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14


そして翌日、私は屯所に書き置きを残し、千鶴と一緒に彼女の実家へと向かった。
土方さんは、幕臣の方と面会の予定があるらしく、既に屯所にはいなかった。


「うっ……ごほっ……」

『こりゃ、ひどいな……』


数年もの間、人の出入りがなかったせいで、家の中には分厚い埃が積もり、荒れ果ててしまっている。


「羅刹の資料ってどこにあるんだろう。私が知らないくらいだから……」


呟く千鶴を横目に資料の山に積もった埃を軽く払い、開いてみる。
どの資料にも細かく走り書きがしてあり、内容を知るのに時間がかかりそうだ。

……でも、頑張らなくては。


『千鶴、私こっちの見るから、そっちの頼める?』

「うん。」


私たちは手分けして資料を読み漁った。
そして数時間後ーー。


『ふう、これも違ったか……』


私は床の上に腰を下ろしたまま、ため息をつく。

そもそもたった一日で、この膨大な資料に目を通せると思ったのが間違いだったかもしれない。
……いや、ここで諦めたりしちゃ駄目だ。
絶対に、何か手掛かりがあるはず。
土方さんや平助、山南さん……。
羅刹となってしまった隊士たちの為に、どうにかしてそれを探し出さなくては。


「あれっ……?」


千鶴が開いた資料の項の間に挟まっていた紙片が、床の上にはらりと落ちる。


「千華ちゃん、これ……」


千鶴のそばに近寄り、その紙を受けとる。
……どうやら、とある薬の研究について書かれたものらしい。


『これは……羅刹についての?』


思わず千鶴と顔を見合わせた。
そこに書かれているのは、羅刹たちが血に狂い始めた時、衝動を抑える薬についてだ。
不安に思いながらも、私は読み進める。

どうやら綱道さんは、千鶴が京に行っている間、入れ違うように江戸に戻ってきたらしい。
そして、ここで羅刹の為の薬を調合していたのだ。
この紙片はどうやら、その時に使っていた走り書きらしい。

改めて、薬の調合法に目を通す。


『千鶴、これできる……?』

「……材料は蔵にまだ残っているはずだから、何とかできると思う。」


私は千鶴の言葉に頷いた。

この薬さえあれば、土方さんや山南さん、平助を救ってあげられるーー。

私と千鶴は急いで蔵へと走り、薬の調合を始めることにした。

調合を済ませた頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
近頃、辻斬りが増えているということだから、なるべく人通りの多い道を選んで、釜屋へと戻ってくる。


「あっ……!」


千鶴が視線を向けた先を見ると、ちょうど、建物の中から出てきた山南さんと平助の姿を見かける。


「あの、山南さん。」

「おや、ずいぶん遅いお帰りですね。いくら汐見君がそばにいるからって、物騒ですから、夜、出歩くのは控えた方がいいですよ。」

『ごめん。もう少し早く戻ってくるつもりだったんだけど。』

「それより、お渡ししたい物があるんです。」


私は袂に入れていた薬の包みを、山南さんへと手渡す。


「……これは?」

『羅刹の吸血衝動を抑える薬よ。』

「今日、家に戻ったら、調合の仕方を書いた紙を見つけたので……この薬があれば、身体の苦痛を軽くすることができるはずです。」

「…………」


山南さんは無言のまま、手にした薬包紙に見入っていた。
だが、やがてーー。


「……お返しします。気持ちはありがたいですが、私には必要ありません。」

『…………』

「えっ、ですけど、それがなかったら……」

「我々の吸血衝動は、薬などで抑えられるものではありません……抑えれば抑えるほど苦しみは増し、正気を削られていくだけ。……こんな薬は気休めでしかありません。」

「ですけど……!」

「……失礼。これから市中を見回って参りますので、これで。」

「あっーー!」


山南さんは強引に話を打ち切り、足早で歩いて行ってしまう。

こんな薬は必要ないって、言ってたけど……。
もし吸血衝動が起きた時は、どうするつもりなんだろう?
ーー!
そういえば、まだ伏見奉行所にいた時、君菊さんが……。


───「……では、あなたたち新選組の羅刹が、見回りと称して辻斬りをしているのはご存知ですか?」


まさか……、そんなはずはない。
新選組の仕事は、京の人を……、都の治安を守ることなのだから。
たとえ吸血衝動に苦しめられているとはいっても、血を得る為に辻斬りなんて……。


「……千華、オレはその薬、飲むよ。くれるか?」

『あっ、うん……』


私は山南さんに渡し損ねた分を、平助に差し出した。
彼はそれを懐にしまい込んだ後、山南さんが消えた方向を見つめる。


「今日は、オレも見回りについて行く。もし山南さんがおかしな真似をしようとしたら、全力で止めるから心配すんなよ。」

『……ええ、よろしくね、平助。そういえば、土方さんは?まだ外出から戻ってないの?』

「いや、夕方頃に戻ってきたはずだけど、ずっと部屋にこもりっきりだぜ。」

『そう……私、ちょっと様子を見に行ってくる。』


私は平助にそう断った後、千鶴に部屋に戻るように言い、釜屋の中へと足を踏み入れた。


***


杞憂であればいいけど、もしかしたら……。

内心不安に思いながら、私は、ふすま越しに声をかけた。


『土方さん、いる?渡したい物があるんだけど……』


部屋の中から、返事はなかった。
その代わりーー。


「くっ、う……、ぐ……、くっ……!」


押し殺すような苦悶の声が聞こえてきた。


『土方さん!悪いけどここ、開けるよ!』


私はふすまを開け、部屋の中へと飛び込んだ。
土方さんは奥の文机に向かったまま、うずくまっていた。
額からは脂汗が滴り落ち、食いしばった歯からは苦しそうなうめき声が漏れ聞こえる。


『土方さん、大丈夫!?』


私は慌てて、土方さんに駆け寄った。


「ば、馬鹿野郎、大声を出すんじゃねえ……!」

『だ、だけど……!』

「こんなもん、すぐに治まるに決まってんじゃねえか……。くだらねえことで騒ぎ立てるな……!」


土方さんの性格なら、たとえ体調がすぐれなくても、それを表に出すのは極力控えるはずだ。
その彼がここまで苦しそうにしているということは……。
よほどの苦痛を味わっているに違いない。
間違いなくこれが、平助が言っていた吸血衝動だ。
千鶴の家で調合したこの薬を飲めば、おそらく苦痛は和らぐはず。
でもそれは一時しのぎに過ぎないと、山南さんが言っていた。
だとしたら、血を与えた方がいいということ……?
だけど……、果たして土方さんは、そんなことを望んでいるんだろうか?
一体、どうすれば……!?

……迷っている時間などない。
最善の方法ではないかもしれないけど、これ以上、土方さんに苦しい思いはして欲しくはなかった。
それに……、こうすれば私も、土方さんの役に立てる……!

私は無言のまま、腰の脇差を抜き取った。
そして……。


「おい、何しやがる!?」


その切っ先で、指を少しだけ傷つける。
傷口からは赤い血が溢れ、小さな珠を作った。


『私の血を飲んで。そうすれば、楽になるんでしょう?』

「何言ってやがる。そんな真似ができるか……!」


額に汗の粒をいくつも浮かばせながら、真っ青な顔で土方さんは懸命に強がって見せる。
だけど、私も引くつもりはなかった。

たとえ彼が望んでいなかったとしても、私ができることはこれしかない。
そして、何よりも……。
苦しそうな土方さんの顔を、これ以上見ていられなかった。


『私なら大丈夫。だから……、お願い。』


私は必死に食い下がり、血の滴る指先を土方さんの眼前へと差し出す。


「…………」


彼は無言のまま、私と、私の指先からこぼれる血を見つめていた。
歯ぎしりをし、手を伸べてなるものかと必死に強がっている様子だが……。


「……馬鹿なことしやがる。嫁入り前の女が、自分の肌に傷をつけるもんじゃねえ。」


そう言いながら私の手を取り、指先から溢れる血を舐め取った。
柔らかな舌が傷口をなぞり、そこから溢れる血をすする。


『……いいよ、私は鬼だから。傷なんて、すぐに塞がるんだし。』

「関係あるかよ。鬼だろうが、何だろうが、おまえが女だってことに変わりはねえ。」


土方さんは、眉根をひそめながら言ったけれど……。
その息遣いは、血を飲む前と比べて明らかに楽なものに変わっていた。
やがて、土方さんの手が私の手首から離れる。
指先についた傷は、もう塞がってしまっていた。


『……余計な真似しちゃって、ごめん。』


ぺこりと頭を下げながら言うと……。


「いや……」


土方さんは軽く息をついた後、首を左右に振った。


「……痩せ我慢してる場合じゃねえってことは、俺もよくわかってるんだ。近藤さんを負けさせねえ為にゃ……、化け物になるしかねえんだよな。」

『…………』


私は無言のまま、さっき土方さんが触れていた左手の手首を右手でそっと握る。
彼の唇の感触が、まだそこに残っているような気がした。


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