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- ナノ -
13


そして、総司の傷がようやく癒えた頃ーー。
山崎君が、行李を手にして隠れ家を訪れた。
私も渡されたものを着て、自分の服装をぐるりと見回した。
白いワイシャツを腕まくりし、そして下は黒色のスカートと言われるものをはいている。
腰までで袖なしの黒と桜色の陣羽織を着て、薄桃色の桜が描かれている透けた腰巻きの着物。
刀を差すための白い腰紐を結んで髪の毛を右耳の位置で一つに結う。
そして最後にニーハイと言われた中世のヨーロッパなどで貴族が履いていた靴下と膝までのロングブーツ。
それが今の私の格好だった。

このスカートというのがはきなれない。
スースーする。

私は、もう一度身体をぐるりと見回して総司の部屋へと入った。


「これが、西洋の服か。ずいぶんと窮屈なんだね。まあ、刀を振るには都合が良さそうだけど。」

「副長の指示です。鳥羽伏見の戦で、薩長側は皆、洋装に身を固めていましたから。」


なるほど。
だから、私にも配られたわけね。


「……それ、嫌味?あの時ずっと大坂城にいた僕が、そんなこと知るはずないでしょ。」


山崎君に毒づいた後、総司は、不意にこちらを振り返った。


「どうしたの?ぼーっとして。この格好、そんなに変?」

『えっ?いや……えっと……』


総司がどんな答えを求めているのかは、何となくわかるけど……。
それをそのまま口にしたら、また、意地悪なことを言われてしまいそうだ。


『……見慣れないから不思議な感じだけど、動きやすそうな格好だね。』

「……そういうことを聞いてるんじゃないんだけど。もしかして、わざととぼけてる?」


やっぱり誤魔化しなんて、総司には通用しないみたい。


『……似合ってるよ、すごく。』

「どうして目を逸らすの?ちゃんと目を見て言ってくれなきゃ。」

『それは、自分でもよくわからないんだけど……』


ちらりと総司の方を見ようとすると、なぜか胸が高鳴って……。
視線を合わせていることができなくなってしまう。
……逆の立場ならともかく、どうして私が照れてしまうんだろう?


「要するに、僕に惚れ直したってことでいいのかな?」

『っ……!』


とんでもない不意打ちに、心臓が跳ね上がる。


『ほ、惚れ直すってーーそんなことないから!』


平静を装ったつもりだけれど、ひとりでに声が上擦ってしまう。
すると、総司はーー。


「……そんなに力一杯否定しなくてもいいじゃない。ただの冗談なのに。」

『え、あ、いや……』


総司の悲しげな表情に、私は凍りつく。
さっきの言葉は、いくら何でもきつすぎただろうか。


『あ、あのね、総司……!』


名前を呼ぶけれど、彼は私と目を合わせてくれようとしない。


『きつい言い方しちゃって、ごめん。その格好……、その……、とても素敵です。格好いいよ。』


私が懸命に、そう言うとーー。


「そう、ありがとう。今の君の顔、見ものだったよ。」

『っ……』


この勝ち誇った顔……。
何だか、すごく悔しい……!


「千華だって、かわいい格好してるじゃない。」

『やめて、言わないで。』


私の格好には触れないで欲しい。
総司は横結びにした私の髪を一房取って、スルリと梳くように撫でた。
私は何だかそれが恥ずかしくて、総司の髪へと視線を向ける。


『……そういえば、髷、落としちゃったのね。』


すると総司は名残惜しそうに、髷があったところに手を伸ばす。


「近藤さんと同じ形にしてたんだけどね。……大事なのは形じゃなくて、気持ちだから。」


総司は、大切な髷を落としてまで、この筒袖を着ることにしたんだ。
きっと近藤さんの為、次の戦いは絶対に勝たなくてはいけないという決意の表れに違いない。


「山崎君、出立は何日なの?もう体調は万全だし、今すぐにでもここを出たいんだけど。確か次は、甲府で戦うんでしょう?」


何でも幕府から命令が下り、新選組は、新政府軍から甲府城を守ることになったらしい。
大手柄を立てる絶好の機会だと、近藤さんはとても張り切っているとのことだ。


「それを決めるのは、明日、松本先生に傷の様子を見て頂いてからです。」

「また?松本先生の診察なら、もう散々受けたじゃない。」

「念には念を入れて、です。もし傷が治っていなければ、参戦させぬようにと副長から言われていますから。」

「何それ?僕が一緒に行くと邪魔だってこと?」

『……総司。邪魔だなんて、そんな……』

「だって、そうでしょ?いざという時、僕以外の誰が近藤さんを守れるっていうの。」

『……土方さんは、総司の体調を気遣ってるんだと思うけど。』

「何を気遣ってるのさ?傷だって、労咳だってもう治ったのに。」


不機嫌に呟いた後、総司は独り言のように言った。


「にしても土方さん、全然反省してないよね。あんな大怪我をさせたのに、まだ近藤さんを戦場へ連れ出すなんて。」


背筋が凍るような冷ややかな怒りが、その瞳には宿っている。
だけど、その口振りは妙に幼くて……。
まるで、仲間外れにされたことを拗ねている子どもみたいだった。


「副長が、私情で隊を動かすことなどありません。新選組の為に必要だと判断なさったからこそ、近藤局長にご同行を求めたのです。」

「新選組の為に必要なら、剣を持てない人を戦場に連れ出してもいいんだ?」


総司の言葉に、山崎君は声を呑んだ。

……近藤さんは、昨年肩に負った傷のせいで、刀を振るうことができなくなってしまったのだ。


「……近藤局長のお役目は、隊の指揮です。実戦の場に出るわけではありません。」

「そんなの、戦況次第でどうなるかわからないでしょ?見栄と体裁は気になるけど、近藤さん本人のことはどうでもいいっていうのが、土方さんの本音なんだろうね。」

『総司……!』


たしなめるように言葉をかけるが、彼の耳には届いていない様子だ。


「……近藤さんは、僕が守る。土方さんにも、他の誰にも利用なんてさせない。」

『…………』


総司は……。
近藤さんが絡むと周りが見えなくなり、土方さんに対しては誰よりも辛く当たる。
近藤さんと土方さんは、彼にとってそれだけ特別な存在だということなんだろうけど……。

そして、翌日。
総司の診察を終えた松本先生は、頷く仕草をしながら言った。


「傷は塞がったみたいだな。この様子なら、問題はなさそうだが……」

「だから言ったじゃないですか。山崎君もこの子も、心配性なんですよ。」

『おめでとう、総司。これで近藤さんの為に戦えるわね。』

「千華、僕本人より喜んでるよね。僕が治ったことが、そんなにうれしい?」

『……ええ、もちろん。』


鳥羽伏見の時の総司の無念の表情を見ているからこそ……。
こうして再び彼が刀を持てるようになったことは、うれしくてならなかった。


「……沖田君、本当に甲府へ行くつもりなのかね?」

「何です?まさか今更、駄目だなんて言うつもりじゃないでしょうね。」

「そういうわけじゃない。だが……」

「止めても無駄ですよ。置き去りにされるのは、もう嫌ですから。」

「……そうか。そうだろうな……」

『松本先生?』


先生の歯切れの悪い言葉に引っかかりを覚えて、そう呼びかけるとーー。


「彼女も連れて行くつもりなのか?置いていくなら、私が面倒を見るが。」


すると総司は、ちらりとこちらへ目配せする。


「そんなの、聞くまでもないよね?一緒に来るでしょう?【ここにいて】って言っても、どうせ前みたいに僕の後を追いかけてくるに決まってるし。」

『っ……!』


何気なく放たれた総司の一言に、私は言葉をなくしてしまう。


「ん、どういうことだね?」

「千華、僕のことが心配でしょうがないらしいですよ。肩時も目を離せないみたいで、皆を振り切って僕を追いかけてきたこともあるんです。」

『い、いや、それは……!』

「あれ、どうしてうろたえてるの?本当のことじゃない。」

『それはそうだけど、何も先生の前で言わなくても……!』

「……顔、真っ赤だよ。もしかして風邪?その様子じゃ、一緒に連れて行ってあげられないかなあ。」


総司の瞳が、悪戯めいた光を宿す。

……多分。
いや、絶対私のことをからかっているに違いない。


『総司は、意地悪だよね……』

「あれ、今頃気付いたの?僕は前から、こうだったじゃない。」


知ってるけども……!

松本先生は沈黙したまま、私たちのやり取りを眺めていたけど、やがて、ぽつりと呟く。


「汐見君は、沖田君のことを憎からず思っているのかね?」

『へ?いやいや、松本先生、誤解しないでください。今のはただの冗談で……!』

「冗談なんかじゃないですよ。具合が悪い時もずっと、付きっきりで看病してくれましたし。」


総司は得意そうに答えるけれど、先生の表情は沈んだままだ。


「そうか。沖田君のことを……」


厳しい表情を浮かべたまま黙り込む松本先生に、私は再び違和感を覚えた。


『あの、松本先生……?』

「……いや、何でもないんだ。怪我が治ったとはいえ、無理は禁物だからな。沖田君に無茶をさせないよう、くれぐれも気を付けてやってくれよ。」

『はい、わかってます。』

「……やれやれ。僕ってそんなに信用ないんですかね?ここ数ヶ月はちゃんと先生の言うことを聞いて、大人しくしてたと思うんですけど。」


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