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19


私が、屯所の玄関近くを掃き掃除しているとーー。


『一君、これから仕事?お疲れ様。』

「……千華、手が空いたら、副長にうまいお茶でも出してやってくれ。」


一君はそう言い残し、足早に歩いていってしまった。

……元々、口数が多い方じゃないけど、今日はひときわ元気がないように見えた。
やっぱり、あのことが尾を引いているのだろうか。


───『あのさ……、ここを出て行くって本当?新八さん、左之さん……それに、千鶴も。』

「……ああ、もう決めちまったんだ。俺たちと近藤さんじゃ、目指してるものが全然違う。これから先、一緒にやっていけるとは思えねえ。」

『そう……。寂しくなるね。三人はこれから、どうするの?』

「今んとこ、まだ決めてねえけど……、これからも薩長と戦うってのは、変わらねえぜ。千鶴のことも心配すんな。俺が必ず守るからよ。」

「そのうち、俺があいつらを何百人斬ったって知らせがこっちにも届くと思うから、楽しみに待っててくれよ!」

「そんじゃ、元気でな。」

「今まで、ありがとう千華ちゃん。また……会おうね!」

『……ええ。三人とも、元気でね。』



……ずっと一緒にいた人たちと別れてしまうのは、やはり寂しい。

新選組結成前からの付き合いの私と近藤さん、土方さんや一君は結構心にくるものがあった。
そして、ここにいないもう一人……。
総司は肺の病が悪化し、今は、千駄ヶ谷の離れで静養している。
昔から一緒にいた隊士が、一人、また一人と目減りしている状況だった。

……土方さんは今日も、部屋で仕事をしているんだろうか。

私は掃除の手を止め、お茶を持っていくことにした。


***


『ひっじっかったさーん、お茶を持ってきたよー。』


ふすま越しに声をかけた後、私は部屋へと足を踏み入れる。
部屋の中には、山南さんと平助の姿があった。

やばい、あんなふざけた風に名前を呼んで入った自分が恥ずかしい。


『ごめん。大切な話の最中だった……?』


私が、慌てて席を立とうとするとーー。


「……構わねえ、ここにいろ。」


土方さんのぶっきらぼうな言葉に引き止められ、私は彼らのそばに歩み寄る。


「……羅刹隊の増強を中止せよ、とは、一体どういうことです?」

「そのままの意味だ。今後、羅刹隊の隊士を増やすつもりはねえ。今いる人員で何とかしてくれ。」

「その命令には納得できません。今の新選組の兵力を考えると、羅刹隊の増強は急務のはずです。……先程、藤堂君から聞きました。永倉君と原田君が脱退してしまったと。彼らの離脱は、相当の痛手です。」


左之さんと新八さんが抜けた今、彼らが請け負っていた隊士たちは私と一君で分けて引き継ぐ事になったため、私は零番組の羅刹隊士とは一切関わりがなくなった。
零番組にいた隊士は全員羅刹隊の方へと回ったため、最近の現状は知らなかったが相当追い込まれていることがわかる。


「新たな隊士を募ったところで、所詮は烏合の衆。敵が近づいてくれば、すぐに逃げ出してしまう。そんな者たちに期待をかけるより、我々羅刹隊の力をもっと生かすべきではないですか?」

「…………」


平助は無言のまま、山南さんの言葉を聞いている。
彼も羅刹隊の一人ではあるけれど、必ずしも、山南さんと同意見というわけではないらしい。


「……確かに兵力を増強することだけ考えるなら、羅刹隊を増強するのが一番手っ取り早いだろうな。」

「ならば、どうして……!」

「だが、羅刹には重大な欠点がある。……これは、信頼できる筋から得た情報だ。」

『……!』


土方さんは、伝えるつもりなんだ。
この間、天霧から聞いた話を。


「……羅刹の力の源は、その人間の寿命だ。つまり力を使えば使うほど、この先生きていられる時間が短くなっちまう。」

「何ですって……!?」


土方さんの言葉を耳にして、山南さんは絶句した様子だった。
眼鏡の向こうにある冷徹な瞳が驚愕に見開き、やがて、あてもなく足元の畳へと落ちる。


「つまり、やむを得ねえ時を除いて、羅刹の力をなるべく使わねえに越したことはねえ。」

「…………」


山南さんは顔面蒼白になったまま、口をつぐんでいた。
だが、やがて土方さんをまっすぐ見つめーー。


「……でしたら尚更、研究を進めるべきでしょう。研究を続ければ、その欠点を補う方法も見つかるかもしれない。……それは、羅刹となった君の為にも、必要なことのはずです。」

「副長命令だ。羅刹の研究は中止してくれ。もちろん、部隊の増強もなしだ。」

「…………」


山南さんは無言のまま、土方さんの顔をしばらくにらみつけていた。


「山南さん、行こうぜ。」


平助がそううながしても山南さんは青ざめた顔でうなだれたままだった。
だが、やがてため息と共にーー。


「…………わかりました。」


平助と共に、部屋を出ようとする。
その時ーー。


「あれ、近藤さん。こんな所で何してるんだ?」

「いや……、ちょっと散歩に出ようと思ってな。たまたま通りかかっただけだ。気にしないでくれ。」


その後、三人分の足音が遠ざかっていき、室内は沈黙に包まれる。
土方さんはため息をつきながら、窓の外へ視線を投げていた。


『……お茶、冷めちゃったね。淹れ直してくるわ。』

「いや、喉が渇いているからな、これくらいがちょうどいい。」


そう言って、冷め切ったお茶に口をつける。
激務続きで疲れているのを差し引いても、今日の彼からは覇気が全く感じられない。
やはり、新八さんたちが出て行ってしまったのが尾を引いているんだろうか。


「……新八と原田の足抜けは相当の痛手、か。正論だよな。返す言葉もねえや。」


土方さんの呟いた言葉から、微かな揺らぎを感じ取れた。


「まあ、いずれこうなるだろうってのは覚悟してたし……、あの二人に夢を見せてやれなかったのは俺たちの落ち度だ。」

『…………』

「……にしても、新選組も人がずいぶん減って……、様変わりしちまったな。」


人の上に立つというのは、私などには想像もできない苦労があるに違いない。
毎晩、東の空が明るくなるまで夜更かしして働きづめで……。
羅刹となった身では昼間起きていることすら辛いはずなのに、連日、幕府の人たちとの会談を重ねている。
悪いけど、もう黙って見てられない。


『……もうやめてよ、土方さん。』

「やめろってのは、どういう意味だ?」


思った以上に厳しい返答に、つい、言葉を続けるのをためらってしまう。
だが、これは私が言わなくてはいけないことだ。

思い出せ、何回も土方さんに怒られてきたじゃないか。
説教を右から左に流していたときの自分を思い出せ。


『さっき、土方さんが山南さんに言ってたのと同じ意味よ。やむを得ない時を除いてーー、羅刹の力を使うのはやめて。』

「なんで、おまえにそんなことを指図されなきゃいけねえんだ?」

『土方さんが羅刹になったのは、私を風間からかばった為でしょう。あの時、あの鬼に会わなければ、土方さんは普通の人間のままでいられたのに。もしくは私が薬を飲んで、本来の鬼の姿になっていれば……。そうしたら、こんな……』

「……前に、言わなかったか?俺は俺の意志で、変若水を飲んだんだ。誰に強制されたわけでもねえ。それに言ったはずだ、絶対に飲むなってな。」

『……土方さんがそう言うから、余計に辛くなるのよ。辛いなら、辛いって言ってよ。羅刹になんてなりたくなかったって、本当の気持ちを口にしてよ。』


私の言葉を耳にした瞬間、土方さんは何故か、ぷっと吹き出しながら……。


「……かなわねえな、本当に。」

『えっ……?』

「いや、おまえも江戸の女なんだな、って思ってよ。」

『…………』


え?
いまさら?


「……おまえも知ってるだろ。俺は、多摩の百姓の末っ子でな。親父もお袋もわりと早く亡くなっちまったから、四つ上の姉貴に面倒見てもらってたんだ。その姉貴の喋り方が、おまえに少し似ててな。……総司の姉のミツさんも、同じような感じだったな。身内に叱られてるみたいで、言うことを聞かなきゃならねえような気にさせられちまう。」

『え、何、そうなの……?』


土方さんの子供の頃の話なんて今まであまり耳にしたことがなかったから……、何だか不思議な感じがする。


「……あの天霧とかいう鬼が言ってた通りなら、羅刹の力を使わなきゃ、寿命が縮んだりしねえってことだろ?本当にどうしようもねえくらい辛くなったら、そう言うさ。だから、心配するな。」


土方さんはとても強い人だから、多少の辛さは全部、自分の中に抱え込んでしまうだろうけど……。


『……うん、わかった。』


私は彼の言葉を信じて、素直に頷いた。


『だったら、私も先に言っておくね。もし、土方さんが危険なときとか、どうしようもないときは飲むからね。』

「……それは賛成できねえな。」

『飲ませたくないなら、そういう状況にさせないでよね。』


私の言葉に土方さんは苦笑いを浮かべる。


「ったく、変なとこで頑固だな。」


私はニィッと笑った。


『ねえ、昼間は隊の事で忙しくて聞けなかったんだけど、これから新選組はどうするつもりなの?』

「とりあえず、近藤さんに気合を入れ直してもらって、北に行こうと思ってる。」

『北へ……?』

「今の幕府は頼りにならねえが、東北諸藩が残ってる。会津、仙台が中心となりゃ、まだまだ戦えるはずだ。松本先生の手配で、流山に武器弾薬、そして人を集めてもらってるんだ。そこで皆と合流して会津に向かう。仮に江戸を薩長に取られたとしても、奴らはいずれ京に戻らなきゃならねえはずだ。そうなったら、すぐ江戸を取り戻して……」


そう言いかけた時、土方さんが突然胸を押さえた。
そして……。


「ぐっ……!く、うっ……!」


食いしばった歯の間からは、苦し気な呼吸と共にうめきが漏れる。


『土方さん!?どうしたの?』


だが彼は無言のまま、かぶりを振って声にならない苦痛を一人でこらえようとするばかり。
この苦しそうな表情には、見覚えがあった。


『……血?』


私の問いには頷いてくれなかったけどーー、発作に襲われていることは明白だった。
……土方さんが苦しんでいるのなら、取るべき行動は他にない。
私は脇差を抜き、その刃で指先を傷つけようとする。
だけどその矢先、土方さんに手首をつかまれてしまう。


『ぎゃっ!?あ、危ねえ!ちょ、どうしてよ?血を飲まないと、苦しいんでしょう?』


すると土方さんは、苦し気な表情のまま首を横に振った。


「……俺がやる。おまえは、じっとしてろ……」


土方さんは私の背後に立ち、洋装の襟元をくつろげた。
あらわになったうなじに、土方さんの指が触れて、傷をつくる場所を探している。
やがて、冷えた刃が押し当てられ、音もなく皮膚を切り裂く。


『っ……』


傷ができた所に、鋭い痛みが走った。
私は無言のまま、土方さんに身を任せる。
やがてーー。


『っーー!』


温かい唇が、首筋にできた傷に触れた。
土方さんは私の首に顔を埋めながら、まるで砂漠を旅した後のように息を荒げ溢れた血をすすり続ける。
彼が血を飲み下すたび、吐息が首筋にかかるのがくすぐったい。
男の人にこんなに近づかれたのは初めてだから、緊張で、勝手に身体がよじれてしまう。
すると土方さんは私の身体を背後から、押さえつけながら、低い声でささやいた。


「……そのまま、振り返るんじゃねえ。」

『え……、あ、うん……』


土方さんはきっと、羅刹になって血をすする姿を見られたくないに違いない。
気位の高い彼が発したたった一言に含まれた気持ちが、私を切なくさせる。
だから私はできるだけ平静を装って、緊張で荒くなる呼吸を抑えた。
鼓動が早くなっているのを、なるべく悟られないようにした。


「……すまねえな。今、俺が狂うわけにはいかねえんだ。」


私の血をすすりながら、土方さんは自分自身に言い聞かせるように呟く。


『ええ、わかってるわ。遠慮なく受け取ってよ。私に差し出せるものなら、何でも上げたいと思ってるから……』


その言葉は、私の本心だった。
あの時……、源さんと山崎君を目の前で亡くした時。
新選組の為にできることが戦うこと以外なかった時、もどかしい気持ちでいっぱいだったけど。
今はこうして、土方さんの渇きを癒してあげられる。
そのことが、ただうれしかった。


「…………」


私の身体に回された土方さんの腕に、ゆっくりと力が込められる。
触れた手から伝わる温もりに、言葉にできない気持ちが込められている気がした。

やがて土方さんは、私から、静かに身を離す。
血を飲む前に比べて、呼吸も顔色もずいぶんよくなっているみたいだ。


「……悪かったな、痛え思いさせちまって。」

『いまさらだし、気にしないでよ。傷も、もう塞がっちゃったし。私は、ずっと土方さんの傍にいるつもり。だから、もしもの時はいつでも私を呼んでね。戦ってる時でも駆けつけるから。なるべく……』


……手が空いてたらだけども。


「……おまえの血を、あてにしろってのか?」

『……うん。』


何のためらいもなく頷く私に、土方さんは苦笑いをもらす。


「そういう言葉は、おまえにゃ似合わねえよ。んなこと抜かしてると、都合よく使い捨てられちまうぞ。」


彼は冗談めかして、そう言ったけど……。

土方さんになら、使い捨てられてしまっても構わない。

心のどこかでそう思っている私がいた。


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