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一話

元治元年六月末ーー。
池田屋事件が終わって数週間が過ぎていた。
その間、新選組は池田屋から逃げた不逞浪士を捕まえるために、京の巡察を厳しくしていた。
過激浪士が新選組に仕返しに来るという噂が広まっていたり、巡察中に起こった他藩との問題があったりして、新選組ではとてもピリピリした日々が続いていた。
それが、なんとか落ち着いてきた頃だった。

何もすることもなくて、だら〜んと部屋の中で怠けているとガラリと無遠慮にふすまが開けられた。
寝転がったまま目だけをふすまの方に向ける。


「……何してやがる。」

『あー、土方さんだー』


何ともだらしない喋り方だろう。
だって、仕方ない。
里からの文も返してしまったし、何もすることがないのだ。
今日は巡察の日じゃないし。


「暇なら手伝え。」

『何を?』


ていうか、何をしに来たのだろうか。
私が暇をしてるって気付いてここに来たのだろうか。

顔に出ていたのだろう、土方さんはため息をつくと、腕を組んでふすまに寄りかかった。


「……さっきそこで源さんに会ってな。おまえが暇してるって聞いたから来たんだよ。」


げっ。
やっぱり源さんか。

私は遊びで膨らませていた頬から空気を抜くようにぷぅーと萎ませると、土方さんに両手を差し伸べた。


「なんだ。」

『起こしてください。』


土方さんは嫌そうにため息をつきながらも、私の両手を引っ張って起こしてくれた。
なんだかんだ言って優しいのが土方さんである。


『で、何を手伝えばいいの?』

「これから探す。」


………。
何かあったから来たんじゃないのね。

廊下を歩いていると、玄関の方から千鶴と誰かが話す声が聞こえた。
千鶴は今一人で掃き掃除をしているはずだが。


『誰か来てるのかな?』

「いってみるか。」


玄関の方へと来てみると、男性が千鶴と話していた。


「土方さん、千華ちゃん、あの、この方がーー」


千鶴が説明するより早く、彼は土方さんと私の元に駆け寄ってきた。


「あ……やっぱり、トシさん!それに千華ちゃんも!八郎です、お久しぶりです!」

「お、おめえは……八郎か?なんだってこんな所にいるんだ!」

『わぁ!久しぶりね、伊庭君!』


私と土方さんは伊庭君を一目見て、大きく目を瞬いた。
伊庭君は一瞬、私を見て少し寂しそうな顔を見せたがすぐに笑顔に戻った。

?なんだったんだろう……。


「ふふっ……驚きました?幕命で京視察に来てるんです。それより、新選組って本当にトシさんたちのことだったんですね!この目で見るまでは信じられなかったけど……おめでとうございます、本当に侍になれたんですね。」

「おい、冷やかすなよ。まだ扱いは浪人と同じなんだからよ。」

「でも、侍になりたいって夢が叶ったじゃないですか。」

「……冷やかすなっていってんだろ!」

「いいえ。江戸じゃ泣く子も黙る新選組っていったら、とても有名なんですよ。それに池田屋の話も聞いています。皆さん、とてもご活躍だったみたいですね。」

「……ふん。まあ、ぼちぼちってところだ。」


土方さんが珍しく、照れたように顔を逸らした。
それにクスクスと笑っていると、土方さんは私の方をチラリと横目で見る。


「まあ、どこかの馬鹿は女の癖に顔に怪我をしたがな。」


ギクッ。
私は肩を揺らして、此方を見つめる伊庭君と土方さんから顔を逸らした。
そうなのだ、私は池田屋の後こっぴどく幹部の皆から叱られた。
女が顔に傷を作るな!とそれはもう般若の顔で怒られた。

ずっと正座はきつかったなあ……。


「……千華ちゃん、あなたはもっと自分を大切にしてください。」

『いや、してるって。土方さんたちが過保護なのよ。』

「どこがだよ。無茶ばっかしてるおまえが悪いんだろ?」

『ちょっと黙ってくれるかな、土方さん。』


土方さんの言葉を遮るような早口でそう言うと伊庭君は私を見ながら懐かしそうに目を細めてぽつりと呟いた。


「……あなたのそういう所、昔から変わりませんね。」

『え?』


よく聞こえなくてもう一度訊き返すと、彼はすぐにニコリと笑みを浮かべて首を横に振った。
すると千鶴が私たちに声を掛けてきた。


「あの、土方さん。実は先日お茶屋さんで、武田さんから助けて下さったのはこの方だったんです。」


武田…?

訳がわからず首を傾げる私を他所に、土方さんは千鶴の言葉に眉を寄せた。


「ほう……そうだったのか。こいつが迷惑を掛けたっていうか、余計なもんを見せちまったようだな。」

「たまたま、通りがかっただけです。それに……私事中でしたから、何処にも報告はしていません。」

「そいつは……すまねえな。」


何かあったのかな?
まぁ、いいや、後で聞こう。


『土方さん。立ち話も何だし、中に入ったらどう?』

「そうだな。」


私が声をかけると、土方さんは複雑そうな顔で頷いて伊庭君を案内して中に入っていった。


『千鶴、行こう?』

「うん!」


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