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一話

慶応三年三月ーー


「あーー見てください沖田さん!千華ちゃん!桜が見事ですよ!ほら!」


季節は移り変わり、今は春。
京の都には桜が咲き誇っていて、町全体が華やいだ雰囲気に包まれていた。
そんな穏やかな春の陽気に、ついつい足取りも弾んでしまう千鶴するの気持ちもわからんではないけども……。


「このところ暖かくなってきたし、今日はいい天気だし、浮かれる気持ちもわからなくはないけど……」

『一緒に歩いてる俺たちのことも少しは考えてほしいなあ。』


私と総司の言葉に千鶴がはっとして、改めて辺りを見回すとーー。
はしゃぐ千鶴の様子を、町の人たちが怪訝な顔で眺めていた。


「……き、気を付けます。」


今日は総司に頼まれて一番組の巡察に同行していた。
勿論、千鶴も一緒に。
千鶴は小さく息を吐くと、周囲に視線を向けた。


「あっ、千華ちゃん、総司さん。」

「『何?』」

「そこの細い路地の辺り、私たちを見てこそこそと去っていく、浪士たちが居たみたいですけど……」

「そんなの、いちいち気にしてもしょうがないでしょ。」

「……いいんですか?」

『もし本当に尊攘派の浪士だったら、もっと堂々としてるはずだよ。俺らの姿を見て慌てて逃げるような連中は正直言って雑魚だよ、雑魚。』

「はあ……」

「まあ、僕たちに絡んでくるほど度胸がある浪士なんて、今の京にはいないと思うけどね。」

「新選組も、京ではすっかり有名になりましたもんね。その羽織着てると、すごく目立ちますし。」

『まあ、目立って困ることもあるけどね。』


着ていれば一目で新選組だとわかるし、便利なことも多いけど……。
この隊服については、隊内でも賛否両論なのだ。
伊東さんなんて、お洒落じゃないという理由で反対してたと聞く。


「……そういえば、伊東さんはもう京に戻ってきているんですか?」

「そうみたいだね。別に、帰ってこなくても良かったんだけど。」

『帰ってこなくても困ることはないし。むしろこっちとしては嬉しい限りだし。』

「……駄目ですよ。そんなことを言っては。確か、新しい隊士さんを募集しに行ったんでしょう?」

『まあ、そういうことになってるけど。……実際、どこまで行ってきたんだろうね。』

「詳しくは聞いていませんけど、予定よりずっと色々な場所を回ってきたとか。隊士集めのためにそれだけ頑張ったなら、伊東さんはすごく新選組思いな人ですね。」


新選組思い……ねえ……。


「ふうん、君はそう思ってるんだ。」

「……違うんですか?」

「ううん、違わないけどね。」


思わせぶりに言った後、総司は、ぽつりと呟く。


「近藤さん、優しいからなあ……。あんな人、早く斬っちゃえばいいのに。」

『同感……』

「……駄目ですよ。たとえ冗談でも、同志の方を斬るなんて言っては。」

「『同志ねえ……』」


嘲るように言った後、私と総司は黙り込んだ。
私たち幹部は、伊東さんのことを以前から快く思ってない。


「ーー薫さん!」

「ちょっと、どこに行くつもり?」


列から外れようとした千鶴は、総司に呼び止められる。


「ーーごめんなさい、千華ちゃん、沖田さん!どうしても確かめたいことがあるんです!」

『千鶴!』


千鶴は私たちの制止を振り切って、人混みの中へ飛び込んだ。


「はあ……。勝手な行動は慎めって、いつも言ってると思うんだけど。面倒を見させられるこっちの身にもなってほしいな。」

『ったく……』


私たちは急いで彼女の後を追いかけた。

千鶴は息を切らせながら、全力で走って、走ってーー。
千鶴はようやく、彼女に追いついた。


「あなたは……」


千鶴が追いかけていたのは、以前出会った千鶴にそっくりな女の子ーー薫さんだった。


「どうなさったんです?そんなに息を切らせて。」

「ご、ごめんなさい……。驚かせてしまって。あの……薫さん。私のこと、覚えてますか?」

「ええ、新選組の方たちと一緒にいた人ですよね。覚えています。」

「あなたに、一つお聞きしたいことがあるんです。いいですか?」

「まあ、何でしょう?」


千鶴は息を呑んでから、慎重に言葉を選んで問いかける。


「……以前、新選組の隊士さんが、三条大橋の近くで私とよく似た女の子を見かけたらしいんです。それって、もしかして……薫さんですか?」

「さあ……。三条大橋は普通に通るところですけど。もし私がそこに行ったとして、何か問題がおありになるのですか?」

「あ、そうですよね……」


薫さんは軽く目を細めた。


「もしかして、あなたがお聞きになりたいのは……夜のその場所へ行ったことがあるかどうか……、ではありませんか?」

「……!!」


私と総司はゆっくりと彼女たちに歩み寄った。


「もしかして、あの晩、新選組の邪魔をしたのはーー」

『もしそうなら、問題大ありだね。君には死んでもらわなきゃならないかなあ。』

「あっ、千華ちゃん、沖田さん……」

「これは、新選組の沖田さんに汐見さん。いつぞやは、どうもありがとうございました。」


薫さんは軽く頭を下げたが、私と総司はそれを無視する。


「で、答えはどっちなのかな?心当たりはあるの?ないの?」


表情は笑顔だったけど、その立ち居振る舞いには隙を見せない。
薫さんとの間合いを目で測り、いつでも抜刀できるような体勢を取る。


「死んでもらうなんて……。そんな恐ろしいこと、仰らないでくださいな。三条大橋なんて、昼間は誰でも通る所ではありませんか。それに、夜なんて……。あの制札の騒ぎがありましたから、怖くて近づけません。ただ雪村さんに顔が似てるというだけで私を疑うなんて、ひどいです……」


悲しげに目を伏せる彼女を見て、千鶴は慌てて首を横に振った。


「……あ、いえ、違うならいいんです。不躾なことを訊いてしまって、すみません。」


謝る千鶴に私と総司は目を合わせた。


『……甘いなあ。そんな簡単に疑いを解くなんて。もし犯人だとしても、自分から【私がやりました】なんて言うわけないじゃん。』

「それは……」

「彼女を信じてあげようと思ったのは、どうして?自分と似た顔をしているから?それとも、女の子だから?」

「…………」


その問いに答えられず口をつぐむと、薫さんはさりげなく一歩下がる。


「……もう、行っても構いませんか?用事がありますから、失礼します。」

「あっ、薫さん……」


薫さんはまるで逃げるように、その場から立ち去った。
千鶴が追いかけようか迷っているのを横目で確認したその時だった。


「……こほっ、こほっ!こほっ!!」

「沖田さん!?大丈夫ですか?」

「げほっ、ごほ、げほっ……!」

『総司っ!?』

「……来るなっ!」


駆け寄ろうとした私を、総司は手を上げて制する。


「こほっ、こほっ……。大丈夫……だから。千華たちは……、そこでじっとしていて。こほっ、こほっ、こほっ……」

「『…………』」


言葉よりも、総司の全身から立ち上る気迫のようなものに圧されて、私も千鶴もその場に立ち尽くす。
彼はしばらくの間、肺が潰れそうな咳を繰り返していたけど、やがて……。


「はあ……はっ、はあ……」


ようやく咳が終わり、汗を拭いながら顔を上げてくれる。


『総司さ……本当に大丈夫?』

「……何が?」

「何がって……どこかで休みませんか?顔色も良くありませんし……」

「顔色が悪いのは、君を追いかけて走ってきたせいだよ。それに、今は巡察の最中でしょ?休んでる暇なんてある筈ないじゃない。」

『でもあんた……』

「もう大丈夫さ、落ち着いたから。それよりも……さっきの人……薫さんのことだけど。」


総司は腕を組んで千鶴を見下ろした。


「制札事件のことを確かめたかった気持ちは、よくわかる。大事なことだからね。でも、それなら尚のこと、一人で動くのは無謀だよ。もし彼女が敵で、仲間が近くに隠れてたらどうするつもりだったの?君一人で、対処できた?」

「それは……」

「無用な心配だったって言い切れる?彼女が君をおびき寄せるつもりだったとしたら?この場所は、人目にもつかないし、叫んでも声が届きにくい。格好の襲撃場所だよ。」

「……はい。」


確かに今日は違ったけど……。
もし薫さんが敵だったら、そして、彼女が罠を張っていたとしたら。
今、こうして無事でいられたかどうか、わからないのだ。


「巡察に同行してる以上、行動には注意してくれないと。君は役立たずの子供なんだってこと、少しは自覚したら?」

『総司。』


千鶴は拳をぎゅっと握ったまま、うなだれる。


「……すみません。」


余計な迷惑をかけたことに頭を下げると、総司は肩をすくめた。


「……やれやれ。お説教なんて柄じゃないんだけどね。」

『ならしなければいいでしょ。』

「あの、私ーー」

「妙な遠慮はやめなよ。頼るべきときは、頼ればいいんだからさ。君には散々迷惑かけられてるし、今更、何とも思わないけどね。千華だって、頼っていいんだからね。」


そう言って、総司は微かに笑った。


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