月島冬子の面影 脱出手段はないと言う事で、寝泊まりする所はこのホテルしかないのであたしたちはブルーな気持ちになりながらも帰って各自の部屋へと向かった。 美雪はお風呂に入った後疲れたと言ってすぐにあたしの部屋のベッドを借りて寝てしまった。 何回も殺人事件に会っているとはいえ慣れるものではなく、一人で寝るのは怖いのだろう。 あたしはお風呂に入った後、濡れた制服から寝間着のもこもこパーカーともこもこ短パンに着替えて美雪を起こさないように部屋を出た。 すると部屋の前にははじめちゃんがいて、あたしたちはカゲツ探しへと出る。 あたしを先頭にしながら階段を上っているのだが······普通は懐中電灯を持っているはじめちゃんが前に行くのが筋ってもんじゃないだろうか。 しかも人のパーカーの裾持ちながら歩くのやめてほしい。 「外は嵐だ。カゲツは絶対ホテルの中に潜んでいるはずだよ···!」 『はじめちゃん···』 「なんだよ」 『さっきからなんであたしの服掴んでんの』 そう言うとはじめちゃんはすぐにバッと手を離した。 「お前が怖がるかなと思ってさ」 『金田一耕助の孫が聞いて呆れるわね』 パーカーを直しながら言ったその時、一際大きな雷が鳴り響いた。 それに驚いたあたしたちは小さな悲鳴をあげてすぐに階段を駆け上る。 先に上がったはじめちゃんが待っててくれてあたしの背中を押して先に行かせてくれたのだが、後ろから聞こえたはじめちゃんの「うわあ!」という声にびっくりして足を止めると、『きゃあ!』と悲鳴を上げながらはじめちゃんに抱き着く。 するとはじめちゃんもあたしを守るように肩に手を添えてくれた。 「やっぱりお前らかぁ!」 聞きなれた声に瞑っていた目を開けると、ラフな格好に着替えた向井刑事がいた。 どうやら巡回していたようだ。 「部屋に鍵かけて早く寝ろって言っただろ!」 そう言い捨てて去っていく向井刑事を見送ってあたしとはじめちゃんは顔を見合わせた。 近距離で目が合って抱き着いていたのを思い出すとすぐに離れる。 赤い顔がバレないように顔を背けて首裏に手を添えていたが、先程驚いたせいで上がっていた息を整えるようにはじめちゃんと顔を見合わせて思わずあたしたちは気の抜けたような笑みを浮かべた。 び、びっくりしたぁ〜。 それからあたしたちははじめちゃんの部屋へと戻って来た。 あたしの部屋には美雪がいるので、話すならはじめちゃんの部屋だと思ったのだ。 先程勢いではじめちゃんに抱き着いてしまったせいで恥ずかしくて顔が見れず、ベッドに寝転ぶはじめちゃんを横目にあたしは窓に打ち付ける雨を窓際に立って見ていた。 「なぁ、柚葉」 はじめちゃんに呼ばれて振り返る。 「どうしてみんな、月島さんの影に怯えてるんだ?」 『あんな死に方目の前で見たら誰だって···』 此方を見つめるはじめちゃんから逸らすように顔を俯かせる。 そんなあたしを見て起き上がったはじめちゃんにあたしは窓枠に両手をついて窓に背を預けながら口を開いた。 顔は俯いたままなのだが。 長い髪の毛はお風呂に入った後は乾きにくくまだ少し湿っている。 はじめちゃんはそんな髪の間から見えるあたしの顔をじっと見つめた。 『はじめちゃんは転校してきたから無理はないけど······月島冬子さんって言ったら不動高校で知らない人はいなかったよ』 ───「柚葉ちゃん」 あたしを笑顔で呼ぶ彼女の面影を思い出すように顔を上げて天井を見つめる。 『いつも屈託なく笑ってて、誰にでも優しく、それでいて一度舞台に立つと何かが乗り移ったような凄い芝居をするの。特にオペラ座の怪人のクリスティーヌ役はハマリ役だったわ。それが···3ヵ月前の放課後』 彼女は理科準備室で誤って頭から硫酸を被ってしまって彼女の顔は手術でも治せないほどに焼け垂れてしまった。 「·······辛いな···」 ぽつりと言われたその一言に、はじめちゃんに視線を向けて同意するように頷く。 そしてあたしは窓から離れるとはじめちゃんがいるベッドに腰掛けた。 『その後、彼女は自殺したの。しかも、あたしたちが見てる目の前で』 あの日の事は絶対に忘れない。 夜に彼女の病室に見舞いに行ったのだがもぬけの殻で何処にも彼女の姿はなく、あたしたちは嫌な予感がして病院の外へと出たのだ。 布施君が「あそこ!」と言って指差した先には、病院の屋上に立っている月島先輩の姿。 彼女は満月を背に顔に巻かれた包帯をゆっくりと取っていたのだ。 花束を手に持つあたしたち女子と手ぶらの布施君たち男子が屋上を無言で見つめる。 「私はオペラ座の怪人。思いのほかに醜いだろう?」 ゆっくりと包帯が解かれてゆく。 「この禍々しき怪物は地獄の炎に焼かれながら」 あたしたちはじっと彼女を見つめた。 「それでも、」 真正面だけ解かれた包帯の下から覗くのは、左半分だけ黒く焼け垂れた彼女の顔で。 あたしがそんな彼女の姿に目を見開いて見つめていると、美雪があたしの肩に顔を埋めて、そして晴美たち女子があたしの制服にしがみつく。 「天国に憧れる」 月島先輩はその台詞を言った後、何かを覚悟するように上を向いて目を瞑った。 そしてそのままそこから飛び降りた。 みんなの悲鳴が響く中、あたしが『月島先輩!』と呼び掛けると、彼女は薄っすらと目を開けていつものあたしに呼び掛けるときのように微笑みかけたのだ。 『今でもみんな、あの時の彼女の台詞が忘れられないんだよ』 あの微笑みも···あたしは絶対に忘れない。 幾ら顔が醜くても、焼けただれても彼女のあの美しい微笑みだけは、どんな姿になっても変わらないから。 じっと宙を見詰めながらそう話すあたしの姿をはじめちゃんが見つめる。 『地獄の炎に焼かれながら······それでも天国に憧れる···』 彼女のあの時の声が今でも耳にこびりついて離れない。 NEXT TOP |