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こうして新選組は【甲陽鎮撫隊】と名を改め、八王子経由で甲府へ向かうことになった。
近藤さんは途中、故郷に錦を飾りたいということで、別行動を取ることになったのだけど……。
『……近藤さんは、どうしてるの?見当たらないけど。』
「局長でしたら、まだ本隊と合流できていないようですが……」
私の質問に答えてくれた相馬君の言葉に新八さんが目を見開く。
「まだ追いついて来ねえのか?いつまで宿で酒盛りしてるつもりだよ。」
「ま、久々の故郷だしな、偉くなった姿を見せて回りてえんじゃねえの?久しぶりに、嫁さんと娘にも会いてえだろうし。」
「これから戦なんだぜ?そんなことしてる場合じゃねえだろ。」
「……八王子に、入隊希望者が何人かいるらしいんだ。その検分もしなきゃならねえからな。新入りの隊士と打ち解け合うには、酒酌み交わすのが一番だろ?」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
不満そうな新八さんを尻目に、土方さんはぽつりと独り言を呟く。
「……金ばら撒いて接待しなくても隊士が集まってくるんなら、近藤さんにあんな真似させなくても済むんだがな。」
『…………』
私は隣にいる千鶴と目を合わせた。
土方さんの言葉に、胸が痛くなる。
京では名を馳せた新選組だけど……、鳥羽伏見の敗報は、この江戸にも伝わっている。
お金やお酒で入隊希望者の歓心を買い、何とか隊士を集めなくてはいけないのだ。
土方さんも近藤さんも、どれほどのやり切れなさを抱えていることだろう。
と、その時ーー。
「……副長、お知らせしたいことが。」
「何だ?どうかしたか。」
「どうやら、甲府城にも既に敵が入っているようです。」
「ーー何だと!?伝令だ!すぐに、近藤さんを呼んで来てくれ!」
「は、はい!」
土方さんの言葉に、相馬君は返事をして駆け出した。
伝令を受け、近藤さんがようやく本隊に合流してくれた。
だけど甲府城は既に敵の手に渡ってしまっているという情報は、新入りの隊士たちを激しく動揺させーー。
当初は二百人程度だった隊士たちの半分以上が脱走し、百人程まで減ってしまった。
新八さんや左之さんは、撤退するべきだと主張したけどーー。
近藤さんはここに陣を敷き、あくまでも徹底抗戦するとのことだ。
幕府から武器や資金を与えられているのに、何もせずに引き返すことはできない。
……これが、近藤さんの主張だった。
「……とりあえず俺は、江戸に駐屯してる増援部隊を呼んで来る。ここで、負け戦をするわけにはいかねえ。隊士には、この後援軍が到着すると伝えておいてくれ。……これ以上脱走されちゃ、かなわねえ。」
「……御意。」
土方さんの命を受け、一君はすぐに隊士たちの元へと走る。
そして、土方さんは私の方を振り返り、こう言った。
「おまえは、雪村と一緒に江戸まで落ちろ。ここは戦場になる。少しでも安全な場所に逃げるに越したことはねえ。」
『……私は、ここに残る。千鶴は他の誰かと一緒にいさせるよ。皆が戦ってるのに、私だけ安全な場所に逃げるわけにはいかないもの。これでも幹部なんだし。土方さんが戻ってくるまで、ここで近藤さんを守ってみせる。』
「……あのなあ。」
『大丈夫よ!私、これでも零番組組長だよ?腕には自信あるし。それに、多少の怪我なら、すぐ治るしさ。』
「何で、そこまで必死になる?誰もそんな命令、下しちゃいねえじゃねえか。」
『だって……今、近藤さんを死なせてはいけないっていうのは、私にもわかる。知ってるでしょ?私が守られるほど弱くないってこと。』
近藤さんは、土方さんや私たち新選組にとってとても大切な人だ。
もし私が千鶴と一緒に江戸に戻ってしまった後、近藤さんが亡くなってしまったりしたらと考えると……。
自分だけ先に逃げるなんて、できるはずがなかった。
土方さんはしばらく、何か言いたそうな眼差しで私を見下ろしていたけどーー。
やがて、ため息と共に、ひとつの言葉を吐き出す。
「……ったく。本当に頑固だな。」
『土方さんに言われたくない。』
私はニヤリと笑みを浮かべた。
あきれたように笑みを浮かべた土方さんが真っ直ぐに私を見た。
「おまえに、近藤さんの護衛役を命じる。常に局長に付き従い、その役に立て。」
『……了解!』
私は背筋をまっすぐに伸ばし、大きく頷く。
『命に代えても、近藤さんをーー』
背一杯の決意を込めて言いかけると、土方さんがそれをさえぎるように続けた。
「ーーただし条件がある。絶対に、死ぬな。」
『えっ……?』
いつも他の隊士たちに決死の命令を下す土方さんとは思えない言葉に、私は目を丸くする。
「庇うなんて馬鹿なことは考えなくてもいい。俺はおまえに、死ねなんて命じる気はねえ。」
そう言った後、土方さんは甲府城の方角を仰ぎ見ながら、こう続ける。
「……今回の敵が、新政府軍に尻尾を振った寄せ集めの連中なら、俺たちでも何とか戦えるかも知れねえが薩長の奴ら相手じゃ、どうやったって勝てねえ。……なるべく早く戻るつもりだが、俺が帰ってくる前に何かあったら、斎藤と一緒に近藤さんを逃がせ。もちろん、おまえが庇う必要はねえ。一緒に逃げろ。……絶対に死ぬんじゃねえぞ。」
『…………』
人間相手にそう易々と負けるつもりはないけれど……。
……私は、本当に近藤さんを守りきることができるんだろうか?
敵の目をかいくぐって、近藤さんを逃がして……生き残ることができるの?
私が自信なさげなのに気付いたのか、土方さんは苦笑いを浮かべた。
そして……。
「……おい、千華。刀を少し抜いて持て。」
『えっ……?』
唐突に投げかけられた言葉に戸惑いつつも、私は言われるままに、太刀をーー風姫を持って少しだけ抜いた。
するとーー。
土方さんも自分の太刀をーー、和泉守兼定を抜き、むき出しになった刃の峰同士をぶつける。
金属がぶつかる音が、心地よく響いた。
「……金打を打つ、といってな、武士が誓いを立てる時はこうするもんなんだと。」
『そうなんだ……。知らなかった。』
「もっとも、俺もおまえも正式には武士じゃねえから、所詮、真似事だがな。」
『どうして……?』
「これは、証だ。俺は、必ず戻ってくる。おまえも生き延びて俺に会うっていう証を、今立てたんだ……だから、信じて待っていろ。死なずにな。」
武士に憧れ続けた彼にとって、この儀式は何よりも神聖なもののはず。
……ならば私も、その気持ちに応えなくては。
たった今交わした約束を、きちんと守らなくては。
『……うん、わかった。絶対に近藤さんを守って、生き延びてみせるよ。』
土方さんが戻ってくるまで、近藤さんを守り抜く。
それが、私を信頼して命令を下してくれた土方さんに報いるということになるのだ。
……ならば、一生懸命に頑張らないわけにはいかない。
何があっても近藤さんを守って……、生き残らなくては。
「千華、絶対に飲むんじゃねえぞ。」
意気込む私を見て、土方さんは何を思ったのか唐突にそう言い出した。
"何を"なんて聞かなくてもわかる。
変若水のことだ。
私はじっと土方さんを見つめて、曖昧な笑みを向けた。
約束はできないよ。
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