ここが私の帰る場所
これは千鶴が京にやって来る前の出来事だ。
夜に抜け出した血に狂った隊士を斬り捨てた後、私は血塗れのまま屯所に戻ってきた。
狂った隊士は私の隊である零番組の隊士でつい先程の夜の巡察も一緒に出ていた隊士なのだ。
つい先程までは組の者たちと楽しそうに話していたのにーー
『はあ…』
なんだかやるせなくて思わずため息を溢す。
私の組の者だから、と皆の心配そうな視線を振り切って出てきたが、私の気持ちはずっと沈んだままだ。
するとわいわいと前の方から騒がしい声が聞こえた。
ふと視線を向けると彼らを煩そうに見ていた副長が一番に私の帰還に気づいてくれる。
「おう、帰ったか。」
「あ、千華おかえり!」
刀を片手に血塗れのまま帰れば、門のところに土方さんをはじめ幹部の皆が集まっていた。
土方さんの声に振り返った平助が私の方に駆け寄ってくる。
私は思わず立ち止まると目を見開いて駆け寄ってくる平助を見つめた。
「大丈夫だったか?」
『うん…。山南さんたちは?』
私一人で隊士の粛正を行ったので皆は心配して出てきてくれていたのだろう。
まったく過保護なんだから…と嫌な気はしないので平助の言葉に頷きながら彼と一緒に皆が待つ門の所へと向かう。
平助、土方さん、一君、総司、新八さん、左之さんの姿があった。
だが近藤さんと山南さんと源さんの姿がない。
あれ?と辺りを見回す私に新八さんと左之さんが答えてくれた。
「八木さんたちに状況を説明しに行ってるぜ。」
「こっちの騒ぎは俺たちで静めたから気にすんなよ。」
『そっか。』
血塗れの隊服を平助が脱がしてくれる。
お礼を言って、私は血がついたままの刀を振って振り払うと鞘へと納めた。
チャキッと納めればふぅ…と息をつく。
やはり慣れた仕事ではない。
そんな私の様子を見た土方さんが眉間に皺を寄せて聞いてくる。
「隊士はどうした。」
『ちゃんと斬ってきたよ。あいつはもう無理ね。』
私が刀を向けた瞬間狂ったように声をあげて向かってきた。
つい先程まではちゃんと私のことを組長だと理解していたのに、斬り捨てた時の彼は私のことをただの餌としか見えていなかっただろう。
だが組長である私に、鬼である私に、羅刹なんかが敵うわけがない。
『良い奴だったんだけど、狂ったらあんな風に変わっちゃうのね。』
羅刹になってからあの隊士はそれなりに零番組にいたので何度も稽古をつけてやったし話しもした。
時には巡察をさぼって皆で鴨川の隠れた所でお団子を頬張ったりもした。
………結果それは土方さんにばれて怒られたけども。
それなのに血に狂ったあの一瞬で、全ての思い出が崩れ去ってしまった。
全て無になって襲いかかってきたのだ。
別にこれが初めてでもないくせに、皆の顔を見たらつい言ってしまう。
『私たちはいつまでこうやって斬っていけばいいんだろう…』
「「「「………」」」」
ふと出た本音に皆が視線を合わせる。
分かっているのだ。
こんなこと、皆が思っているのだ、と。
仕方のないことなのだ。と。
それでも思わずにはいられない。
かつての仲間を平気で斬り捨てられるような残虐さは、まだ私には持てないのだ。
『ごめん』と笑って誤魔化そうとすれば総司が私の頭をくしゃりと撫でた。
「お疲れ様。」
「千華はよくやった。」
総司と一君が労ってくれる。
平助や新八さんや左之さんも笑ってくれた。
土方さんも珍しく優しく目元を緩めている。
それだげで、先程のやるせない気持ちがなくなっていく。
「源さんが千華のためにって団子作ってたよ。」
『本当!?』
「一緒に食べようぜ!」
総司と平助が私の手を引いてくれる。
左之さんと新八さんが「食い過ぎんなよ!」と笑う。
一君と土方さんが仕方ないなと笑ってくれる。
皆、試衛館時代からの大切な人。
私が守りたい人ーー
「あぁ、おかえり。」
「おお!帰ったか!」
「おかえりなさい、汐見君。」
お父さんのように温かく見つめてくれる源さんと近藤さんと山南さん。
源さんと近藤さんと山南さんが私を見て笑顔で出迎えてくれる。
先に広間に入った左之さんと新八さんが笑う。
一君は無表情だけどいつもより雰囲気は穏やかだし、土方さんもさっさと来い。というように近藤さんの隣で息を吐いている。
「「ほら。」」
私は総司と平助に背中を押されて広間へと入りながら笑顔で彼らに答えた。
『ただいま!』
守りたい皆がいる、ここが私の今の帰る場所だ。
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