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26


そして、翌日の夜。
私たちはとうとう、私の里と親交のあった村ーー雪村の里があった場所へと辿り着いた。
そこには、私がよく知っている人たちの姿がある。


「お帰りなさい、千華様。ずいぶん久し振りですね。まさか、この里であなたと再会できるとは思いませんでしたよ。」

『綱道さん……』

「こうしてここに来てくれたってことは、答えは出たってことだろうけど……どうする?俺たちと共に来るかい?」

『…………』

「薫君から、話は聞いてますね?我々が再び、この日本の支配者となる日が来たんですよ。共に、新たな鬼の王国を作り上げましょう。」

『綱道さん……』


綱道さんの言葉から、私は不穏なものを感じ取る。
まるで、雪村一族の再興よりも、自分たちが支配者となることを優先しているかのようだ。


「千華様、顔色が良くないようだが……まさか、血を断っているのではないでしょうね?」

『えっ……?』

「わかっているでしょうが、あなたの身体はすでに変若水によって作り変えられてしまっています。血を飲まなくては、いくら次期頭領のあなたでもたちまち、正気を失ってしまいますよ?」


綱道さんの声は、子供の不注意を叱っているときのような声音だった。
それでもどこか違和感を覚えるのは、綱道さんの言葉に狂気の色が含まれているから。


「何をためらってるんだろうね?せっかくだから、沖田を殺して血を吸えばよかったのに。」

「……そうだな、そうするべきだ。羅刹など、いくらでも作り出せるのだから。」


彼らの物言いを聞いていた総司は、苦笑いを交えながら尋ねてくる。


「……千華、どうしようか?君のためなら僕の命くらい、あげてもいいんだけど。」

『……馬鹿なこと言わないで。私は、最後まで諦めない。約束したじゃない。』


私たちは、一緒に変若水の呪縛を解く。
何よりーー総司を失ってしまえば、私は正気でいることなどできない。


「そうだね。君はこんな馬鹿げた提案に乗るような女の子じゃない。」

「千華様、まさか……」


薫は無言のまま、冷ややかな眼差しで私を睨みつけている。
多分、これから私が口に出す言葉を予想しているのだと思う。
私は、彼らの顔を見据えながら告げた。


『私は、二人とは一緒に行けない。』


薫の唇から、呆れを含んだため息が漏れる。


「千華姉さん、あなたは……自分を慕ってくれた義弟も、親交のあった里も、千鶴の育ての親も、何もかも捨てるつもりか?そこまでして男を選ぶなんてとんだ薄情者だな。」

『それはーー』

「沖田なんて、ただの人間じゃないか。しかも病で近い内にくたばる上、変若水のせいで狂い始めてる……」

『薫……、総司を悪く言わないで。』


彼の言葉だけは、黙って聞いていることができなかった。
妹分の千鶴の育ての義父やこんな私を姉のように慕ってくれていた義弟にこの言葉を言うのに、ためらいがないわけではなかったけどーー。


『私は、総司のことが好きなの。あなたたちのことが大切じゃないわけじゃない。だけど、総司は……総司だけは、特別なの。』


その思いを貫く為なら、彼らと決別しなくてはならない。


『私は……、総司と生きていきたい。羅刹の軍も鬼の王国も、ほしくない。誰かを傷つけて手に入れる居場所なんて、要らない。』

「……俺たちのやり方は、間違ってるっていうのか?両親を殺され、里を奪われ、女鬼じゃないって理由で同じ鬼にまで散々虐げられたのにーー俺の人生を滅茶苦茶にした奴らへの復讐すら考えるなって?俺たちは一生、虐げられる側に甘んじてろっていうのか?」

『薫……』


もし私にとっての総司のような人が、薫にもいてくれれば……。

そんな思いが一瞬、頭をかすめる。
だがそれは、あまりにも甘過ぎる想像なのかもしれない。
でも、私はどうしても薫の望みを受け入れることはできない。
そして……。


「おまえらだけ何もなかったように幸せに暮らすなんて、姉さんの弟としてはどうしても許せないなあ……」


薫もまた、私たちの望みを認められない。
同じ両親から生まれたのに、千鶴と薫は全然違う。
姉弟のように育ってきたのに、同じ夢を抱けない……。


「俺は、俺の目的を果たす。たとえ可愛い姉を泣かすことになってもね。」

『知ってる。だから、私たちはーー』

「力ずくでも、君たちを止めさせてもらうよ。僕たちにも叶えなきゃならない夢があるから。」


ーー私たちは今この時、完全に決別した。


『お願い、綱道さん。目を覚ましてちょうだい。あなたたちの居場所を作る為、関係ない人を傷つけていいはずがないでしょう?』


千鶴たちの一族は、人間に滅ぼされたけど……。
でもそれは決して、この国に住む人たちの総意ではない。
……綱道さんだって、本当はわかっているはずだ。


『綱道さんは、医者でしょ?ずっと人の命を救ってきたじゃない。江戸に住んでいる人たちの病を治して、感謝されたこともあったはずよ。』

「それは……」


綱道さんは、人間全てを恨んでいるわけじゃない。
ならば、過去の恨みさえ捨ててしまえば、人の中で生きていくことができるはず。


『鬼と人でも、きっと仲良く暮らせるはずだわ。江戸で、千鶴と静かに暮らしていた時のように……』

「千鶴……」


綱道さんの瞳は、揺らいでいる。
彼は、良心をまったくなくしてしまったわけではないのだ。


「あははははっ、姉さんは本当に甘いね!人間たちとの争いを避けようとして、俺たちの一族は滅ばされたんじゃないか!」

『でも、だからって……、このままじゃ、同じことの繰り返しじゃない。もし羅刹を使って人間たちを滅ぼしてしまえば……遺された人たちは、私たちを深く恨むことになる。薫、あんたは昔のあなたたちのような不幸な子供をまた作りだしたいわけ?』

「……じゃあ、どうしろっていうんだ?俺一人が過去に忘れた理不尽な所業を忘れて、我慢すればいいっていうのか?悪いけど俺は、そこまで善人にはなれないな。前に言っただろう?強い奴が報われるんじゃない。正しい奴が成功するんじゃないーー最後に笑うのはどんな時でも、手段を選ばずに小ずるく立ち回った奴だけだってね!」


薫は懐から、何かを取り出した。
それはーー。
その瓶を目にした瞬間、私は心の底から戦慄した。


『薫ーー!』


彼は不敵な笑みを浮かべた後、瓶の蓋を開け、一気に変若水をあおる。


「うっ、ぐーーあぁああっ!」


彼は苦しげに、己の胸元をつかんだ。
白く変じた髪の合間から、白い角が覗いている。


『どうして……、どうして、変若水なんて……!』

「変若水で鬼の肉体を強化するには、どれくらいの濃さが必要になるか……確かめるのは簡単だったらしいよ?可愛い姉が実験台になってくれたからね。」

『そんな……!』


強くなる為、それだけの為に、薫は変若水を飲んだというの?
選び取った道の先にあるものが何なのか、わからないはずがないのにーー。


「……沖田が弱くないことは、俺だってよく知ってるからさ。だからって、ここで負けるわけにはいかない。こんな所で殺されたらーー今までの俺の人生が本当に無意味になるからな!」


薫は腰の刀に手をかけて、一気に引き抜いた。
総司も、応えるように刀を構える。


「……よくわかるよ、その気持ち。もし負けたら、僕を捨てた姉上、そして僕を虐げた兄弟子たちや、僕を哀れんで見下した奴らを喜ばせるだけだ。僕もーー近藤さんに会うまでは、ずっとそうやって生きてきたから。……だからこそ、彼女に同じ思いをさせるわけにはいかない。僕は、この子と生きなくちゃいけない。だから絶対に負けられない。……それだけだ。」

『総司……』


その言葉に込められた力強い想いに、胸が熱くなる。
私の心にも、彼と同じ想いがある。


「ーー馬鹿じゃないのか!?」


薫は全力で、斬撃を見舞った。
鋼がぶつかる音と共に、火花が散る。
羅刹化したことで、腕力が以前より高められたのだろう。
恐るべき速さと力で、続けざまに刃を叩き込む。


「ぐっ……!」


けれど薫の力を上手く受け流し、再び間合いを取り直す。


「たとえ俺に勝ったところで、おまえなんてすぐにくたばるよ。羅刹の力は寿命を削るって、知ってるだろ?ただでさえ労咳で残り少ない寿命が、後どれくらい残ってるんだろうな!?あははははっーーー」


狂ったように見舞われる刺突と斬撃を、総司は全て見切って払った。


「……知ってるよ。だけど残り少ない命なら、なおさら君に渡すわけにはいかない。」


既にこの戦いは、人が立ち入れるものではなかった。
場に漂う殺気で、身動きすらままならぬほど。


「……次の一刀で、決めさせてもらう。死に損ないに、これ以上時間を取られるわけにはいかないからな。」

「望むところだよ。」


そしてーー、二人は同時に地を蹴った。
彼らが再び切り結んでーー。


「ぐうっ……!」


わずかに押し負けた総司の腕から、血が溢れ出す。
けれど彼は怯むことなく、返す刀で一刀を見舞った。


「がっ……!」


総司が放った刺突が、今度は薫の身体に傷を作る。
まさに、死力を尽くした戦いだった。
互いの傷が癒えきるのを待たず、凄まじいまでの闘気を放ちながら二人は戦い続ける。
やがて……。


「……勝負あったみたいだな。」

「っ…………」


薫はまだ余力を残しているみたいだけど……。
総司は、立っているのがやっとという体だった。


「それじゃあな、沖田。せめて、最後は楽にあの世へ送ってやるよ。」


薫は血にまみれた刀を、大きく振り上げる。


『薫、やめて!』


黙っていることなどできなくて、私は絶叫した。


『戦う必要なんて、もうないでしょう?あんたはこれから先もずっと、こんなことを繰り返し続けるつもり?私だって、総司だって……あんたを殺したいわけじゃない。人を悲しませる戦いをやめて、変若水の毒を消したいだけなのに……!』

「ーーうるさい、黙れよ!それとも沖田より先に死にたいのか!?」


凄絶な剣幕で叫び散らした後、薫は私との間合いを詰めてくる。

ーーよけなくては。

そう思うのに、彼の動きは今までの羅刹とは比べ物にならないほどの速さでーー。


「待て、薫ーー!」


総司も、薫に追いすがってこようとするけどーー。
薫は、既に私の目前まで迫っている。
咄嗟に刀を抜刀して防ごうとした刹那ーー誰かが飛び出してきた。


「ぬぐあっ……!」


私がよく知っている人の叫び声が、目の前で上がった。


『ーー綱道さん!?』


私の大切な義妹の育ての親の身体を……。
血に濡れた刀が、深々と刺し貫いている。


『綱道さん、私を庇って……』


綱道さんは、答えなかった。
ただ、振り返った眼差しは、親が子に向けるもので……。


「この……!邪魔をしやがって!」


薫は苛立った様子で綱道さんを蹴飛ばし、食い込んだ刀を引き抜く。
倒れ込んできた綱道さんの身体を、私は手を伸ばして抱きとめた。
そして……。


「……救いようがない奴っていうのも、世の中にはいるんだね。憎んだ相手はいくらでもいたけど……ここまで嫌いになったのは、君が初めてだよ。」


次の瞬間ーー。


「うぐっ……!」


総司の刀の剣尖は、恐ろしいほど正確に薫の心臓を貫いていた。
薫の身体が、地面へと突っ伏す。
もはや、起き上がることさえ叶わない様子だった。


「……救いようがない奴、か。別に構わないさ。俺はうまれてこの方、救われたいなんて思ったことはないからな……」


薫はどこか遠くの闇へと目を向け、微かな息を吐き出して……。


「千華姉さん……」


最後に私へと目を向けるとそのまま、静かに事切れた。


『薫……』


覚悟はしてたつもりだったけれど……。
それでも、弟のように思っていた家族同然の死は、あまりに耐えがたくて。
胸に大きな穴が空いてしまったような悲しみに襲われる。

……結局、最後までわかり合えなかった。
本当は、わかり合いたかったのに……。

永遠に失われてしまった義弟を思い、私は奥歯をかみしめる。
その時だった。


「……千華。」


総司に名を呼ばれ、振り返るとーー。


「……千華様、そこにいるんですか……?」


蒼白な顔色になった綱道さんが、私の名を呼んでいる。


「答えてあげなよ。」


何か言葉を口にすると、涙が溢れてしまいそうになるけれど……。
それを懸命にこらえて、私は綱道さんの呼びかけに応える。


『……ええ。私は、ここにいるわ。』

「そうか……」


綱道さんは、ほっとしたように眉を開いた。


「すまんな、こんな近くにいるのに……あなたの顔が、見えん……」

『…………』


私は何も言わず、総司に支えられながら綱道さんの手を取った。
その手は、氷のように冷たくて……。
綱道さんの身体から、たくさんの血が失われていることを表していた。
おそらくどんな名医でも、癒せないほどに。


「……千華様、あなたに伝えなければならないことがあるんです……」

『綱道さん、身体に障るわ。もう喋らないで。』

「いや……、この身体ではもう助からん。そんなことよりも……この地と汐見の地の清き水は、変若水を薄めることができる……」

『え……?』

「その力と汐見家頭領の力を使えば、変若水の毒をも……、浄化できるやも、しれん……」


じい様の……。

綱道さんが最後の力を振りしぼって口にした言葉は、私たちの切なる願いを叶えてくれる方法だった。


「千鶴の父親らしい行いが、最後に……、できましたでしょうか……?」

『綱道さん……』


私は、血の繋がりよりも大切なものを知っている。
まだ幼かったあの頃……。
私の大切な義妹の千鶴を背負って山を下りてくれた綱道さんの優しさを、今でも覚えている。


『綱道さんは……、千鶴の父様よ。たとえ血が繋がっていなくても……これから先もずっと……世界にたった一人の、あの子の父様よ。』


その言葉に、綱道さんは微かに笑みを浮かべてーー。


「千鶴……」


愛しい娘の名を呼んで、安らかに、息を引き取ったのだった。


『…………』


この結末は、覚悟していたけれど……。
だからといって、悲しみが消えてなくなるわけじゃない。
最期までわかり合えないまま、逝ってしまった薫。
最期の瞬間まで、千鶴のことを想ってくれていた綱道さん……。
複雑な思いこそあれどーー。
二人共、私と千鶴の人生に欠かすことができない人たちだったのは確かだ。
これから先何があっても、彼らのことを忘れることなどできない。

総司の手が、そっと私の肩へと回された。
そして私の髪を指先ですき、子供をあやすように頭を撫でてくれる。


「……泣いてもいいよ、千華。」

『総司……』


次の瞬間、総司の腕が、強く強く私を抱きしめてくれる。
悲しみや弱さごと、私を包み込んでくれるみたいに。


『総司……、総司……!』


たくさんのものを失った悲しみと、大切なものが残ってくれた喜び。
様々な思いが、胸の中で交じり合う。


『…………』


こらえきれず、私は泣きじゃくった。


「……今日は、よく頑張ったね。君は本当に強い子だ。剣じゃなくて心の強さだったら……、僕なんかよりずっと強くなっちゃったかもしれないね。」


まるで、年が離れた子供をあやすような口振りだったけど……。
この言葉は、私が今一番欲しい言葉で。
その言葉を惜しみなくかけてくれる彼の存在がただ愛しくて、涙が止まらなくなった。


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