×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
14


そして私たちは一路、甲府城を目指した。
総司が動けるのは、日が沈み、月が夜空に輝く頃。
新選組の皆と合流できるよう、私たちは山道を急いだのだが……。


「……一足遅かったか。」


辺りには硝煙が立ち込め、時折、砲声が空を揺るがせる。


「どうやら敵方に、先に城を押さえられてしまった様子です。」

「近藤さんと土方さんは、どこにいるの?」

「……近藤局長は、本陣に。場所は、山の中腹辺りです。土方副長は援軍要請のため、江戸に戻られたと聞いています。」

「ーー江戸に戻っただって!?」


驚愕に見開いた総司の瞳が、次の瞬間には、怒りを宿す。


「近藤さんを不利な戦場に残して、自分だけ逃げかえったってこと?」

「援軍を要請したのは、近藤局長です。」

「そうそそのかしたのは、土方さんでしょ?あの人のやり方は、いつもそうじゃない。」

『総司、落ち着いてよ。今ここで土方さんを責めて、どうするのよ。』


その言葉で少なからず冷静さを取り戻したのかーー。
総司は、軽く息を吸い込んだ後、こう呟く。


「……すぐに、近藤さんと合流しよう。近藤さんは、刀を持てないんだ。敵に狙われたらひとたまりもない。」

「わかりました。」


総司と山崎君は目線を合わせ、頷き合った。
だが、その時ーー。


「合流するって、誰に?もう大勢は決してるんだし、さっさと尻尾巻いて逃げ出した方が賢明なんじゃないか?」


この声はーー!


『薫、どうしてここに……!』

「どうしてって、決まってるじゃないか。新選組の奴らが惨めったらしく負ける姿を見物する、またとない機会だからさ。おまえたちの姿が見当たらなかったから、もしかしたら、ここには来ないんじゃないかと思ってたけど、ギリギリ、間に合ったみたいだね。新選組の馬鹿局長が処刑されるところは、見物できるんじゃない?」


総司は瞳に殺意を宿しながら、私を庇うように進み出る。


「……山崎君、先に行ってて。近藤さんを絶対に死なせないで。」

「御意。」


短く答えた後、山崎君は身を翻して森の中へと姿を消した。
だが山崎君には興味がないのか、薫は嘲笑するような表情のままだ。


「傷は、すっかり癒えたんだ?銀の銃弾で付けられた傷は、たとえ羅刹でも癒せないはずなんだけど……まがい物のくせに、しぶといんだね。」

「羅刹の弱点が銀の銃弾だってことを、どうやって知ったの?」

「その問いに答えてやらなきゃならない義理がある?」

「そう、ならいいや。」


総司は不敵に笑って、鞘から刀を抜き放った。


「話す気がないなら、死ぬ間際に喋ってもらえばいいだけのことだし。」

「できると思ってるのか?死にかけのまがい物風情が。戦場には、血の匂いが溢れてる。羅刹と化したおまえが、この場で正気を保っていられるものかな?」

「……面白いことを言ってくれるね。僕が刀を手にしてから……、人の血なんて、飽きるほど浴びてきたよ!」


言うが早いか、総司は神速で薫との間合いを詰める。
そして一呼吸の間に、三度の刺突が見舞われた。


「くっーー!」


だが薫もその突きを、全て瞬時に見切って受け流す。


「達者なのは、口だけじゃないってことか。でも、これならどうかなーー」


総司の髪が、白髪へと変じた。
そしてーー。
総司が構えた剣が、先程とは段違いの鋭さで薫へと迫る。


「ぐ、うっ……!」


薫は何とか総司の動きについていこうとしている様子だけどーー。


「ーーがっ!」


赤黒い華が爆ぜ、薫の身体に深々と傷が刻まれた。


「君は、近藤さんの仇だからね。今更命乞いしても、容赦しないよ。」

「ふん。こんなもの、ただのかすり傷だよ!」


薫の身体に刻まれた傷が、再び塞がり始める。
だがーー。


「馬鹿だなあ。傷が癒える暇なんて、与えてあげるとでも思ってるの?」

「うがぁあああっ……!」


叫び声と共に、鮮血が飛び散った。
その返り血を全身に浴びながら、総司は続けざまに刀を振るう。


『っ……』


思わず目を覆ってしまいそうなほどの、凄絶な光景だった。


「ぐ、あ……は、ああ……」


もはや虫の息の薫は、苦しげな息の間から底知れぬ笑い声を漏らす。


「くくっ……、くくくく……!意外とやるじゃないか。想像以上だよ、沖田……」

「それ、負け惜しみ?もう殺されるっていうのに、ずいぶんお喋りだね。」

「俺を殺すだって?本気で言ってるのか?」


薫は意味深に言った後、視線の端でちらりと私を見やった。


「俺の姉はおまえみたいな人斬りとは違うんだよ、沖田。義理の弟を目の前でおまえに殺されて……、平気でいられるほど図太いとでも思ってるの?……姉さんが可愛がっている千鶴と似た俺を。」


その言葉を聞いた瞬間、総司にわずかな隙が生まれる。
瞬きするほどの、ほんの一瞬ではあったけれどーー。


『駄目よ、総司!』


私が叫んだ、その時だった。


「ーー隙あり!」


薫はその間隙を見逃さず、こちらへ迫ってくる。


『……!』

「その子に触るな!」


総司の絶叫が聞こえて、咄嗟に刀に手を伸ばした。
そして一気に抜こうとした瞬間。


「千華ちゃん!」


目の前の義弟が、千鶴と似た顔で私の名前を呼んだ。
千鶴じゃないとわかっているのに、何故か抜くのを戸惑ってしまい、その刹那ーー。
私の口に、何かが宛がわれた。


『ーーっ!?』


どろりとした水薬が、喉へと流れ込んでくる。
びいどろの瓶に入った、赤黒い水薬。
これはまさかーー。


『っ、げほっ……!』


思わず、むせ返ってしまうけれどーー。
吐き出しきれなかった分が、喉の奥へ滑り落ちてしまう。


「あはははははははは!!
あははははははははっーー!」


狂ったような哄笑が、間近から聞こえてきた。
水薬の感触に応えるように、どくん、と胸の奥が脈動する。


「このっ……!」


突きの形に構えられた刀の切っ先が、薫へと迫った。
だがーー。


『きゃっ……!』


薫は私を突き飛ばして、大きく跳びすさる。


「おまえ、今のは……!」

「おまえ一人で墜ちていくなんて寂しいだろうから、道連れを作ってやったよ。それにしても、滑稽だなあ。千華姉さんがここにいなければ、沖田は俺を殺すことができてただろうにね。恋い慕う相手を不幸にすることしかできないなんて、哀しい間柄だな。あははははっ……!」

『薫……!』


口元を拭いながら、私は薫をーー千鶴に似た義理の弟を睨みつけた。
だが薫は意に介する様子もなく、私たちを悠然と見下ろしている。


「これで二人共、仲良く羅刹だ。一緒に地獄を旅するといいさ。」

「この……!」

「そうそう。もう一つ教えてやろうか。沖田、おまえ確か、労咳を治して元通り剣を振るいたいと思って変若水を飲んだんだよね?」


嘲弄するような口振りで言った後、口元を歪めながら笑う。


「残念だけど、変若水に病を治す力なんてないよ。むしろ、病と戦う為の体力を、ますますすり減らしていくだけだ!おまえには、血を吐いて惨めったらしく死ぬ道しか残ってないんだよ!あはははは!」

「待てっーー!」


総司は、薫へと刀を見舞うがーー。
彼の身体はそのまま、霧のようにかき消えてしまった。


『く、う……!』


総身が熱くなり、激しい眩暈と吐き気に襲われる。
まるで、別の生き物が身体の中に息づいているかのようだ。


「千華、しっかりして!」


総司の手が、私の肩へとかかった。
目の前には、心配そうに息を詰める彼の顔がある。


『だ……、いじょうぶ……よ……』


何とか微笑みを作ろうとするけど……。
目の焦点が合わず、眼前の総司の姿をうまく捉えられない。
総司は目をきつくつぶり、自分が傷付けられた時以上に辛そうに唇を噛んだ。


「…………ごめん。僕があの時迷ったせいで、あいつを殺せなかった。しかも、千華をこんな目に……!」

『そんな……』


悔しげに声を絞る総司に、申し訳なさが募る。


『……総司のせいじゃないわ。私が油断してたせいで……』


だけど総司は、唇を噛んで首を横に振る。


「……僕のせいだよ。たとえどんな敵が現れたとしても、君を守りきれるって……自分の力を過信してた。」


そう言った後、彼は顔を伏せたまま独り言めいた言葉を漏らす。


「……僕は、一体何の為に剣術を学んできたんだろう。肝心な時に、守るべき人を守ってあげられなかったなんて。」


総司の顔には、悔悟の色が滲んでいる。
彼にこんな表情をさせてしまっていることが、悔やまれてならなかった。


「……身体、大丈夫?」

『平気。少し、眩暈がするだけで……』

「……そっか。」


多分、鬼の力が抗っているのだろう。
歴代の頭領の中で随一と言われるほどの鬼の力が強い私の中にまがい物の血が混じったのだ。
今身体の中では、変若水の力と鬼の力が抵抗し合っているのだろう。
眩暈とか頭痛とかで立っているのがやっとだが、今はそんなこと言ってられない。


『それよりも、急ごう。近藤さんと合流しないと……』


すると総司は、何か言いたそうな表情で空を仰いだ。


「その必要はなさそうだよ。」

『えっ……?』

「もう、戦いは終わったみたいだ。銃声が聞こえないでしょ?」


その言葉に、私ははっとする。
いつもの私ならそんなことすぐにわかるはずなのだが、今の身体ではいつもの思考力まで落ちているようだ。


『ということは、近藤さんは……』


全身から、血の気が引いた。
近藤さんのことは、山崎君に任せたけど……。
果たして本当に、守りきることができたのだろうか?


「……とりあえず、江戸に戻ろう。大丈夫、近藤さんは死んだりしない。何があっても、死なせるもんか。」


自分に言い聞かせるように呟いた後、総司はぽつりと漏らす。


「結局……、今回も役に立てなかったね。」


その声は山風にまぎれ、やがては消えてしまった。


[*prev] [next#]
[main]