桜に見た影
千鶴を連れての巡察中ーー鴨川を通った時にひらひらと舞い落ちてきた花びらを咄嗟に手のひらで受け止めた。
『桜…か……』
「千華ちゃん?どうかしたの?」
『ん〜?いや…』
隣を歩いていた千鶴をちらりと見てから、手のひらの桜を見下ろすと覗き込んできた千鶴が「そういえば…」と目を丸めた。
「もう桜の季節だね。」
『早いよな〜。』
西本願寺に屯所を移してから色々と忙しくてじっくり季節を拝む暇もなかった。
ーーこの後、団子でも買って帰って皆でお花見をしようか、と考える。
「千華ちゃんは、桜好きなの?」
『うん。ーー誰かさんたちの面影があるからね。』
「え。」
ゆっくりと隊の先頭を千鶴と歩きながら川沿いに立ち並ぶ桜の木を見つめる。
風に吹かれて散っていく花びらの下では、子供たちがはしゃぎ、大人たちは楽しそうに談笑を繰り広げていた。
その様子を見ながらふっと笑う。
「千華ちゃん?」
『いや、思い出してさ。』
「何を?」
『昔ね、試衛館にいた時のことなんだけどーー』
あの頃、お金がなかった私たちは試衛館の傍で咲いていた桜を見ながら安い酒をちびちびと飲み、わいわいと騒いでいた。
あの頃は土方さんもそこまで鬼ではなく、酔っ払った新八さんたちが絡んでも「仕方ねぇな。」って笑うだけだった。
「なんだか想像つかない……かも……」
『そりゃそうだろ。今じゃ鬼の副長だからな。』
隊士たちが後ろにいるから、男口調で喋る。
今では鬼の副長と恐れられている土方さんでも、花見の時などは顔が緩むのだ。
総司がその隙をついて怒らせるまでが流れだったけど。
『あの時は今の時世はーーなんて考えずにけらけら笑って酒飲んで………』
「……」
『そして最終的に皆二日酔いになって俺が看病してた。』
「あはは…」
まさかの落ちに千鶴が苦笑する。
だらしのないやつらで、二日酔いなんてしょっちゅうだった。
別に平気だと平然としている土方さんを少しでも軽く小突けば体を揺らすぐらいには酔いが回ってた。
『今の生活に不満があるわけではないけど…それでも時々ふと思い出すんだよなぁ。』
「……西本願寺にある桜…千華ちゃんよく見てるよね?」
急に脈絡のない話をされて、『え?』と千鶴を振り返る。
「千華ちゃん、いつも桜を見てるよ。誰かが千華ちゃんがいないって騒げば必ず桜のところにいるの。」
『え、本当?』
「うん。無意識?」
『かもな。』
完全に無意識だった。
そういえば、「また桜見てるのか。」って気づけば傍に皆がいたかもしれない。
すると千鶴がふふっと笑う。
「その時にね、土方さんとか幹部の皆さんが「またあそこだな。」って言って皆で迎えに行くんだよ。」
『……』
「その時の顔、皆優しそうでね。」
『ーー……』
「源さんがーー」
───「トシさんたちは本当に千華の事が好きだねえ。」
「って微笑ましそうに見てるんだよ。」
ふふっと千鶴がまた可愛く笑う。
私はその隣で、赤くなる頬を気まずそうに掻いた。
そんな話初めて聞いたんだけど……。
「千華ちゃんも皆のことが大好きなんだね。」
『ーー……そうかもなぁ。』
さあぁっと風が私たちの髪をさらっていく。
風に乗って流れてきた桜の花びらたちを見て、私は目を細めた。
桜の木の下で騒ぐ子供や大人たち。私にはそれが昔の皆の姿に重なってーー。
酒を飲んで笑う左之さんに新八さんに平助。
そして静かにお酒を飲む山南さんと一君。
その傍で愉快そうに笑う近藤さんと、土方さんに絡む総司と絡まれて鬱陶しそうにする土方さん。
懐かしいあの頃が蘇ったような光景に、私はふっと笑みを浮かべた。
『大好きじゃなきゃ、ここまで一緒にいないよーー』
ーー大好きな桜に見た影は、大好きなあの人たちの影だった。
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