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21


その後、江戸を出た私たちは、土方さんたちの足取りを追った。
新選組は伝習隊と合流し、日光を目指しているらしい。
伝習隊は旧幕府軍の精鋭を集めた隊で、洋式化された部隊だということだ。
私と総司は、陽射しを浴びぬよう、昼間は深い森の奥で眠りについた。


「……もうすぐ夜が明ける、か。今日はこの辺にしておいた方が良さそうだね。」

『そうね……』

「ちょっと待ってて。眠るのにちょうどよさそうな場所を探してくる。」

『あっ……』

「どうしたの?」

『…………ううん、何でもない。』

「そう?それならいいけど。それじゃ、いい子で留守番してるんだよ。」


総司はそう言い残し、休む場所を探しに行ってしまう。

さっきは言わずにいたけど……。
総司が今、腰に差している刀はそれまでに使っていた物ではなくてーー。
以前、近藤さんから託されたという、あの山城守藤原国清という刀だった。
あの刀を携えて土方さんの元に向かうということは……。
きっと何か、深い意味があるに違いない。
本当に、大丈夫なのだろうか。
万が一の事があった時、私は総司を止められるだろうか……。

そんなことを思いながら私は、白み始めた夜空に浮かぶ月を見上げたのだった。


その後、私たちは森の中で休息を取っていたのだけど……。


「ーー向こうへ行ったぞ!逃がすな!」


兵の叫び声と共に、呼子の音が鳴り響く。


『総司……!』


まだ日が高い頃、私たちは新政府軍に見つけられてしまったのだ。
木陰から離れた瞬間、身体がひどく重く感じられる。


「逃げ切るのは無理か。迎え撃つしかなさそうだね。」


総司はそう呟いた後、腰の刀を引き抜いた。


『あの、総司……』


彼の身体を蝕む病は、治ってはいないはず。
こんな状況で、羅刹になるなんてーー。


「大丈夫だよ。あの程度の相手なら、すぐに片づけてみせるから。千華は、木陰にでも隠れてて。いいって言うまで、出てきちゃ駄目だよ。」

『いや……』


私だって零番組組長だ。
総司にばかり任せてられないし、それにーー鬼の里の次期頭領が隠れてなんていられない。


『私も戦うわ。』


そう告げて、私は刀を構えた。


「戦うって……千華……」

『相手は鬼じゃないから、あんなの楽勝に勝てる。私を誰だと思ってるの?零番組組長よ?それに、二人で戦えば、それだけ戦いが早く終わるでしょう?……総司だけに苦しい思いをさせるなんて、嫌だから。』


風間たちを追い払ったあの時、今まで内に秘めていた鬼の力が身体の奥から溢れ出てきたのを覚えている。
鬼でもない人間にあんな力を使うわけにもいかないから、いつもみたいに相手にすればーー。


「まったくもう……、どうなっても知らないよ?」


総司が半ば呆れたように言った瞬間。
先程より近い所から、呼子の笛の音が聞こえてきた。


「いたぞ!こっちだ!」


私たちは瞬く間に、新政府軍の小隊に取り囲まれてしまう。


「早く片付けるに越したことはないよね。こんな所で足止めを食うわけにはいかないし。」

『……うん。』

「それじゃーー行こうか、千華!」


総司に頷き返し、私は飛び出した。


「ーー撃て!」


一人の兵が叫んだ瞬間、銃口が私たちへ向けられるけどーー。


「馬鹿だなあ、撃たせるわけないでしょ。」


総司は即座に敵兵との間合いを詰めた。
そしてーー。
人の業とは思えぬほどの剣技で、敵兵を一瞬のうちに斬り伏せる。


「おのれ、仲間をーー!」


仲間の兵が、総司を撃ち殺そうとするけどーー。


「……遅いよ。」


彼は地を大きく蹴り、次の瞬間には敵兵の間合いの中へと飛び込む。
そしてーー。
陽光の下、鮮血の華がいくつも爆ぜた。


「あはははっーー、相手にならないね!!」


見ているだけで身震いするほどの、凄まじい剣技だった。
驚くべき正確さで敵の弱点を見抜き、瞬時に葬り去っていく。


「ひ、ひるむな!撃て!」


隊長らしき人が号令をかけると、一斉に銃声がこだまする。
その時ーー。


『っ……!』


その銃弾の一つが、他の奴らを相手にしていた私の足へと食い込んだ。


「千華!」

『……く、あ……!』


溢れた血が、ニーハイに血痕を残す。
あまりの激痛に、その場に崩れ落ちそうになるけれど……。
次の瞬間には、その傷は塞がってしまう。


『大丈夫よ。これくらいならーー』


総司に心配をかけたくない。
その一心で、私は地を蹴った。


「うがあっーー!!」


私の刀の切っ先は、銃を構えた敵兵の腕を正確に貫く。
彼の手にあった洋銃が、地面へと落ちた。
総司はすぐさま、その銃を遠くへと蹴り飛ばす。
だけどーー。


「貴様ーー!」

『……ちっ!』


気が付くと、近くに居並ぶ敵兵が、私へと銃口を向けていた。
だがーー。


「よそ見してる余裕なんてあるわけ?あんたたちの相手は、僕なんだけど。」


総司が敵兵の注意を引きつけながら、一人、また一人と斬り伏せていく。
敵も銃で応戦するがーー。
それでもこの間合いならば、総司の剣の方が数段早い。
手近にいる兵を全て斬り捨てた後、総司は言った。


「千華、大丈夫?」

『大丈夫よ。』

「あんまり無茶しないでよね。君が大怪我でもしたら、こっちは正気でいられなくなるから。」

『…………』


無茶をするなと言われても、そんなの新選組にいた時からしてきたから、あんまり無意味な気もするけど……。


「……返事は?」


それでも彼が私のことを気遣ってくれているのは、はっきりと感じ取れたから。


『……はいはい、わかりましたよ。』


私は彼の言葉に頷いた。
その時ーー。


「貴様らが、話に聞いた新選組の羅刹か。ならばーー」


敵軍の隊長が、素早く弾を込めるのが見えた。
あれはもしや、羅刹の弱点とされる銀の銃弾だろうか?


『総司、危ない……!』


そう叫んだ瞬間だった。


「ぐあっーー!」


どこからか飛んできた苦無が、敵兵の身体へと突き刺さる。
そしてーー。


「お二人共、ご無事でしたか。」


この声は……!


「山崎君……、君、生きてたんだ?甲府の戦いの時以来姿が見えなかったから、てっきり死んじゃったんだと思ってたのに。」

「何者だ!貴様も、新選組の者か!?」

「殿は、俺が務めます。お二人共、どうかご無事で。」


山崎君がそう言って走りだす。


「千華、こっちへ。」


短く言った後、総司は山道を走り出した。
私も、すぐに彼の後に続く。


「ーー逃がすな、撃て!」


号令に応え、敵方の銃が一斉に火を噴くがーー。
幸いにして、居並ぶ木々がその弾を阻んでくれる。


「どこを見ている!おまえたちの相手は、この俺だ!」


山崎君は、木々の間を飛び移りながら、苦無で敵を仕留めるがーー。


「ぐっ……!」


うめき声が背後から聞こえ、私は思わず立ち止まった。
だがーー。


「足を……止めないでください!そのまま走って!」


その言葉に後押しされるように、私は再び走り出した。

そしていつしか日が傾き、西の空が茜色に染まり始める。


「とりあえず、何とか逃げおおせたかな……」


近くに、敵の気配は感じられない。
うまく撒くことができた様子だ。


「……にしても、この怪我で走り続けるなんてね。山崎君、変若水も飲んでないのに、無茶しすぎじゃない?千華じゃないんだから。」

『何だって?』


一言余計だっつーの。


「俺は……、こんな所で死ぬわけにはいきませんから……」

『山崎君、傷を見せて。応急手当てをするから。』


私は改めて、山崎君の傷の具合を調べる。


『ひどい……』


私は思わず、漏らしてしまった。

不幸中の幸いというべきか、弾が体内に留まっているわけではなさそうだけど……。
それでも脇腹を撃ち抜かれてしまっているから、急いで手当てをしなくてはならない。
けれど、ここでは……。

応急手当てが終わったのを見計らって、総司は尋ねる。


「どうして山崎君がここにいるの?僕たちが敵に取り囲まれてる時にちょうど駆けつけるなんて、いくら何でも間が良過ぎない?」


すると山崎君は、言葉を選んでいる様子で間を置いてから答える。


「甲府城付近であなた方と別れた後、俺は、新選組の本陣に合流しました。ここ数日は、新政府側の動向を探る為、本隊を離れていたのですが……」

『じゃあ、その時に偶然私たちと?』


その言葉に、山崎君は表情を曇らせる。


「……あなたたちを見つけたのは、数日前です。」

『えっ?じゃあ、どうして今まで……』

「声をかけることができなかったんです。……局長のことは、聞いていますね?」


山崎君の問いに、私は頷く。


「なるほど。僕を土方さんに会わせたくなかったってこと?……僕が、あの人を殺しちゃうかもしれないから。」


総司の言葉を、山崎君は肯定も否定もしない。
だけど総司は、さして気にしてはいない様子で……。


「僕としたことが、迂闊だなあ。何日も君に見張られてたのに、気付かなかったなんて。」

「……それだけ、疲れが溜まっておられるということでしょう。汐見さんも。」

「それは否定しないけどさ。僕も千華も。」


いつもなら絶対に気付いているはずなのに一切気付いていなかった。
それだけ疲れが溜まって気配に鈍感になっていたということだろう。


「ま、君がいなかったら僕たち、とっくに殺されてただろうし。そのことに関しては、お礼を言ってあげてもいいかな。……ありがとう。」

「…………」

「どうしたの?」

「いえ……、まさか沖田さんの口からそのような言葉を聞くことになるとは思わなかったもので……」

「失礼なことを言ってくれるなあ。じゃあ、さっきのことは撤回するよ。」


少しの間の後、山崎君は慎重な口ぶりで尋ねる。


「……もし副長に会えたら、あなたはどうするおつもりですか?」

「まだ決めてないよ。……実際のところ、僕もまだわからないんだ。あの人を斬っちゃうかもしれないし、逆に、僕の方が斬られるかもしれない。」

「……新選組は、近藤局長と土方副長のお二人で作りあげたもの……、いわば、お二人の夢そのものです。」

「知ってるよ。」

「近藤局長は、何があっても決して、副長を死なせたいとは思っておられないはずです。」

「…………うん、それも知ってる。」


山崎君は少しの間、総司の瞳を覗き込んでーー。
そこに宿る光の正体を、確かめようとしている様子だった。
やがて……。


「新選組の皆は今、宇都宮城にいます。」


そう告げた後、山崎君は瞬きすらせず総司を見つめ返した。


「あの人を……、土方副長を頼みます。」


振り絞るような声で紡がれたその願いを、総司は無言のまま受け止めている。


『山崎君は……?』

「俺は、ここで休んでいきます。……少し、喋り過ぎました。」

『だけどーー』

「……千華、行こう。」

『でも……!』

「いいから、行くよ。山崎君、今までずっと働きづめだったんだし、少し休ませてあげなきゃ。」


総司はそう言った後、独特の親しみを込めた瞳で山崎君を見やる。


「……土方副長に、お伝えください。【少し遅れますが、必ず合流します】と。」


山崎君の伝言を受け、私たちは黄昏の山道を再び歩き始めたのだった。


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