終
「千華。」
聞こえた声に私は見ていた書類から顔をあげた。
そこには苦笑混じりの呆れた顔をした土方さんーー歳三さんがこちらを見ていた。
この表情、懐かしいな……と思いながら私は再び目の前の書類へと視線を戻す。
傍には淹れたてのお茶が湯気をたてながら置かれていた。
里の者が淹れてくれたのだ。
「……いつまでやってるつもりだ?ずっと向き合ってると疲れるぜ。」
『ふふっ。歳三さんには一番言われたくない言葉ね。』
私がそういうと彼は罰が悪そうに視線をそらした。
ここーー蝦夷地で歳三さんと暮らすようになって、汐見家の半分の者がこちらに来てくれて私たちの世話をしてくれるようになった。
じい様が色々手配をしてくれたおかげで広い家に住めるようになったし、それにーー。
汐見家の者たちが頑張ってくれたおかげで変若水の効果を薄めることができ、彼の身体を蝕むものはほとんどなくなったのだ。
その代わり、代償として封じ込められていた私の鬼の力を少し彼に流すことによって彼の中にも鬼として意識が出てしまったのだが。
『歳三さんは……嫌じゃなかった?鬼の力を体内に流すの。』
元々人間から羅刹となりそして、鬼となった。
自分の身体が変わると言うのは抵抗があるのではないだろうか。
歳三さんは頭領としての仕事として里のことの書類が置かれている机を通り越して椅子に座る私を後ろから抱き締めると、柔らかく笑った。
「いや……そんなことは思わなかったな。羅刹の力が薄まり、鬼としての意識を持ったってことはおまえと同じように長く生きれるってことだろ?そう考えたら逆に嬉しくて、否定の言葉なんか出てこなかった。それに俺の身体にはおまえの力が流れてるんだろ?そんなの嬉しくねえはずがねえじゃねえか。」
『…………』
どろどろと甘やかされるように耳元でささやかれる言葉に身体中の熱が上昇するのを感じる。
私今絶対顔真っ赤だ……。
『……歳三さん、先に寝てていいよ。多分当分終わらないだろうから。』
じい様から頭領を継いでやることが色々と増えた。
他の鬼の頭領とも交流を持つことが増えたし。
あ、もちろん文での話だが。
継いだばかりだから忙しいのはわかるけど、歳三さんとゆっくりできる時間すらないのはちょっと寂しい。
「……仕方ねえな。」
ため息混じりに息を吐くと歳三さんは私の身体を横抱きに抱えあげた。
『ちょ、ちょっと!』
「うるせえ。暴れると落ちるぞ。」
部屋を出て、廊下を歩く。
もう皆寝てるだろうからあまり騒がしくするのは申し訳なくて黙っていると、すぐに私と歳三の自室へと戻ってきた。
そして既に敷かれていた布団へと丁寧に下ろされる。
『え、待ってよ。私、まだ残ってる……』
「そんなの明日やりゃあいいだろうが。」
『そういうわけには……』
「なんだ、俺との時間を取れねえほど忙しいのか?」
私は思わず言葉につまって黙り込んだ。
もしかして……歳三さんも寂しかったとか?
布団をかけて左腕を出す歳三さんに、私は微笑みながら彼の腕へと頭を乗せた。
『なんか、久しぶりな気がする。』
「……ったく、頭領ってのがこんなに忙しいものだとは思ってもみなかったぜ。」
『…………』
寂しかったんだ。
『ね……でも、これからはずっと一緒にいられるのよね。いつ来るかわからない終わりなんかに怯えないで、ずっとーー』
「……ああ。」
私の頭が乗っていない方の右手を伸ばして髪を優しくすいてくれる。
その心地よさに私は歳三さんの胸元へとすり寄った。
「ーーずっと一緒だ。」
《俺の生きたいと思う理由はーー》
土方編END
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