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一話

文久四年一月中旬ーー。
千鶴がこの新選組の屯所で暮らし始めてから早くも一週間が過ぎようとしていた。
その間に彼女には専用の部屋が与えられ、そこから出ないように言われていた。

まぁ、私はちょくちょく千鶴に癒しを求めて彼女の部屋に通っているのだが。

千鶴の処遇が決まったその日、彼女は新選組預かりとなったのだが、女の格好をしているわけにもいかず、私と同じように男装をする事を義務付けられたのだ。
彼女の事情は広間に集まっていた幹部以外には一切話されることはない。
まぁ、土方さんから彼女に命ぜられた「何もせずに部屋に籠ってろ。」という言葉には、私と総司が一緒に「あれ?いいんですか?彼女、誰かさんの小姓になるんじゃなかったんですか?」と余計な口出しをして土方さんに咎められたのは記憶に新しい。

同じ男装をしている私でも気持ちはわかる。
女の身なのにずっと男装はさぞかし辛いだろう。
私みたいに、彼女は望んでここにいるわけではないのだから。


『ちょっと顔を出しに行こうかなぁ……』


暇になったので廊下を歩いていれば玄関先から新八さんの馬鹿でかい声が聞こえた。

まさかあいつら、また出かけようとしてるなぁ?

はぁとため息をついて向かえば、見えたのは今にも出かけようとしている左之さんと新八さんと、そして部屋にいるはずの千鶴の姿。
私は引き留めておいてくれてよかった…と千鶴に内心感謝を述べて三人の姿に後ろから近寄った。


「あのよ、昼から遊び歩くのはあんまり常識的じゃない、っておまえの言うこともわかるんだけどよ。」

「……はい。」

「近頃の京は何かと物騒なんだ、俺たち新選組だって、うかつに夜遊びできねえ。」

「……それはそうかもしれませんが……」

「だから常識に縛られずに行きたいときに行く!真っ昼間から遊びに行くことを迷わねえ!!」

「…………」


新八さんの言ってること間違ってるよ完全に。

まぁ、素直な千鶴の事だから新八さんの無茶苦茶な理屈に流され始めているんだろうけど、そうなられては困る。


『何が、常識に縛られるず……よ。いっつも昼夜問わず遊びに出掛けてるのは誰?』


振り返って私の顔を見た三人の顔が三者三様の反応を見せる。
左之さんと新八さんはしまったという顔を見せて、千鶴は私が来たことに嬉しそうな顔を見せてくれた。


「千華ちゃん!」

『まーた、島原に行こうとしてたのね?左之さん、新八さん。』

「い、いや……千華、あのよ?」

「こ、今回はその……なぁ?」


あたふたとし始める左之さんと新八さんにため息をついたその時、ばたばたと平助が走って来た。


「ーーあれ、千華?千鶴?まさか、おまえらも行くの?」

「私は、まだ外出が禁止されてるんです。土方さんに怒られるといけないし。」

「そっか……そいつは残念だな。」

「……でも、藤堂さんも島原に行くんですか?」


千鶴の言葉に平助は気まずそうに私をチラリと見てから視線を逸らして頷いた。

なんだ、あの私にはバレたくなかったみたいな顔。


「ああ、そうだけど……って、藤堂さんとか他人行儀な呼び方やめようぜ。」

「え?でも私……」

「平助でいいよ。皆もそこにいる千華だってオレのこと平助って呼ぶし。これから、しばらく一緒に暮らすんだしよ。それに、そのですますもやめようぜ。オレだって千華と同じ年なんだからもっと気楽に話してくれよ。千華にはそうしてるだろ?」


それは私が頼んだからだよ。


「えっと……いいんですか?藤堂さん。」

「ほら、なおってないぜ?」


千鶴は困惑したように私に視線を向けた。
まぁ、平助も私と同じ年なんだしいいんじゃないかなという風に頷くと千鶴もぎこちなく頷き返してくれた。


「……じゃあ、平助君?」

「そうそう。んじゃ、千鶴。今日から、改めてよろしくな!」

「うん!よろしくね、平助君。」


嬉しそうに頷く千鶴にこちらも嬉しくなってつい頬が緩む。
暖かい目で見守っていると平助が此方を振り返った。


「で、千華も行くのか?」

『行かないよ。声が聞こえたから来ただけ。それで?結局、平助も島原に行くの?』

「うっ……それはその……でも、島原だから女ってわけじゃねえよ!皆で酒呑んで馬鹿騒ぎしたい気分なんだ。」

『……いっつもそれじゃない、あんたたちは。』


呆れたようにため息をつくと左之さんが笑いながら私と千鶴を交互に見た。


「おまえたちが女の格好してくれるんなら、それだけで充分目の保養になるんだけどな。」

「え……そ、そんなっ!?」

『え〜。』


思わず嫌そうに顔を歪めてしまった。

女の着物なんて最近着てないからなぁ。


「あ、オレも絶対可愛いと思う!千華だって昔は着てただろ?色々落ち着いたら、振り袖とか着て見せてくれよな。」

「……い、いきなりそんなこと言わなくても。」

『そうだよ。』


思い出したように女の子扱いされると、なんだか妙に照れる。

そりゃ江戸にいるときは振り袖とかも着てはいたけど、ここに来てからはあんまり着てないし……どうしよう……。

二人の笑顔に押されて、私はいまだに考え込んでいる千鶴に目がいかないようにぎこちなく頷いた。
ここは千鶴を庇ってあげよう。


『……いつか機会があるなら、いいけど。』


その言葉に平助は嬉しそうに笑った。


「ほんとか!?やったぜ!約束だぞ、千華。忘れんなよ?」

『はいはい……』


その機会があればいいけどね…。

けど平助の嬉しそうな顔に思わず顔が少し熱くなるのがわかった。
そして、なんとか振り袖話が一段落すると、新八さんがもっともらしく話し始めた。


「……そういうわけで今回は許してくれよ、千華。俺らは汗水垂らして、京の治安を守ってんだぜ?」

『それ、私もなんだけど……?』


片眉をピクリと上げてそう言うと新八さんは罰が悪そうな顔をした。

まぁだが、彼らが島原に行くなんて今にはじまったことではないし、隊務に影響がなければ問題はないわけで。
今回は見逃してやろう。
どうせ土方さんいないし。


『……わかったわよ。千鶴もそれでいい?』

「……うん、全然いいよ。」


ちょっとうらめしそうにしていたけれど千鶴も一応頷いて承諾してくれた。
現在彼女は外出が出来ない状態なので気軽に外に出れる彼らが羨ましいのだろう。
ちょっと申し訳なく思ってしまった。


「千華、千鶴。土産、買ってきてやる。何か食べたいものあるか?」

「それなら……みかんが食べたいです。せっかくですし、明日の午後にでも一緒に食べませんか?」

「そいつはいいな……わかったぜ。千華は何かあるか?」


左之さんに問われてうーんと考え込む。

食べたいものかぁ……。


『ならさ、いつも私が買ってくるおばちゃんのとこの団子、買ってきてくれる?明日のみかんと一緒にみんなで食べようよ。』

「おまえ、本当にあそこの団子好きだよな〜!」

「平助、おまえだってよく千華と一緒に食べてんだろ?」

「新八、おまえもな。」


前に一度、私が巡察帰りに土産として買ってきた団子が幹部の間で美味しいと評判になり、皆のお気に入りなのだ。
今では私の行きつけのお店である。
あの土方さんでさえ、気に入っているのだ。
買って帰ってくると必ず皆で食べてたっけ。


『土方さんから外出許可が下りたら、千鶴の好きな所、私たちで連れて行ってあげるからね!』

「お、それいいな!」

「うん、ありがとう。千華ちゃん、平助君。」

「悪いな。ちょっくら出かけてくるぜ!」

『行ってらっしゃ〜い!』


手を軽く振って私と千鶴が三人を見送ろうとした、その時。


「おや、これから皆で出かけるのかい?」


玄関に集まっていた私たちを見つけて、源さんが声をかけてきたのだ。


「う……よりによって源さんかよ……」

「おっと……こいつはまいったな……」

『ばれたらやばいわよ……』


新八さん、左之さん、私が小声で呟く。
あからさまに視線を逸らして口をつぐむ私たちの代わりに、千鶴が答える。


「いえ、私と千華ちゃんは出かけないんですけど……」


千鶴も何て説明すればいいのか困ったようで、言葉に詰まってしまった。


「ほら、あれだよ、源さん、あれ!……み、皆で素振りでもしようかなあって!!」


平助が何か閃いたように声を張り上げると、新八さんも大きく頷いて同意した。


「そう、それだ平助、よく言った!今日は天気もいいし風が暖かいからな!!」

『「…………」』


馬鹿じゃないだろうか、あの二人は。

思わず私と千鶴は目を合わせた。
そして、そんな言い訳を聞いた源さんはーー。


「いやはや、永倉君たちは熱心だなあ。折角の機会だ、私も付き合わせてくれるかい?」


感心したように目を細めて、満面の笑みを浮かべたのだった。
源さんのその言葉に平助と新八さんががく然と目を見開き、私と左之さんは目を合わせて苦笑を浮かべる。
千鶴は隊士じゃないので含まれないだろうが多分この素振りには私も巻き込まれているのだろう。


「そ、それは……」

「……そうきたか。」

「ええっと……」

『……あ〜そのお。』


新八さん、左之さん、平助、私が言葉を濁す。
その時、千鶴が助け船を出してくれた。


「あの、本当に素振りにするんですか……?」


その瞬間、平助が口を開いた。


「あ、ごめん!オレも皆と素振りしたいけど、今日は先約があるから付き合えないんだった!」


何よ、先約って。


「千華とこいつに屯所の中を案内してやるって約束。……そうだったよな、千華!?」

『……え?』


平助の突然の言葉に思わず理解が追いつかず、困惑するが平助は私に顔を寄せて小声で囁いた。

こいつって千鶴のこと?
てか、そんな話、聞いたこともないけど。


「なあ、頼む!話、合わせてくれ!!」


……捨てられる寸前の子犬みたいな、必死に哀願を込めた眼差しを無下にはできない。
というか平助の提案に乗らなければ私まで一緒に素振りをやるはめになってしまう。
それだけは避けなくては。


『そ、そうだったわよね、うん。』

「ああ、そうそう!そうだよな!」


彼はきらきらと瞳を輝かせて、がしっと私の両手を握った。
千鶴にも話を合わせてもらうように目で合図をすると、彼女もコクリと頷いてくれた。
理解が早くて助かる!


「待て平助、千華、二人だけ逃げようなんざーー」


そんな私たちに向けて、新八さんが物言いたげに口を開くと……。
彼の台詞をさえぎって、左之さんがにやりと笑った。


「千華、千鶴、俺も付き合ってやるよ。他の隊士に絡まれちゃ面倒だろ?千華だって女なんだしよ。」

『それは……ええ、そうね。お願いしようかな。』

「そうか、そうか。原田君の言うことはもっともだね。彼女と千華のことは二人にお任せするとして……じゃあ永倉君、我々は中庭に行こうか。」

「平助と千華のみならず、おまえもか左之……!」


新八さんの握り締められたこぶしが、ぷるぷると震えている。


「よし、逃げるぞ。」

「え!?」

「新八っつぁん、すぐ怒るからなあ。」

『あ、ちょっと!』


左之さんが千鶴の肩を押し、私は平助に手を引かれ、私たちは玄関から逃走した。


「この、裏切り者ーー!戻ってこい!!」

「くくっ……はははっ!」

「あーっはははははっ!」


後ろから新八さんの怒鳴り声が聞こえたけれど、二人ともすごく楽しそうに笑っている。
釣られて千鶴も、少しだけ笑って、私もクスクスと笑った。
そのあと、私と平助と左之さんで屯所の中を千鶴に案内した。
そして、新八さんは……。
源さんと二人、真面目に素振りの練習をしたらしい。
結局、何だかんだ言って新八さんは付き合いがいいからね。


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