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一話

年が明けーー。
元治二年となった二月のある日の朝食後。
千鶴が大量のお茶をお盆に載せて、広間の戸を開けた。


「皆さん、お茶が入りました。」

「おお。すまないね、雪村君。」


こぼさないよう注意しながら、一人一人の前に置いていく。
源さんは、お茶を軽くすすってから目を細めた。


「やっぱり寒い日には熱めのお茶がうまいねえ。」

「ありがとうございます。」


千鶴が嬉しそうにしているのを微笑ましく見て、私は目の前に置いてもらったお茶を一口すすった。


『千鶴、おいで。』


声をかけると、嬉しそうに頷いて私の隣に座る。
そんな時、土方さんが不意にぽつりと呟いた。


「八木さんたちにも世話になったが、この屯所もそろそろ手狭になってきたか。」


土方さんの言葉に視線を向けると、左之さんと新八さんが口を開いた。


「まあ、確かに狭くなったな。隊士の数も増えてきたしよ……」

「広い所に移れるんなら、それがいいんだけどな。」

『雑魚寝してる連中、かなり辛そうだもんね。』

「だな。前川邸で寝起きしてる連中なんて、毎晩押し寿司みてえになりながら寝てやがるぜ。あれじゃ疲れが取れねえだろうし、何とかしてやりてえよな……」

「そんなこと言ったって、僕たち新選組を受け入れてくれる場所なんてないでしょ。僕たち、京の嫌われ者だしね。」


総司が軽い調子で言った、その言葉に答えるように……。
近藤さんの隣に座っていた人が、広げていた地図の一点を指差しながら言う。


「西本願寺……、というのはどうかしら?」

「西本願寺ですと?……先方の同意を得られるとは思えませんが。」

「でも、数百人の隊士が寝起きできるほど広い場所なんて、他にないでしょう。それにあの場所なら、いざという時も動きやすいと思うのだけど。」


ーーこの人は、伊東甲子太郎さん。
先日、平助の誘いで入隊し、新たに新選組の参謀となった人だ。
江戸で北辰一刀流の道場主を務めていたらしく、学識も確かな人らしい。


「それに西本願寺は以前、長州浪士を匿っていたこともあると聞きますわ。我々が西本願寺に移れば、浪士たちは身を隠す場所を一つ失うことになります。」

「そこまで考えての選定というわけですか。成る程……!」


近藤さんが感心した様子で声を漏らす。
だけどそれに異を唱えるように、静かな声が差し挟まれた。


「……僧侶の動きを武力で抑えつけるのは、いかがなものかと思いますが。」


伊東さんは眉をぴくりとうごめかせ、山南さんの方を見やりながら答える。


「寺社を隠れ蓑にして好き勝手な振る舞いをしていたのは、長州浪士の方ではなくて?京の治安を乱す不逞浪士に配慮して差し上げるなんて、山南さんもお優しいこと。」


伊東さんの言葉を受けて、山南さんは、悔しそうに顔を伏せる。


「……尊攘過激派を抑える必要がある、という点に関しては同意しますが。」

「じゃあ、何だ?斬り合う時は【やあやあ、我こそは】って名乗りを上げて、正々堂々とやるべきだ、とでも言うつもりか?不逞浪士共がそんな、鎌倉武士みたいなご作法に付き合ってくれりゃいいがな。」

「……三郎、口を慎みなさい。」

「おっと、悪い。つい本音が出た。」


この人は、伊東さんと一緒に入隊してきた三木三郎。
何でも、伊東さんとは実の兄弟らしい。


『本音とか云々偉そうなこと言う前に、もっと自分の実力あげたらどうだ?』

「おい、千華。」


私が言った言葉に左之さんが咎めるように名前を呼んだ。
三木三郎とはこの前稽古をして以来仲がすこぶる悪くなった。

まぁ、結果なんていわずとも、私が圧勝しましたけどね。

それ以来三木は私に口答えしようとしても、稽古の試合の時のことが頭を過るらしく、すぐに押し黙ってしまうらしい。
実力の差って奴ですよって自慢気に語ったら土方さんと左之さんと新八さんに頭を叩かれたのは記憶に新しい。


「皆さん方、ごめんなさいね。この子は昔から、口が悪くて……」

「口が悪い奴ならうちにも一人いるよな。」


ぼそりと告げられた新八さんの言葉に私はギロリと彼を睨みつけた。

悪かったな、口が悪くて。


「……山南さんも、お気を悪くなさらないでくださいな。あなたのような方も、新選組を大きくしていく上では必要だと思いますし、たとえ左腕が使い物にならなくとも、その才覚と学識は隊の為に大いに役立つ筈ですわ。」


伊東さんの言葉に、山南さんが唇を噛むのが見えた。


『千鶴、後ろにいな。』

「え?……あ、はい。」


私が声をかけたことにより、彼女は大人しく私の一歩後ろへと下がった。
間違いなく、伊東さんは私たちの地雷を踏んだ。
そしてーー。


「ーー伊東さん、今のはどういう意味だ。」


それまで沈黙していた土方さんが、敵を詰問する時のような声音で言った。
伊東さんは、少し驚いた様子で目を見開いている。
緊迫な雰囲気に千鶴が私の着物の袖を握った。


「あんたが言うように、山南さんは優秀な論客だ。……けどな、剣客としてもこの新選組に必要な人間なんだよ!!」


この言葉はまぎれもなく、土方さんの本音だ。
だけど……。


「ですが、私の腕は……」


土方さんの言葉で、山南さんはますます気落ちした様子だった。
自分の言葉が山南さんをより落ち込ませてしまったことに気づいてか、土方さんは苦い表情になる。


「……ごめんあそばせ。私としたことが、失言でしたわ。山南さんは、皆さん方の大切なお仲間ですものね。仲がよろしくて結構なことですわ。……新たに入隊した隊士たちも、同じ気持ちでいてくれるといいのですけど。」


伊東さんの言葉に、土方さんは再び目を剥いた。
険悪になった雰囲気を取り繕うように、近藤さんが言う。


「とりあえず、屯所移転の件に関しては、もう少し話し合ってから決めるということで……。伊東さん、この後お付き合いを願えますかな?先程の件について、もう少し詳しい話をお聞きしたいので。」

「ええ、喜んで。」


二人の様子を見て、端にいた武田も慌てた様子で立ち上がった。


「近藤局長!私もご一緒して構いませんか?」

「いいとも。是非君も伊東さんの話を聞いて、大いに見識を広めてくれたまえ。新選組幹部といえど、剣術ばかりではいかんからな。これからは、広い視野と深い知識を身に着けねばな。」

「は……」


近藤さんはそのまま伊東さん、武田と連れ立って、広間を出て行ってしまう。
そして、残っていた三木も……。


「……ふん。」


冷笑を浮かべて残る面々を見やった後、広間を出て行こうとしたので、私は三木に視線を向けた。


『三木……』

「……」

『次は勝てるように期待しとくから。』


ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらそういうと三木は悔しそうに顔を歪めながら広間を出て行った。
彼らの足音が聞こえなくなってから、総司は、うんざりした調子で呟く。


「……まったく。誰なのさ?あんな人たちを連れてきたのは。」

「犯人はまだ江戸にいるだろ。……平助の野郎、帰ってきたらとっちめてやる。」

「伊東さんは、尊攘派なんだろ?長州の奴らと同じ考えの奴が、よく新選組に入る気になったもんだな。」

「尊王攘夷だからって長州と同一視されるのは心外らしい。そもそも尊王とは……とか何とか、わけのわからないことを抜かしてやがったんだよ。近藤さんも近藤さんで、あっさり丸め込まれやがって。」


土方さんの言葉を聞きながら私は千鶴を元の私の隣の位置に戻させた。


「近藤さんって、お人好しですからね。ああいう、口が上手くてお腹の中が真っ黒な人に騙されやすいんだよなあ。」

「その伊東さんが参謀で、弟が九番組組長か……。面倒くさいことになったぜ。そういや、千華。おまえ、あの弟と試合して勝ったんだろ?」

『まあね。』


左之さんの言葉に頷きながらお茶を飲む。
やがて土方さんは、力なくうなだれたまま床を見つめている山南さんに声をかける。


「……山南さん、あんな奴の言うことなんざ気にするんじゃねえぞ。」


だけど山南さんは乾いた笑みを漏らし、小さくかぶりを振った。


「伊東さんは学識も高く、弁舌にすぐれ、剣の腕も確かな方ですよ。……優秀な参謀の入隊で、ついに総長はお役御免というわけですね。」

「おい、山南さん……!」


山南さんはそのまま、土方さんを振り切るように広間を出て行ってしまう。


「……山南さんも、気の毒にな。あの調子だから、近頃は、隊士連中にも避けられちまってる。」

「えっ?避けられてるって、どうして……」


左之さんの言葉に私の隣に座っていた千鶴が疑問を投げかけた。
それを受け取って新八さんが目線をそらしながら答える。


「無理もねえだろ。どんな言葉をかけても全部、悪く取られちまうし。何を言っても皮肉と嫌味しか返ってこねえから、隊士たちも怯えちまって近付かねえんだよ。」

「そんな……」


怪我をする前の山南さんは、他の隊士たちから慕われていたのに。


『土方さん、伊東さんたちなんて適当な理由をつけて追い出しちゃってくださいよ。』

「そうですよ。あの人たちが来てから僕、毎晩嫌な夢ばっかり見るんですよね。」

「んなこと、できるわけねえだろうが。近藤さんは、すっかり伊東さんに心酔してるみてえだしな。伊東さんと一緒に入隊してきた連中も、そんな扱いをされりゃ黙っちゃいねえだろ。」

「役に立たない人だなあ。無理を通すのが、鬼副長の役目でしょ?」

『そうですよ、役立たず。』

「んじゃ、てめえらのどっちかが副長やりゃいいだろうが。で、あいつらを追い出せ。」


私と総司は土方さんの言葉に顔を見合わせた。


「『あはは、嫌に決まってるじゃないですか。そんな面倒くさいの。』」


ここにいるほとんどの人たちが伊東さんのことをよく思っていない。
そんな中、黙ったままお茶を啜っている人がいる。


「あの……」


千鶴が声をかけると、一君は静かに顔を上げた。


「斎藤さんは、どう思ってらっしゃいます?伊東さんたちが入隊したことについて……」

「……様々な考えを持つ者が属してこそ、隊というのは広がりを見せるものだ。」

「それじゃーー」

「だが、無理に広げようとすると、内部から瓦解を始めることもある。」


……その発言は、縁起でもないよねえ。

人手不足が解消されたのはありがたいことだけど……。
伊東さんの存在は、私たち幹部隊士の皆にとって頭痛の種となった。


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