頭領と旦那様
「何食ってる。」
『かき氷。』
「かき氷?」
屋敷から見える原っぱで里の子供たちが走り回っているのを見ながらシャリシャリといい音を立ててかき氷を食べていると目が覚めたのか起きてきた歳三さんが声をかけてきた。
『はい。』
歳三さんへと渡せば、彼はそれを受け取りながら眉を寄せる。
「どうしたんだこれ。」
『里の子供たちが作ったんだって。食べきれないからってお裾分け。』
「残りもんじゃねえか。」
そうとも言う。
あの戊辰戦争から日は経ち、私と歳三さんは蝦夷の地で今を生きている。
体を蝕む羅刹の血はなくなり、彼は今完全に私と同じ鬼の血を引くものだ。
じい様は「孫が見れる!」と大喜びだ。
大変気が早い。
まだ婚姻すらしていないと言うのに。
鬼の副長と言われ恐れられていた歳三さんは本当に鬼へとなってしまった。
ーー……ただしあの頃のように怒ることはなくなったが。
「仕事は終わったのか?」
『うん。手紙も返したしーー』
「まだ休憩をなされてるんですか!?もう、旦那様からも言ってください。頭領様ってば、旦那様が起きるまで仕事はしないと仰るんですよ!?」
すると廊下の奥からやってきた女中が歳三さんの隣で休憩をしている私を目にして、三角にその目を吊り上げながら怒ってきた。
速攻で嘘がばれてしまった。
ちなみにこの場での頭領とは私で、旦那様とは歳三さんのことだ。
まだ婚姻を結んでいないというのにうちの里の者は気が早くて困る。
「………」
『………』
女中の言葉に私たちの間に沈黙が流れる。
じっと歳三さんから注がれる視線に、私は横に置いてあったお茶を飲みながら視線をそらした。
まったく…!と言いながら女中が通りすぎていく。
どうやら洗濯物を取り込みに行くらしい。
お疲れ様です。
置いていかないでほしい。
気まずい空間に置いていかないで。
「おい。」
『やる、やるつもりだったんだよ。明日ぐらいに。』
「今すぐだろ。」
歳三さんに言われて、私は持っていた湯呑みを置くとはいはいと立ち上がった。
そのまま私の仕事部屋へと戻ると歳三さんも一緒に着いてくる。
二人で部屋へと入れば中にいた者が戻ってきた!と目を丸くした。
「戻ってきたんですね。明日に回されるのかと思ってましたよ。」
『……』
私は無言で顔をそらすと椅子へと腰かけた。
その間に新たに淹れてくれたお茶が届く。
歳三さんも一緒に来たのを知ると中にいた者は笑いながら歳三さんへと書類を渡した。
「旦那様の言葉だとすぐに従いますね。」
『早く書類ちょうだい。』
「はいはい。」
手に持っていた書類を渡されて素直にそれに目を通す。
すると歳三さんに耳打ちをする声が聞こえた。
「旦那様がいれば素直にしますからよろしくお願いしますね。」
『歳三さんがいなくてもやってるでしょ!?』
「何言ってるんですか。旦那様がいないとやる気でないと言って休憩にされたでしょ?」
やめろやめろ。
歳三さんの視線が痛い。
里の者はクスクスと笑うと部屋から出ていく。
室内に取り残された私と歳三さん。
「そういうところは変わんねえな。」
『何よ。』
「なんでもねーよ。ほら、手伝ってやるからやるぞ。」
『はーい、"土方さん"。』
昔の呼び方のように呼べば、歳三さんは眉を下げて笑うとくしゃくしゃと私の頭を撫でた。
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