声に、思わずすくみそうになったがーー。


『私だって……ずっと一緒にいたんだからわかるわよ!』


私も負けじと、感情を思い切りぶつける。
胸が悲しくて苦しくて、視界が涙でにじんでいた。


『私だって……源さんや山崎君が、何のために命を懸けたのかを、この目で見てきた。二人は新選組を愛していて、副長のことを深く信頼していて……!だから今の土方さんを見たら、二人は絶対に悲しむわ!』

「……悲しむ、か……」


不意に彼は遠い目をして、肩の力を少しだけ抜いた。


「残された奴は、先に逝った奴らの意志も、継ぐべきだと思うか?」

『私は、そう思う。』


例えば今。
私が彼に怒鳴られても引かなかったのはーー。
源さんや山崎君なら、きっとこうしたと思ったから。


「じゃあ、俺が死ぬまで荷物は増えるばかりじゃねえか。」

『土方さん……』

「怒鳴っちまって悪かったな。確かにおまえは【わかってた】。」


彼の微笑みが何処か悲しげで、私の胸は鈍い痛みを帯びた。


「不利な状況で、俺がやけっぱちになるわけにゃいかねえよな。大将が戻って来た時、居場所がなくなってたんじゃ笑い話にもならねえ。」

『あ……』


土方さんが冷静さを取り戻してくれたことに気付き、私もはっと我に返る。


『あのさ……、土方さん。こんなこと言っちゃったけど、決して無理はしないでね。近頃は、朝も夜も走り回ってるし……』

「人のことを気にしてる余裕なんてあんのか?江戸を出た後、途中で倒れたら容赦なく置いていくからな。覚悟しとけ。」

『それ土方さんの方なんじゃないの?』

「何だと?」


銀狼がピューッと鳴いた後、私と土方さんは顔を見合わせてぷっと吹き出した。

私の言葉が届いたことを、嬉しく思いながら……。
私は土方さんの背を必死で追いかけるのだった。


***


「ーーお疲れ様です。ご無事で何よりでした!」


総司と別れた私たちは相馬君や迎えに来た島田君たちと合流することができた。
けれど、その時ーー。


「……副長、ご相談があります。」


身を固くしながら進言する相馬君を、土方さんは怪訝そうに振り返る。


「俺に、局長と野村の助命嘆願をさせてください!幕府側も、局長をこのまま死なせたくはないはずです。協力してくれる人も、たくさんいると思います。ですから、どうかーー」


土方さんは、頭を下げて懸命に懇願する相馬君をしばらくの間見下ろしていたけど、やがて……。


「……言おうと思ってたことを、先に言われちまったな。」

「副長!それではーー」

「島田、頼みがある。千華を連れて、先に江戸を出てくれ。」

『はあっ!?』

「俺たちは、近藤さんの助命嘆願を続ける。おまえは戦えるし、先に行って斎藤と合流しろ。」

『…………』


感情的になっていた先程とは違ってーー。
土方さんが、冷徹な考えの基にこの結論を下したことが察せられる。
もちろん、彼のことは心配だけど……もう反論できなかった。
それに私だって一君一人だけに任せているのは悪いとは思っていたし。


「これは副長命令だ。俺もすぐに後を追うから、もうしばらく待ってろ。」

「…………」


島田君は不服を飲み込むために、少しだけ沈黙した。


「わかりました、副長。」


彼がしっかりと頷くと、土方さんは私の方に視線を向けてくる。
私にできることは、くだされた決定に従う以外にはない。


『了解しました……』


それから土方さんは相馬君と共に、今来た道を戻っていった。
一人でたくさんの荷物を背負い込もうとするところは、とても彼らしいと思えたけれど。
でも遠ざかるその背中は、死に急いでいるように見えて、私はとても不安になった。

土方さんが、無事でありますように。

そう願いながら私は、島田君たちと一緒に江戸を脱出するのだった。


その後、市川に残留していた幕府軍と合流した私たちは、宇都宮、日光を目指すことになった。
市川に先行していた一君は、羅刹隊を監督する名目で、先に会津へと向かっていた。
近藤さんたちがあの後、どうなってしまったのかが気がかりだったけど……。
絶望的な予感しかしなかったから、私たちは誰も、その話題を口にできなかった。


[*prev] [next#]
[main]