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15


その後、私は総司と共に、江戸を目指して歩き続けていた。


「……まったく、こんな時に限って嫌になるぐらい晴れてるのはどうしてなんだろうね?せめて、雨でも降ってるか曇ってれば少しはましなのに。」

『う、ん……』


本来なら、心地いいはずの陽光なのに……。
日の下にいると、息が詰まるような苦しみに襲われる。
ただ歩いているだけなのに、こんなに辛いなんて……。


「……千華、大丈夫?やっぱり、夜まで休んだ方がいいかな。」

『ううん、平気……』

「嘘吐き。」


即答……。


『いや、私、嘘なんてーー』

「僕、変若水を飲んでるんだよ?君が今どれだけ苦しい思いをしてるか、わからないはずないでしょ。」

『…………』

「何より、君は鬼なんだから……、僕たち以上の苦しみを味わってるかもしれないんだ。」


厳しい声音で叱られ、私は、何も言えなくなる。


「本当はすごく辛いのに意地を張ってるのは、僕に遠慮してるから?」

『それは……』


すぐには答えられず、言いよどんでいると。


「……少し、休憩しようか。木陰に入れば、日の光の下にいるよりはましだと思うから。」

『だけど、こんな時に休むなんてーー』

「平気だよ。江戸まではまだ結構あるし、今のうちに休んでおいたほうが先々の為になると思う。……それに僕だって、日中は、辛くないわけじゃないしね。」

『あーー』


自分の身体の変化にばかり気を取られてしまっていたけどーー。
羅刹となった総司だって、この陽射しの下にいるのは辛いはずだ。


『……ごめん。私、気付かなくて……』

「水くさいな。いちいち謝らなくてもいいよ。」

『でも総司は、一刻も早く、近藤さんの所に行きたいでしょう?』


その言葉に、総司は目を伏せた。
流れた沈黙が、私の言葉を暗に肯定している。


「もちろん近藤さんのことは、気になるけど……あの土方さんがついてるんだし、最悪の事態にはならないはずだよ。」


総司の声音には、わずかに棘が込められていた。
何だかんだ言って、土方さんのことを信頼しているのだろうけど……。
その信頼は、ずいぶんと複雑な形をしている様子だ。


『……土方さんは、頭がいいもんね。』

「そう。嫌味なぐらい先の先まで考えて動く上、手段を選ばない。……そういう所が、気に入らないんだけど。」

『…………』

「そんな顔しなくてもいいじゃない。新選組幹部だって人間だし、好き嫌いはあるよ。まあとにかく、少し休むだけの余裕はあるってことを言いたかったんだ。」


私は……。


『ごめんなさい……』


胸の痛みを抑えられなくて、私はその一言を口にする。


『総司や土方さんを、信じていないわけじゃないの。でも……』


近藤さんが無事でいてくれるか、そのことがひたすら気にかかる。
あの時、薫が来なければ、総司はすぐに近藤さんの元へ向かうことができたのに……。

そう思うと、ひとりでに熱いものが双眸から溢れ出した。


「……千華、どうして泣いてるの?」

『だって薫は元々、私を狙って……』


総司が変若水を飲むことになったのも、元はといえば私のせいだ。
しかも、労咳が治ると思って飲んだ薬が、むしろ病を進行させてしまうものだったなんて……。


「馬鹿だなあ、そんなこと気にしてたの?君が苦しむ必要なんてないのに。」

『だけど……』

「いいから、もう泣きやんで。」


総司の指が、私の頬へと伸びてきて……。
いつの間にかこぼれていた涙を、優しく拭ってくれる。


『っ……』


まるで総司の仕草ではないみたいで、私は思わず身をすくめた。
こんな風に気を遣わせてしまうなんて、申し訳ないと思うのに……。
涙は溢れるばかりで、差し出されたその手をますます濡らしてしまう。


「千華、君はとても優しい子だけど……今だけでも、自分のことを考えてくれないと困るよ。」


まるで子供に言い聞かせるような、優しい言葉だった。


「覚えてるでしょ?今回、君を甲府に連れてくるって決めたのは僕だったよね?君を置き去りにしないで、こうして一緒に帰るって決めたのも僕だ。だから君は何も気にしないで、ただ傍にいてくれればいい。」

『…………』


総司がくれる言葉は、私には分不相応なほど優しい。
柔らかな声音で紡がれる言葉で、少しずつ、胸の内の申し訳なさが溶けていって……。
胸が苦しくて、ますます涙が止まらなくなる。


「……わかった?」

『…………』


私は顔を上げられないまま、ただ頷く。


「頷くだけじゃなくて、ちゃんと返事をしてくれなきゃ。」

『…………はい……』

「……よろしい。いい子だね、千華。」


何だこの子供扱い。

総司は私が泣き止むまで、落ちる涙を何度も何度も指先で拭ってくれた。
その温もりで、私はようやく実感する。

私は……総司のことが大好きなんだ。
この人のことが誰よりも愛しくて、愛しくて、たまらないんだ……。


「……僕の為に泣いてくれる人が、近藤さん以外にいるなんて思わなかったな。僕なんて、たとえ死んじゃっても、誰も気にしないと思ってたのに。」


静かな声で呟かれるその言葉は、深い悲しみを含んでいた。


『え……?』


私は顔を上げ、言葉の意味を尋ねようとするけど……。


「……何でもないよ、こっちの話。」


総司はそれ以上、何も語ってはくれなかった。


「こっちにおいで、千華。」

『……うん。』


私は総司に手を引かれ、獣道をそれて木陰へと向かった。


『あ……』


木々の間に入るだけで、少し体が軽くなった。


「どう?だいぶ楽になったでしょ。僕の方が、先に羅刹になったんだから。先輩の言うことは、聞くものだよ。」

『ありがとう、総司。ここで少し休めば、ちゃんと動けるようになると思う……』

「休憩だけじゃ足りないよ。ちょっと眠ったほうがいい。」

『え?いや、それは大丈夫よ。眠るほどじゃないから……!』

「君って見た目に似合わず、意地っ張りだよね。自分では気付いていないだろうけど、今にも倒れそうな顔してるよ。」

『それは……』


彼の呆れ顔を見てしまうと、これ以上は言い返せない。


「ほら、もっと近くにおいでよ。離れてたら風邪引いちゃう。」

『きゃっ……!?』


私はそのまま、総司の胸の中へと抱き寄せられてしまう。


『…………』


突然の行動に、私は声を出すことさえできなくなってしまっていた。


「こうやって、僕も一緒に寝るから。遠慮なんてしなくていいからね。」

『あ、あの、総司……』


身じろぎすらできず、私はただ身体を固くするばかり。
頬が熱い。
きっと私の顔は、真っ赤に染まってしまっているに違いない。


「そんなに固くならなくてもいいのに。別に、取って食べたりはしないよ。ていうか千華、僕に膝枕してくれたのに、これは恥ずかしいんだ?」

『どっちも恥ずかしいわよ。ていうか……』


好きな人にこんなに近くに抱き寄せられ、平静でいられるはずがなかった。
もちろん総司には、他意なんてないのかもしれないけど……。
ああ、もう!幼なじみってもどかしい!


「ほら、少し寝なくちゃ。夜になったら、もう少し楽に動けるはずだから。」

『う、ん……』


促され、私はそっと目を閉じる。
優しい温もりに包まれていると、身体のこわばりが少しずつ解けていくのがわかった。
間近から伝わってくる鼓動と、頬に触れる温もりが、一時の安らぎを与えてくれる。
眠りに落ちる寸前ーー。
総司が、独り言めいた呟きを漏らすのが聞こえた。


「……人を殺す時、ためらったことなんてほとんどないんだけどね。誰に嫌われても恨まれても構わないって、ずっと思ってたのに。あの時だけは、身体が動かなかった。君にだけは……、どうしても嫌われたくなかったってことなのかな。」


半ば眠りに落ちた頭は、紡がれた言葉の意味もおぼろげにしかわからなかったけど……。
それでも総司の声からは、普段決して見せてくれない本音が感じ取れて。
その優しい感触に包まれ、私の心は急速に溶けていったのだった。


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