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23


その後、私たちは土方さんの足跡を追って、山道をひたすら歩き続けた。
そして、日光に差し掛かったところで、ようやく土方さんの姿を見つけ出す。


「おまえら……、こんな所まで来てたのか。」


護衛とおぼしき人を遠ざけた後、彼は私たちへと向き直る。


「僕たちが、何の為にここに来たのかはわかってますよね?」

「……ああ。おまえがわざわざ追ってくる用事なんざ、他にねえだろ。」

「土方さんは、もう聞いたんですか?近藤さんがーー」

「……斬首されたってことか?とっくに知ってるよ。」


土方さんの言葉に、総司は目を剥く。


「……へえ、知ってたんですか。知ってたくせに、土方さんはーー何をしてたんですか!」


そして激情に揺さぶられるまま、土方さんの胸倉をつかむ。


「どうして、しがみついてでも近藤さんを止めなかったんです!?助ける方法なんて、いくらでもあったはずでしょう!?他の誰にできなくてもーー、土方さんになら、できたはずだ!」

「ーーできなかったんだよ!」


喉が張り裂けんばかりの声で、土方さんは絶叫した。
その瞳は小刻みに震えていて、憤りと悔恨の色がにじんでいる。


「俺は助けたかった、助けようとしたんだよ!好き好んで近藤さんを見捨てたわけじゃねえ!試衛館にいた人間の中で、近藤さんを本物の侍にしてえって一番思ってたのは、誰だと思ってるんだ!」


土方さんの襟元をつかむ手が、小刻みに震えている。


「それでも……近藤さんは、死んじゃったじゃないですか。」


瞳を震わせながら、総司は一瞬、土方さんから視線を外す。


「総司……」


土方さんの胸倉をつかんでいた手が、力無く垂れ下がる。
そしてーー。
ーー総司は羅刹の腕力で、土方さんを容赦なく殴り飛ばした。


「これで、勘弁してあげますよ。……許すわけじゃないですけど。」


土方さんはゆらりと立ち上がり、不機嫌な表情で口元を拭った。


「……前の僕なら、本当に土方さんを斬ってたかもしれませんけど、でも、今は……」


総司の独白を、土方さんは、弁解も反論もせず受け止めていた。
そして……。


「……敵に投降する前、近藤さんは俺に言ったんだ。【もう、楽にさせてくれないか】ってな。結局、俺がやってたことは、ただの自己満足で……あの人の本心なんざ、全然わかってなかったのかもしれねえな。」

「本当ですよね。京になんて行かずに試衛館の道場主のままでいれば、近藤さんだって……ひどい殺され方をして、首をさらされたりなんてしなかったはずなのに。」


なじるような口調ではあったけど……。
それでも、土方さん一人だけを責める口調ではなかった。


「土方さんは、これからどうするんですか?」

「近藤さんに、新選組を託されたんだ。今更、放り出すわけにはいかねえよ。俺は、隊士を連れて北を目指すが……、おまえらはどうするんだ?」

「僕は、土方さんと一緒には行けません。」


多分、総司がこう答えるだろうことを予想していたに違いない。
土方さんは諦めたような表情で、薄く目を閉じる。


「……そうか。」


二人の道は今ここで、分かたれてしまうけれど……。
彼らの瞳に、後悔の色はない。


『あの、さ……私の方からも土方さんに伝えなくちゃいけないことが。』

「何だ?」

『……私たち、山崎君に会ったの。その時、敵方の銃を受けて……離れ離れになっちゃって。必ず合流すると、土方さんに伝えてほしいって……』


その言葉を聞いた土方さんの目元が、無念そうに歪む。
だが、込み上げてくるものを呑み込むようにーー。


「そうか……わざわざ伝えてくれて、ありがとうよ。……総司のこと、頼んだぜ。」

『ええ。土方さんも、どうかご無事で。』


土方さんは、優しく微笑んで私の頭を撫でてくれた後ーー。
そのまま私たちに背を向けて、歩き出す。
遠ざかっていく背中を見送りながら、総司はぽつりと言った。


「……馬鹿だよね、土方さんは。」

『えっ?』

「近藤さんの本心を全然わかってなかったかもしれないとか。単なる自己満足だったのかもしれないとか言ってたけど……そんなはずないじゃない。ねえ?」


震えた総司の声音に、私は土方さんが歩いていった道に顔を向けながら横目で彼を見つめた。


「試衛館にいた人たちは皆、近藤さんのことが大好きだったけど。近藤さんは大名になれる人だって本気で言ってたのは、土方さんと山南さんだけだったんだから。」

『…………』

「僕が、近藤さんに出会って生まれ変われたのと同じで……近藤さんも、土方さんに出会ったことで生まれ変われたに決まってるよ。……そのせいで罪人として処刑されるなんて、皮肉にも程があるけどさ。」


静かに吹く夜風を吸い込んでから、総司は私の方を振り返る。


「それじゃ、僕たちもそろそろ行こうか。」

『えっ?行く、って……』

「あれ、綱道さんを捜す為、千鶴ちゃんの故郷に行くんじゃないの?もしかして、忘れちゃった?」

『いや別に、そんなことはーー……でも、いいの?』

「綱道さんは、変若水の毒を消す方法を知ってるかもしれないんだよね?」

『ええ。千姫は、そう言ってたけど……』

「……じゃあ、僕も一緒に行くよ。変若水の毒に蝕まれて血に狂うなんて、千華には似合わないから。……僕は君を助けたいんだ。だから、最後の最後まで諦めない。」


総司の優しげな微笑みが、なぜか儚く見えて……。
私の胸は、不穏なざわめきを帯びた。


『……私も、総司を助けたいよ。』


だから、今の申し出は願ってもない言葉ではあるけれど。
それでも、闇夜に溶けてしまいそうな彼の姿を見ていると……。
先行きに対する恐れが、浮かび上がってきてしまうのだった。


***


『ん……』


私が目を覚ましたのは、東の空から夕闇が近づいてくる頃だった。
軽く瞬きする私の顔を、覗き込んでくるのは……。


「おはよう、千華。ちゃんと眠れた?」

『うん、大丈夫だけど……総司は、どう?ゆっくり休めた?』

「うん、ぐっすり眠れたよ。」

『……嘘だよね?』

「ひどいなあ、決め付けなくてもいいのに。」

『前よりかは、総司の本音がわかるようになってきたからね。』

「そうなの?便利だけど、ちょっと面倒くさくなりそうかなあ。」

『面倒くさいって何でよ……!』

「いちいち怒らなくてもいいじゃない。ただの冗談なんだから。」

『もう……!少し眠ったら?無理は禁物よ。』

「無理してるつもりはないんだけどなあ。自分の身体だし。」

『……総司のそういう言葉は、信じられないからね。』

「じゃあ眠くなるまで、何か面白い話でもしてくれる?」

『面白い話……?』

「うん。小さな子供を寝かしつける時、昔話とかするでしょ?」


総司の言葉で、小さい頃、じい様によく昔話を聞かせてもらったことを思い出す。


『あんた何歳児よ……。てか、総司は子供の頃、誰かに昔話をしてもらったことがあるの?』

「あるよ、毎晩ではなかったけどね。試衛館に来たばかりの頃はしょっちゅう近藤さんが来てくれて、よく面白い話をしてくれた。いつも三国志とか水滸伝ばっかりで、最後の方は筋書きを全部覚えちゃったぐらいだったけど。」


そういえば、私の所にもよくきて、話してたなあ。


『……想像できるかも。』

「誰に対しても優しくて、強くて、すごく努力家で……ずっと近藤さんの後をついて行きたいって、そう思ってた。」

『総司……』


私はふっと微笑んだ。


『そんなに尊敬できる人と、出会えた総司は……幸せだと思うな。』

「……まあ、近藤さんと出会ってなければ、今以上にひねくれたどうしようもない人間に育ってたのは確かだろうね。」


…………いや、違くて。


『あのさ、そういう意味じゃなくてーー』

「わかってるよ。でも僕、こういう性格だし。で、続きは?どうして僕を幸せ者だと思うの?」

『……私ね、この刀を抜いて、次期頭領に決定した時は自分の不運を呪ったの。』


腰にある風姫を見つめながら軽くそれに触れる。
昔話を思い出すように目を細めた。


『毎日毎日次期頭領になるべく、稽古や芸、学も教え込まれて、里の子供たちみたいに気軽に遊べることも少なかった。ううん、全くないって言った方がいいかな。』

「…………」

『それが嫌で飛び出した矢先、皆と出会って……。皆と一緒にいるようになって君たちのことを知るにつれて……今まで知らなかったたくさんのことを、知ることができたから。』

「その【知ったこと】って、いいことばかりじゃなかったでしょ?千華の里と親交があった里の人が人を化け物に変える薬の研究をしてたなんて、知らない方が良かったと思うんだけど。」

『……そんなことないよ。汐見の里と千鶴たちの里が繋がってたっていうのは驚いたし、鬼の綱道さんが変若水を研究してたっていうのは、教えられた時は確かに驚きはしたけどーー同じ同族が、しかも親交のあった里の者が犯した罪ならば、鬼の次期頭領の私が見て見ぬふりをするべきじゃないと思ってる。』


千鶴の為にも、雪村家の里にいた者たちの為にも。


『痛みや辛さからしか学べないことも、きっと多いと思うから。』

「……千華って、前向きだよね。もし君が子供の頃の僕と同じように育ったとしてもーー……きっと、僕みたいにはならないんだろうな。」

『えっ?それって……』


褒められているのだろうか?
それとももしかして、呆れられてしまっているのだろうか。


「世の中にはさ、人の悪意とか醜い感情と全然縁がない人がいるんだよね。そういう人は誰からもひどく恨まれたり、憎まれたりはしない……そういうところ、近藤さんに少し似てるかも。」

『えっ……?』


彼の言葉に、私の胸中はさざめきを立てた。
だって、総司にとって近藤さんは、とても大きな存在なのに……。


「あれ、どうしたの?顔が赤いけど。」

『あっ、い、いや別にっ!その……、近藤さんに似てるなんて、すごくもったいない言葉で……』


すると総司は、くすっと笑って……。


「……君って変わった女の子だよね。近藤さんに似てるって言われて、照れるなんてさ。」

『そ、それは……』


女の子に【近藤さんに似てる】って言う総司も、すごく変わってると思う……。


「何にしても、人との巡り合わせって不思議だよね。もし千華が今ここにいてくれなかったら、僕、とっくに死んでたかもしれないし。」

『総司……』


彼にとって近藤さんは、とても大きな存在だ。
そんな彼を失った今……。
もしかしたら死んでいたかもしれないという彼の言葉は、決して大袈裟ではないはずだ。
私がこうして総司の傍にいてあげられて、本当に良かった。

言葉にこそしなかったけれど……、私は心からそう思ったのだった。


「ねえ、千華。正直言ってまだ、近藤さんがいない世の中で生きていくのには慣れてないんだけど……それでもまだ、僕にはまだ戦う理由が残ってる。だから……、大丈夫だよ。君が思うほど、僕は弱くないから。」

『…………』


この言葉はきっと、彼の本心なのだと思う。
総司のことを信じていないわけではないけど……。
それでもまだ、彼は本当の痛みを隠しているのではないかと思ってしまう。
……彼が、とても強いからこそ。


「薫のことも気になるし、千鶴ちゃんの故郷に辿り着くにはもうしばらくかかる。安心して。君には、僕が付いてるから。」


総司は私の手を取って、なだめるようにささやいてくれた。


「平気だよ。二人ならきっと、乗り越えられる。……ね?」

『総司……』


彼の手をそっと握り返し、私は深く頷いた。


『うん。二人で……乗り越えよう。』


総司と二人で、前に進もう。
彼が手を引いてくれるなら、きっとどこまでも行けるはず。
どんな辛い戦いにも、打ち勝てるに違いない。
そして、その先にはきっと……私たちが望む未来もあるはずだ。

夕闇に染まる風景の中、私は強く信じたのだった。


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