一話 慶応三年十一月ーー。 ざぁっと落葉を吹き飛ばして、一陣の風が吹く。 大通りを抜ける冷たい木枯らしに、私は身を震わせた。 『もうすっかり真冬だね、左之さん。』 「ああ。この時期の冷え込みは本当、厳しいなんてもんじゃねえよな。だが、今は昼だからまだましだろ?寒い夜の巡察がどれだけ辛いかっつうのは千華も知ってんだろ……」 煙のような息を吐き出しながら、左之さんは笑う。 今日、私は十番組と一緒に巡察に出ていた。 ここの所、よく他の組と一緒に巡察にでることが多くなった気がする。 自分の隊は最近夜が多いから、昼間に巡察に出るのは嬉しいことだ。 『はぁ……』 私はそっと、かじかんだ手の平に息を吐きかけた。 「何だ、寒いのか?手でも繋いでやろうか。」 『い、いいよ、別にっ。これくらいの寒さなら、大丈夫だし……!……あれ?』 向こうから歩いてくるのって……。 「よう、二人共!今日もいい天気だな!」 「……こいつだけは、寒さとは無縁だよな。」 「ああ!?よりによって、その格好のてめえに言われる筋合いはねえぞ!」 あんたもだよ。 二人とも私からみたら、寒そうな格好してるよと、新八さんと一緒にいた千鶴の頭を撫でながら二人をしらけた目で見る。 二人のやり取りは、言葉こそぶっきらぼうだけど……。 その端々に温かみが感じられて、仲の良さが窺える。 「何だよ、そんなにやにやして?」 「そりゃ、おまえがいつも通りの間抜けな面をさらしてるからに決まってるだろ。」 『違うっつの。前にもさあ、巡察中に他の隊士に会ったことがあるのを思い出してね。ね、千鶴。』 「うん。」 たとえば、薫さんと会った時とか。 「あの時は確か、沖田さんと平助く……」 そう言いかけて、千鶴は続く言葉を呑み込む。 平助や一君が御陵衛士に加わり、新選組を脱退してから、もう半年以上が経つ。 二人も、同じことを思ったのか、表情が曇った。 「えっと、その……」 困惑する千鶴に助け舟を出すべく、私は彼女の顔を覗き込んで笑みを浮かべた。 『最近、色々なことが起こり過ぎて、前のことが懐かしくなったんだよ。』 「まあ、そうだな。世間も新選組も、色々あったからな。」 「はい……」 「……しかしまさか、俺たちが直参に取り立てられる日が来るとは思わなかったけどな。」 『あぁ、屯所を、不動堂村に移転する時だったよねえ。』 確かその時も、離隊すると言いだす人が出て、大もめになったのを覚えている。 うまく離隊できた人もいたけど、何らかの名目で羅刹隊に回された隊士もいた気がする。 近藤さんは、直参に取り立てられたことをとても喜んでいたけど……。 「三人は、どう思ってらっしゃるんです?」 「ん?まあ……正直、柄じゃねえよな。」 「別に、幕府の家来になる為に、今まで戦ってきたわけでもねえしな。」 『まあね。』 【直参】は徳川家直属の武士を指すから、他藩の大名に使える家臣とは全く立場が違う。 新選組が幕府寄りじゃなく完全に幕府の一部となると、反発を覚える人もいるということなんだろう。 色々と話を聞きながら、結構な距離を歩いたと思う。 「でも……、これからどうなってしまうんでしょうか?先々月は、親王様が新しく天子様になられたと聞きますし。確か先月は、大政奉還が行われたんですよね?徳川幕府が、天下を治める大権を天子様にお返しになったとか……」 「ああ。坂本龍馬が考えた策らしいな。お陰で、戦をやって天下を取りたかった薩摩や長州の奴らから相当怨まれることになったらしいが。」 「幕府寄りの奴からは元々嫌われてたから、日本中の浪士から怨まれることになったってことだな。」 『……とはいえ、これで薩長側も戦をする大義名分がなくなっちゃったし、今の調子で、このまま続いてくんじゃないの?』 「将軍はそのまんまだし、徳川家が依然、日本で一番でかい大名家だってことは変わりがねえしな。薩摩の奴らが、何やら怪しげな動きを見せているのが気にかかるが……」 『ま、幕府側が挑発に乗らなきゃどうってことはないでしょ。』 「なるほど……」 ちらっと視線を流しても、町の様子は何も変わっていない。 呼び込みをする旅籠に、美味しそうな香りが漂ってくる茶店。 あちこちに散在する寺からは、線香の匂いが漂ってくる。 お上の事情など関係なく、町の人はいつも通りの生活を送っているのだ。 だけど……きっと、今この瞬間も時代は流れているのだろう。 私たちの意志なんて無視して巻き込むぐらい、大きな流れになって。 それはそうと……、私はふと疑問を口に出した。 出してしまった、と言ったほうがいいかもしれない。 『……新八さんってさ、実はすごく政治に詳しいの?』 「ひとつ聞いていいか?……今まで何だと思ってたんだ、俺のこと。」 『あ、いや、それは……じゅ、巡察を続けようよ。冬は、日が落ちるのが早いからねえ〜ははっ。』 「ごまかしたな……」 |