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21


市川へ向かう森の中、私たちはひたすら走り続けた。
どれだけ早く着いたとしても、近藤さんを助けるのには間に合わない。
それはわかっているはずなのにーーそれでも、土方さんは速度を緩めようとはしない。


「汐見君、大丈夫ですか?何なら、俺がおぶって行きましょうか。」

『大丈夫よ、走れるから……!』


先を走っている土方さんは、一言も発しなかった。
……それが、余計に彼の心の痛みを感じさせる。

日が西へ傾き、辺りが暗くなり始めた頃ーー。


「おい、そこの者たち、止まれ!どこへ向かうつもりだ?」


洋式の軍服をまとった兵士が、私たちを呼び止める。
土方さんは険しい表情のまま、兵士たちを無視して通り抜けようとするがーー。


「止まれと言っているだろう!貴様、まさか幕兵か!?」

「……いや、こいつの顔、どこかで見た覚えがあるぞ……そうだ!新選組の土方だ!」

「何だと!?坂本殿を暗殺した、新選組の副長か!?」


どうやら、土佐藩の兵士らしい。
手にした銃を構え、発砲しようとするがーー。
土方さんの動きの方が、早かった。
羅刹の力を解放した彼は兼定を構え、猛然と斬りかかる。


「ぐぁっ……!」

「がふっ……!」


土方さんは、いつ斬り込んだのかわからないほどの鮮やかな太刀筋で、二人を斬り捨ててしまう。


「……運が悪かったな。今の俺は、ちょうど虫の居所が悪いんだ。」


状況の異常を察したのか、離れた場所にいる敵兵たちが一斉に銃を撃ってくる。


「ぐっ……!」


銃弾が何発か、土方さんに命中した。
だが羅刹の力は、瞬く間に銃創を癒してしまう。


「これが、銃の痛みか。思ったよりどうってことねえな……そうだ、何てことねえよ。あの人がこれから受ける痛みに比べたら、全然なぁっ!!」


土方さんは凄まじい速さで兵士たちの所へ走り、悲しみと怒りがないまぜになった表情で刀を振るう。
島田君と相馬君と私と一緒に戦えば、羅刹化しなくても勝てる人数なのに。
胸の中のやりきれなさと無念をぶつけるように、ひたすら敵を斬り伏せていく。


『土方さん、駄目よ!その力を使っちゃ……!』


私は必死の思いで、そう訴えかけるがーー。


「うるせえ、黙ってろ!!」


鬼気迫る声が、私の言葉をはねつける。
木々の間を飛び移り白刃を振るう土方さんの姿は、まさに悪鬼羅刹そのものだった。
離れた場所からでも感じ取れるほどの凄まじい殺気。
全身に返り血をあびながら、それでもまだ足りないと言わんばかりに敵兵を斬り続ける。
島田君や相馬君は冷や汗を流しながら、羅刹と化した土方さんの戦いぶりに見入っている。
戦うことしか知らないようなその姿は、凄惨でーー、ただただ悲しかった。

全ての敵を斬り終え、森の中に静寂が戻ってくる。
土方さんは刀を手にしたまま、こちらに視線を向け、立ち尽くしながらーー。


「……島田、相馬、他に敵がいねえか、見てきてくれ。」

「は、はいっ……!」

「すぐに、行ってきます!」


島田君たちは緊張しながら答えた後、走り去っていく。


「……千華も、一緒に行け。」


いつもの私ならば、言われるままにここを立ち去っているだろう。
だが今は……、今だけは、どうしても土方さんの言葉に従うことができなかった。


「……何をしてやがる?俺の命令がきけねえのか。」


触れればすぐに血が噴き出すような、攻撃的な響きを含んだ言葉。
だけど私は、その場から離れなかった。


『……ごめん。その命令は、きけない。』

「……副長命令だぞ。」


苛立ちが、言葉の端々ににじんでいる。
だけどその言葉には、何故か、血の涙を含んだような切なさが込められている気がして……。


『邪魔にならないようにするから……、せめて、ここにいさせて。』


何もできないことはわかっていたが、今の土方さんを一人にしてはおけない。

そう思ったからこそ、私はずっとそこに留まっていた。
土方さんは周りの人を拒むように、こちらに背を向けている。
ここからでは、今、土方さんがどんな表情をしているのかさえわからない。
だがその背中は、今まで目にしたどんな姿よりも悲しく、寂しげだった。

こんな時、何を言えばいいのだろう。
どんな言葉なら、土方さんを慰められるだろう。

……慰めの言葉なんて、見つかるはずがなかった。
土方さんは、ぽつりと言葉を吐き出す。


「俺は……、何の為に、ここまでやって来たんだろうな。」


それは、近藤さんが甲府の山でーー、土方さんが長岡邸で洩らしたのと同じ言葉だ。


「……あんな所で、近藤さんを敵に譲り渡す為か?その為に、今まで必死に走って来たのか?あの人を押し上げて……、もっともっと高い所までかつぎ上げてやりたかった。関聖帝君や清正公どころじゃねえ。もっともっとすげえ戦をさせて……、本物の武将にしてやりたかった。片田舎の貧乏道場の主と百姓の息子で、どこまで行けるか試してみたかった。」


土方さんの声が、小刻みに震えている。
私が近くで聞いていることを気にかける余裕なんて、もうないみたいだった。


「俺たちは、同じ夢を見てたはずだ。あの人の為なら、どんなことだってできるって思ってた。なのに、どうして俺はここにいるんだ?近藤さんを置き去りにして、どうして、てめえだけ助かってるんだよ?結局……、結局俺は、あの人を見捨ててきたんじゃねえか!徳川の殿様と同じで、絶対に見捨てちゃいけねえ相手を見捨てて……、てめえだけ生き残ってるんじゃねえかよ!」


土方さんの口から出る言葉が、あまりにも痛々しくて……。
私はただ聞いていることができず、土方さんの背中にすがりついていた。
その背中に顔を埋めるけれど、土方さんは身を固くしたまま、立ち尽くしている。
私はぎゅっと強く土方さんを抱き締めた。


『近藤さんは……、言ってたよ。土方さんに任せておけばきっと何とかしてくれる、って言った時…………それも酷だって、そう言ってたわ……』


泣いてはいけない。
土方さんの負った傷は、私なんかよりもっともっと深いんだから……。

そう思いながらも、涙は止まってくれない。
だから私は、涙含みの言葉をひらすら吐き出した。


『土方さんが近藤さんのことを思っていたように……、近藤さんも、土方さんの為を思ってたんだと思う。どちらが悪いとか、そういうことじゃなくて……近藤さんは、土方さんに死んで欲しくなくて、もっともっと生きて欲しくて……土方さんは、近藤さんの命令だから、どうしても聞かなきゃいけなくて……!だから……、どうしても、ああならざるを得なかったんだと思う……』


土方さんは返事ひとつせず、私の言葉に聞き入っていた。

……ううん、私の声なんて、耳に入っていないのかもしれない。
言葉というのは、なぜこんなにも無力なんだろう。
今、切実に慰めを欲している人を助けてあげられないなんて……。

やがて土方さんの背から、力が抜ける。
土方さんの身体に回る私の手を、彼はぎゅっと痛いほどに握りしめた。


「俺を生かす為、って……、新選組の近藤勇がいなくなった今、どうやって生きろっていうんだよ。あの人を高いところまで押し上げるって夢があったから、俺は今まで生きてこられたんだ。……それがなくなっちまった今、俺なんてもう、抜け殻みてえなもんじゃねえか。」


自嘲するような泣き笑いの声が、土方さんの唇からこぼれる。
ぎゅっと握られると手が痛いけど、土方さんと近藤さんの痛みに比べたら、どうってことない。


「……近藤さんよ、あんた、俺に厄介事ばっかり押し付けてくれやがるよな。」


嗚咽混じりの声でそう呟いた後……土方さんは言葉を発することはなかった。


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