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18


その後、甲陽鎮撫隊は、じりじりと敵に包囲され始めた。
近藤さんは、自分たちはあくまでも幕臣として、甲府城周辺を守っているだけだと説明したのだがーー。
先日入隊したばかりの隊士が勝手に【新選組だ】と名乗りを上げ、敵方へと発砲してしまった。
これをきっかけとして、戦闘が始まってしまったのだけど……。
相手の主力は、洋式化された土佐藩の部隊。
幕府から頂いた銃や大砲では敵に弾が届かず、一方的にこちらが攻撃をされることとなってしまった。
近藤さんもやむなく撤退命令を下し、じりじりと後退することになったけど……。


『近藤さん、撤退しよう!このままじゃ、全滅する!』

「し、しかし、隊士たちがまだ戦っているというのに、我々だけ逃げるわけには……!」

『だからってここにいたら、近藤さんまで死んでしまうわ!ここは負けてしまっても近藤さんさえ無事なら、また立て直せるって土方さんが言ってた!』


私は近藤さんの手を引き、必死に山道を下ろうとする。


「…………」


近藤さんは痛ましい眼差しで山道に折り重なって倒れる隊士たち、そして劣勢に置かれる自軍を見つめていた。
唇を強くかみしめ、涙ぐみながら、まだ戦っている隊士たちのいる方向へ深々と頭を下げる。
そこへ、最前線にいた一君が戻ってきた。


「撤退の準備は整ったか?……では、行くぞ。」

『ええ!さあ、行きましょう!近藤さん!』

「あ、ああ……」


その後、私と一君は近藤さんの手を引き、夜の森の中を歩き続けた。


『もう少しで、八王子に着くね。しっかりしてくださいね、近藤さん。』

「……ああ。」


負け戦を初めて経験したからか、近藤さんの声には正気がまったくない。


「……隊士たちを、たくさん死なせてしまったな。」

『……それは、今言っても仕方ないですよ。洋式化された軍相手じゃかなわないって、土方さんも言ってたから。』


だけど近藤さんは、まるで私の言葉が耳に入っていないかのようにぼそぼそと呟き続ける。


「大将が俺じゃなくて別の誰かだったら……、あいつらも、死なずに済んだかもしれんな。」

『だからあ……』


私がそう言いかけた時だった。


「……おい、そこにいるのは誰だ?」


茂みの方から、聞き慣れない軍人調の声が飛んでくる。
葉の隙間からのぞき見ると、異国風の軍服が眼に入った。
……明らかに、新選組の隊士ではないし、幕府側とも思えない。


「我々の声が聞こえんのか?今、確かに物音がしたぞ。」


まずいな……。


「俺が、時間を稼ぐ。千華は局長を連れて逃げろ。」

『……ごめん、一君。』


……とにかく一刻も早く、近藤さんを連れてこの山を降りなくては。
何かに急き立てられるように、私たちは山道を駆け下りた。
と、その時、人影が私たちの前に立ちはだかる。


「……ここを通ると思っていました。」

『っ……!』


木陰から現れたのは、風間と一緒にいた、あの天霧という鬼だった。


「……千華。彼は確か、薩摩藩の手の者だったな。」

『ええ……』

「これ以上逃げ切るのは、どう考えても無理だろう……ここは潔く、負け戦の責任を取って腹を詰めたい。そちらの御仁、介錯を願えるか。」

『は!?何言ってるんですか!今、近藤さんを死なせるわけにはいかないのよ!』


天霧はしばらく、私と近藤さんのやり取りを見つめていた。
だが、やがてーー。


「私は薩摩藩の為に働いてはいますが、新選組の方々を斬れとの命令は受けておりません。……用があるのは、そちらの娘だけです。」

『私……?』

「君と、あの土方という若者は、風間を狂わせる。藩の意向を無視し単独行動ばかり起こす彼に、薩摩藩も手を焼いています。」


子供か。


「だが我々としても、今、薩摩藩と手を切るわけにはいかない。ですからーー」


天霧は殺気のこもった視線を私に向け、静かに身構えた。


「……汐見千華、君には、ここで死んでもらいます。」

『…………はあ!?』


この人の無手の強さは、私もよく知っている。
刀があったところで、役に立つとは思えない。
……でもこの状況では、なにもないよりましかもしれない。
私は腰に差した愛刀を、静かに抜き取った。
そして風姫を構える。


『近藤さん、先に逃げて。この人が狙ってるのは、私だけよ。』

「し、しかしーー!」

『大丈夫!私は刀を持ってるし、あいつは素手だから!新選組の為にはーー、近藤さんが絶対に必要なの!だから、お願い!』


近藤さんは絶句したまま、私を見下ろしていた。
だがすぐに、腰に差した刀を抜きーー。


「……どんな理由があろうとも、女子供を見捨てて逃げるなど、武士のすることではない。」

『近藤さん……!』


近藤さんは無言のまま、天霧との距離を詰めていく。


「……俺は、敗残の将だ。無謀な作戦で、たくさんの部下を死に追いやった。そんな俺が、女性を守って死ぬことができるんだ。武士としてーー、男としては、最高の死に方じゃないかね。」

『そんなっ……!』


近藤さんの瞳はまるで、あの時、風間に挑みかかる直前の源さんみたいに迷いがなくて、澄み切っていた。
何を言っても、どんな言葉を並べても、到底説得なんてできない。
そんな強い決意を感じさせる瞳。
やがてその双眸に、強い気迫を込めーー。


「新選組局長近藤勇、参る!やぁあああああっーー!」


近藤さんは白刃を手に、猛然と天霧へ挑みかかっていく。


『駄目よっ……!』


お願い、間に合ってーー!

私は叫びながら、天霧との間合いを詰める。
近藤さんが完全に追いつく前に天霧との距離を詰めた。


『あんたの相手は、私でしょ!』


こちらに完全に向き直る前に、瞬時に天霧の懐へと入って下段から斬り上げる。


『くっ……』


それはすぐに弾き返され、構える拳に備えるように白刃を支えるように横向きに持つ。
剛速球で撃ち込まれる拳に押し負け、男のーーしかも鬼の力に勝てるわけもなく。


「ふんっ……!」

『くそっ……!』


激しい衝撃と共に、私の身体がはじき飛ばされてしまう。
やがて天霧は、瞬時に近藤さんへと向き直りーー。


「……か弱き者の為に、勝ち目のない戦いに挑む。そういう無謀さは嫌いではありません。ーーむんっ!」


眼前に振り下ろされた白刃を、流れる水さながらの滑らかな動きでかわす。
そして左手の指で刃をつかまえ、近藤さんの鳩尾に手早く手刀を叩き込んだ。


「ぐふっ……!」


前のめりに突っ伏しかけた近藤さんの身体を引っくり返し、その背中を思い切り地面に叩きつける。


「……肺袋を思い切り叩きました。しばらく、呼吸ができないはずです。」


天霧は、地面に倒れてうめき声を上げている近藤さんを見下ろしてから、私へと向き直った。


「さて、次は君です。汐見千華。……悪く思わぬよう。」


天霧が拳を振りかぶり、無造作に振り下ろす。
私は素早く白刃を構えて、彼の拳を滑るように受け流すと、思いきり胴に打ち込んだ。


『はあっ!』


だがそれは手で止められてしまい、彼に白刃を受け止められる。


『くそっ!』

「ふん!」


向けられた拳を刀を掴みながら背中を反らして避けるとそのまま右足を振り上げて天霧の背中へ打ち込んだ。


『てやああっ!』

「むっーー!」


だがその足も掴まれてしまう。
刀を掴まれて、足まで掴まれてしまい成す術もない私の身体は、容赦なく天霧の拳で地に叩きつけられた。


『がっ……!』


五体がばらばらになりそうな痛みをこらえ、私は刀を地面に刺して支えにしながら何とか立ち上がる。


「……我々の力量の差は、先程のでよく理解できたはずですが、まだ、あがくつもりですか。さすが汐見の里の次期頭領とでもいいましょうか。」

『…………っうるせえ。』

「いいでしょう。ならば、今しばらくはお付き合い致します。」

『ふっ……』


私は笑みをこぼすと地面から風姫を抜いて構え、もう一度天霧へと斬りかかった。
だけどーー。
彼は、迫る白刃を余裕で受け流した。


『くそっ……!』


一度かわされただけで諦めてはいけない。

そう己に言い聞かせ、二度、三度と刀を振り下ろす。
だが天霧の動きは、まるで形のない水のように滑らかでーー。
何度踏み込んで隙をついても、どれだけ斬りかかっても、刺突を命中させることができない。


『っ……!』


天霧が避けた隙をついて蹴りを入れるがそれも当たらない。
そしてーー。


『ぐあっ……!』


激しい一蹴りが、刀を握る私の腕を捕らえた。


『ぐ、うっ……!』


時間が止まったような強烈な痛みに、私は刀を握っていられなくなる。
風姫が、音を立てて地面へと落ちた。


『く、う……あ……!』


私は蹴られた箇所を手で押さえ、地へと膝をついた。

立ち上がらなくちゃ……!

もう一度剣を握らなくてはと思うのに、凄まじい痛みがそれを許してくれない。


「……勝負あったようですね。悪く思わないでください。すぐ楽になれるよう、一撃であの世へ送ってあげましょう。」

『…………っ!』


……ごめん、土方さん。
近藤さんを守れって言われたのに、絶対に生き延びろって言われたのに。
私……、何もできないままで……。
いや待て。

ぐっと私は、懐にいれてある"それ"を掴んだ。

まだ、まだこいつに勝てる勝機はある。
変若水を飲んで、鬼の姿になれば……。


「……!鬼の頭領ともあろう者がそれに手を出すのですか。」

『なんとでもいえよ。』


取り出した薬を飲もうとびいどろの蓋をあけようとしたその時だった。


「……おい、誰がそれを飲んでいいなんて言った?新選組の幹部なら、最後の最後まで生き延びて敵を出し抜くことだけを考えろ。死ぬなって言っただろうが。」


この声は、まさかーー!

驚いて顔を上げようとした瞬間、肉を切り裂く鋭い音がこだまする。


「君はーー!」

「……甲府で戦う相手は新政府軍だけかと思ってたが、ついでに鬼退治させられる羽目になるとは思わなかったぜ。」


土方さん……!


「……先日の、風間との戦闘から何も学び取っていないのですか?君たち羅刹は、まがい物の鬼です。それがいくら力をつけたところで、本物の鬼にかなうはずがない。」

「そりゃあ、やってみなきゃわからねえだろ。剣術三倍段って知ってるか?刀を持った敵を徒手空拳で倒すにゃ、相手の三倍の実力が必要なんだ。」

「……あくまでも、修羅の道を歩み続けますか。いいでしょう、相手をしてあげます。」


天霧は軽く両手を合わせ、一礼するような動作をしてから身構えた。
そこへ、土方さんの持つ和泉守兼定が、凄まじい剣速で打ち込まれる。


「むんっーー!」


天霧はその動きを見切り、白刃を既でさばいて身をかわす。


「何っ……!?」


そしてすぐさま、空いた脇腹へと蹴りを叩き込んだ。


「ぐっーー!」


土方さんは顔をしかめ、背筋を丸く歪める。
だけど、羅刹となり衝撃に強くなった為か、はたまた気合で痛みを克服したのか、すぐに体勢を立て直してーー。


「うぐっ……!」


天霧の身体へ刺撃を打ち込もうとする。
血飛沫が飛び、土方さんの顔を真っ赤に染めた。


「ーー!?」


土方さんは突き刺した兼定を引き抜く。
だが鬼の力がすぐに、その傷をふさいでしまう。


「……そういや、鬼ってのはすぐに傷が治っちまうんだったな。心臓を突かなきゃ殺せねえってのも、面倒なこった。」


血がこびりついた白い刃先が、一層怪しくその身を輝かせている。


「だが、あんたの動きはもう見切ったぜ。……勝てねえ相手じゃねえ。」


返り血を全身に浴びながらたたずむ土方さんの姿は、まさに修羅のようでもあった。
彼は目を見開き、鬼気迫る形相で兼定を大きく振りかぶった。


「くっーー!」


天霧の指が、白刃をすんでのところで受け止める。
一進一退の攻防が繰り返され、剃刀のように張り詰めた空気が辺りに立ち込めていた。
どちらも、まるで疲れなど感じていないかのように、人間離れした動きを見せる。
それでも土方さんの顔には、笑みが浮かんでいた。
辺りに漂う殺気を、血と脂の匂いを楽しんででもいるかのような羅刹の笑みが。


「まさか、私と互角に渡り合える羅刹が存在したとは……、予想外でした。その比類なき力、一体何に使うつもりです?」

「何に、だと?……大切なもんを守る為に決まってるだろ。力を手に入れてえって思う理由なんて、他にあるのか?」

「大切なもの……、君にとっては徳川幕府ですか?」

「……そうじゃねえ。もっと別の、幕府とは比べ物にならねえくらい大きくて、大切なもんだ。」


土方さんの言葉に、天霧は無言のまま目を閉じる。

……なぜあの人は、戦いをやめてしまったのだろう?
天霧を倒すならば、今が絶好の機会なのかもしれない。

そう思って痛みをこらえ、地面に落ちた風姫を拾い上げた時だった。
唐突に、背後から肩をつかまれ、引き止められる。


「……やめておけ。手出しはするな。」

『だけど……このままじゃ、土方さんが!』

「あの鬼から、殺気が消えている。千華ならわかるだろう。……戦いはすでに終わった。」

『へっ……?』


私は一君に言われて彼らの方へ視線を向けた。


「……鬼である我々は、本来、人の世界に関わるべきではない。羅刹となった君も、歴史の表に出てはいけない生き物です。」

「ああ、そりゃわかってる。俺は別に、歴史に名を残してえとか、大それた望みは抱いちゃいねえ。」

「……わかっているのなら。後は、君に任せます。」

「何だと……?」

「風間は、我が強く気位の高い鬼だ。以前屈辱を味あわせた君を、絶対に許しはしないでしょう……君が勝つ可能性は、低い。ですがそれでも、守りたい何かがあるというのなら、守る為のその力、大切に使ってください。」

「…………」


土方さんは言葉を発しないまま、天霧の顔を見つめた。
彼の本意がどこにあるのか、探っているような眼差しだ。


「……そしてもう一つ、君に伝えておかなければならないことがあります。羅刹の力は、決して神仏からの授かりものではない。人並み以上の腕力、敏捷性、そして驚異的な回復力ーーそれは全て、君の身体に秘められたもの……、本来数十年かけて使い果たしてゆくはずの力を、借りているに過ぎません。」

『ーー!!』


あまりに衝撃的な言葉に、私は息を呑んだ。
羅刹の力が神からの授かりものではなく、自らの生命を削り取っているものだとしたら……。


「……力を使えば使うほど、残りの寿命が短くなっちまうってことか?」

「そういうことです。」

「なるほど。……話がうますぎると思ったんだ。ま、薩長と殺し合いやってんのに、残りの寿命もクソもねえからな。それぐらい、どうってことねえよ。」

「……では、私はもう行きます。」

「ちょっと待ってくれ。ひとつ、聞かせてほしいんだが。」

「何でしょう。」

「俺を見逃しちまっていいのか?このまま放って置いたら、俺はきっとあの風間って奴を殺すことになるぜ。」

「……君に倒されるならば、その程度の男だということでしょう。我ら鬼は、情で繋がっているわけではない。」


天霧はそう言い捨てて、そのまま夜の森に姿を消してしまった。


「……ふうっ。」


敵の姿が眼前からいなくなり、土方さんはようやく息をつく。


『土方さん、大丈夫?』

「何ともねえ。」


そう言った後、土方さんはまだ掴んでいた薬に視線を落とした。


「……」

『ごめん、使わないようにはしてたんだけど。』

「飲むなって言っただろうが。」

『うん、耳に蛸ができるぐらい聞いた。』


平助からも総司からも土方さんからも、他の人たちからも何度も言われた。
それを無視して使おうとした私は……。

気まずくなって視線をそらすと土方さんはため息をついてくしゃくしゃと私の頭を撫でた。


「怪我は?」

『あ、もう大丈夫よ。』

「そうか。それより近藤さんはどうした?」

「局長なら、あちらに。」


一君の言葉を聞いて、土方さんは急いで近藤さんに駆け寄る。


「近藤さん、無事か!?どこか、怪我してねえか。」

「…………」


近藤さんはまるで魂が失せてしまったみたいに、その場に立ち尽くしている。
彼の瞳には、白い髪に赤い瞳のーー、羅刹となってしまった土方さんの姿が映っていた。


「トシ、その姿……」

「あ……」


その一言で、近藤さんが何を言わんとしているのか悟ったらしい。
ばつが悪そうに目をそらす。
近藤さんは瞠目したまま、土方さんに問いかける。


「なったのか?羅刹に……」

「……ま、まあな。しょうがねえよ。これも、新選組を勝たせる為だ。」


土方さんは、一見、平然としていた様子だったけれど……。
だけど、近藤さんの目を見ながらその言葉を口にすることは、どうしてもできなかったみたいで……。
ずっと、あらぬ方向へ視線を投げたままだった。
と、その時、空から雨の粒がぽつぽつと落ちてくる。


「……おっと、降り出してきたか。さっさと江戸に戻って、態勢を立て直さねえとな。」

『そうね。急ごう、近藤さん。』


そう言って近藤さんの方を振り返って、みたけれどーー。
彼はまるで、歩き方を忘れてしまったみたいに、その場に立ち尽くしている。


『近藤さん?どうし……』


雨の勢いが、少しずつ増していく。
だけど木陰に隠れず、かと言って雨に濡れた顔も拭わないまま、近藤さんはぽつりと呟いた。


「……俺は今まで、一体何をしていたんだろうな。今日の戦で、俺を信じてついて来てくれた若い連中をたくさん死なせてしまった。千華もろくに守れず羅刹にさせてしまうところで、その上、昔からの付き合いのおまえを、羅刹にしてしまうなんて……」


私はその言葉に土方さんと目を合わせた。


「……近藤さん、いきなり何を言い出すんだ?誰も、あんたのせいだなんて思ってねえよ。どんな名軍師だって、洋式化された軍を相手にして勝つことなんざできねえ。俺だって鳥羽伏見の戦いじゃ、源さんを……、山崎を死なせちまってるんだ。負けちまったのはしょうがねえ。大事なのは、これからどうやって勝負を引っくり返すかってことだろ?それに、俺は別に羅刹になったことを後悔なんてしてねえよ。むしろ、人間を遥かに超えた力を手に入れられて、それをあんたの為に役立てられる。うれしくてしょうがねえさ。」

『そうですよ、近藤さん。それに今回は私の力量の問題でしたし。仮に羅刹になったとしても鬼本来の姿とそうそう変わりませんから、別に気にする必要もないですよ。近藤さんのせいじゃないです。』


雨粒がひっきりなしに降り注ぎ、土方さんの、近藤さんの頬を濡らしていく。
そんなはずはないのに……、まるで土方さんが泣いているようにも見えた。
近藤さんはしばらく黙ったまま土方さんと私の顔を見つめていたが、やがて、顔を上げてーー。


「……すまん、弱気になってしまったな。今の言葉は忘れてくれ。」


雨のせいか、まだ湿った口調のまま、そう呟いた。



その後、私たちは江戸に戻り、現在の屯所である旗本屋敷で新八さんたちと合流した。
初めての負け戦を経験した近藤さんの落胆は、私たちの想像を超えるものだったらしく……。
屯所に戻ってからも、疲れたため息をひっきりなしにこぼすようになった。
幕軍の総大将たる慶喜公は朝廷の追討令を受け、上野の寛永寺にて謹慎してしまっている。
朝廷も、薩摩や長州の重鎮たちの手で動かされるようになりーー、いよいよ幕府側の劣勢が確実になり始めた。


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