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牛鬼の愛した奴良組



ズシャァァアァと音を立てて牛鬼の体が後ろの机に倒れ込んだ。天井から多くの血が牛鬼の顔に降り注ぐ。天井を見上げたまま牛鬼は口を開いた。



「リクオ、きけ。捩眼山は奴良組の最西端───ここから先、奴良組のシマは一つもない」



その時、バササと羽の動く音が聞こえると同時に三羽鴉のうち、二人が私の後ろの襖から入ってきた。


あれは黒羽丸とトサカ丸か。めずらしいな、二人だけとは。


まさかささ美はカナたちのところにいるのか?


二人は床に座り込んで胸元を押さえているリクオを見て驚いた声を上げる。まあ、リクオの周り血だらけだしね。



「リクオ様ぁぁ!?」
「な、なんだぁぁーー!?この状況は!?」



黒羽丸はリクオの奥で倒れている牛鬼を見つけ、険しい顔をする。



「そこにいるのは······ッ牛鬼だな!?貴様······!」



チラリとリクオが私を見るのでそれに小さく頷いた私は隣で吠えている黒羽丸の前に手を出して止めた。



「姫様······?」



二人が何故という目で私を見る。それに応えるべく小さく首を振れば二人はとどまってくれたが私の横腹を見て再度声を上げた。


よく鳴く鴉である。



「姫様、なんですかそのケガはーー!?」
「まさか牛鬼に···!?」



ハッ!忘れてた!


やばい。そうだよ、横腹ケガしてたじゃん。すぐに治るようなケガじゃないじゃん。これを本家にでも伝えられれば一大事だ。あの過保護の妖怪たちに知られれば本当に私の自由がなくなる···!


それは困る!!行動を制限されるなんて絶対嫌だ!!


まあ、すでにリクオは知っているが。



『ちょ、うっさい!!黙って!!』



ギャーギャーとうるさい黒羽丸とトサカ丸の口を塞ぐ。これ以上騒がれたらこの傷のことが印象に残ってしまい、本家に伝えられてしまう。それだけは阻止せねば。


すると倒れたままの牛鬼が私たちの様子を見て口を開いた。



「この地にいるからこそよくわかるぞ、リクオ···。内からも···外からも···いずれこの組は壊れる」



牛鬼組が崩れるっていうの?それとも奴良組が?


まるで未来を知っているような口ぶりの牛鬼に私達は静かに視線を向けた。



「早急に立て直さねば······ならない。だから私は動いたのだ。私の愛した奴良組を···つぶすやからが···許せんのだ。───たとえリクオ、お前でもな···」



スウ···と視線をそらした牛鬼を見て私は静かに黒羽丸たちから離れるとリクオに駆け寄る。駆け寄ってきた私を見てリクオはフッと口角を緩めた。



『大丈夫?』
「ああ。神夜も大丈夫かい?」



支えるようにリクオの背中に手を添えると彼は軽く私に体重をかけて寄りかかってきた。


珍しい、甘えてる。


リクオの問いかけに頷くと安堵の息をついて私の横腹を擦ってくれた。痛くない程度のその手つきに私の胸が小さく音を立てた。本当に、私の奥深くに眠っていた気持ちが目覚めそうだ。想ってはいけないと、必死に閉じ込めていた自分の想いが溢れそうで───怖い。


それにしても私の横腹、治るの遅いな。


私達の様子を見ていた黒羽丸とトサカ丸は一瞬だけ表情を緩めるがすぐに険しい顔に改めると牛鬼をキッと鋭い目で睨みつける。



「兄貴···」
「逆臣・牛鬼!リクオ様に···姫様に───この本家に直接刃を向けやがった···!!」



怒りに震える二人に牛鬼は「当然だとは思わんか」と悪びれもない様子で口を開いた。



"嫌だよ。ぼくは妖怪じゃない"



「奴良組の未来を託せぬうつけが継ごうというのだ」



ああ、人間の時のリクオのことか。



「しかしお前には···器も意志もあった」



"オレは昔から変わらねぇ。三代目を継ぐ"



「私が思い描いた通りだった。もはやこれ以上考える必要はなくなった」



背後で起き上がった気配。私とリクオはチラリとも後ろに視線を送らない。



「リクオ様、姫様、危のうござる!!」



バッと飛び出ようとする二人を視界の端に入れて私とリクオは肩越しに振り返った。その先には刀を構えた牛鬼が冷えた目で私達を見下ろしていた。


ねえ、牛鬼。あなたはその方法しか思いつかなかったの?



「これが私の───結論だ!!」



グリンと牛鬼の手の中で方向が変わった刀。



「牛鬼、貴様ぁああーー!!」



黒羽丸とトサカ丸が錫杖を構え飛び出した。



ードシュウゥゥウ



ポタッと一滴の血が床に滴り落ちた音。


牛鬼はそれを耳にして呆然とした眼差しを目の前にいる私とリクオに向けた。


私たちは刀と扇をそれぞれ横凪に構えたまま何処か冷めた目でじっと牛鬼を見つめた。



「───なぜ止める?リクオ、姫様······」



牛鬼が死なずにすんだ理由。それはリクオが牛鬼の刀の刀身を斬り捨てたと同時に私がその刀の柄を扇で弾いたのだ。リクオが折ったその刀身は私達より離れた所にある柱に深く突き刺さっていた。


錫杖を構えたままの黒羽丸とトサカ丸が呆然と私達の名前を呟いた。



「リクオ様···」
「姫様···」



牛鬼はそのままヨロヨロと床に座り込む。



「私には···謀反を企てた責任を負う義務があるのだ···。───なぜ死なせてくれぬ···牛頭や馬頭にも会わす顔がないではないか···」
「おめーの気持ちは痛ぇ程わかったぜ。オレがふぬけだと、オレを殺して自分てめえも死に、認めたら認めたでそれでも死を選ぶたぁ」
『"らしい"心意気ね、牛鬼』



じっと冷たい瞳で見下ろす私達に牛鬼は視線を合わせようとしない。口を堅く結んで視線を床に向けている。そんな彼の前で、リクオは不敵な笑みを浮かべた。私もその一歩後ろでクスッと笑う。



「だが死ぬこたぁねぇよ。"こんなこと"で······なぁ?」



そんな彼の言葉に牛鬼がハッとして顔を上げた。


後ろで成り行きを見ていたトサカ丸と黒羽丸が騒ぎ出す。



「若!?"こんなこと"って···!!」
「これは大問題ですぞ!!」



そんな彼らにリクオは涼しい顔で振り返る。



「ここでのこと、お前らが言わなきゃすむ話だろ。───そう思うだろう?神夜」
『そうね』



クスッと微笑むとトサカ丸と黒羽丸は私達を見て「若ぁ〜姫ぇ〜」と情けない声を上げる。それにクスクスと笑っているとリクオが一歩踏み出して牛鬼の耳元に顔を寄せた。



「牛鬼···さっきの“答え”。人間のことは···人間ん時のオレにきけよ。気に入らなきゃそん時斬りゃーいい。その後───勝手に果てろ」



祢々切丸を納刀したリクオは後ろで見ていた私に近寄ってくると私の腰を抱き寄せ、今だに騒いでいる黒羽丸たちの元へと歩き出した。


チラリと後ろを振り返ると牛鬼はどこか虚ろな目で私たちをじっと見つめていた。


外ではまだ激しい雷雨が続いていた。




───5歳の時に死別した父。7歳で生き別れた母。記憶はほぼ───ない。だからあの時言われた言葉がひどく心に残っている。



"オレたちがお前の親になってやるよ───梅若丸"


"わたしとぬらりひょんがしっかりと梅若丸の事を見ていてあげるわ───"



親とはこのような存在なのだろうか。私の家は······あのときから───この───奴良組になった。



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