一
本家では神夜がいなくなったことが問題になっていた。妖怪達が家中を探し回っても何処にもいない。本家の者達が焦っているとリクオが回状を持って帰って来た。
今まで行方知らずになっていた神夜は旧鼠達に人質にされているらしい。
そのことについてぬらりひょんと口論をしていると一番街を任されているという「化猫組」の当主、良太猫がやって来た。化猫組は昔から博徒として悪行をつんできた古い妖怪だという。
だが、今は旧鼠達に街を支配されている。奴らはネオンの輝く街へと姿を変えさせその世界に小娘を誘い出し欲望のままにむさぼりくってるというのだ。
街を救ってくれと頭を下げられたリクオは戸惑いながらも叫んだ。
「ボクは···人間なんだぞ!?だから···回状を廻して友達を···神夜を助けることしか出来ないんだ!!」
「やつらの言うことを信じちゃダメだ!!」
「え!?」
良太猫の言葉にリクオは驚いて振り返った。
「やつらは···自分らの欲望でしか考えねえ奴らだ!!殺されるぜ!!どの道、人間なんてッ。捕えられている姫様だって!」
良太猫の言葉にただただ目を見開くリクオ。脳裏にはいつも笑顔で自分の隣にいる神夜の顔が浮かんでいた。
ーー神夜が···殺される···?
ドクンッと心臓が脈打ち、背中に嫌な汗が流れた。
「···旧鼠な···たしかに、うちの組にもそんな奴らがいた気がする」
上座に座り煙管を吸っているぬらりひょんが昔の事を思い出しながら顔をしかめた。
「ただあんまりにも知恵のない奴らだったよ。おさまりのきかねぇ···ただの暴徒、早々に破門したはずだがな」
煙管をふかしたぬらりひょんは「そうかい、一番街で今は···ねぇ」と呟いた。そして隣で固まっているリクオに顔を向ける。
「リクオ。言いなりになってるんじゃねーぞ!情けねぇ。大事な女のためだろう···ケジメつけたらんかい!!」
「そんなことをボクに言われたって、ボクには力なんかないんだ!!」
叫んだリクオはガラッと襖をあけて庭へと飛び出した。
「ボクには······」
たくさんの妖怪達の姿。それはまさしく百鬼夜行。リクオの胸がドクンッと脈打った。
庭へと足を進めるリクオの後を鴉天狗が追いかける。
「若ッ、三代目を捨てるってことは···下僕を、姫様を見捨てるってことですぞ!!」
「う、うるさい!!」
ーーなんだよ···今の···。体があつい···。
「違う···ボクは···」
「若···っ」
ーー知らない───ボクに力なんてない───。
ーーボクは───人間なんだから───。
「本当は知っているはずだぜ」
後ろにある枝垂桜から聞こえた低い声。
「自分の本当の力を」
その声に導かれるようにリクオは振り返った。枝垂桜の枝に座っている純白の長髪の男。
ーー桜───?
なんで···。
「ボ、ボクの?」
男は口角をゆるりと持ち上げた。
ーー夢の中の───しだれ桜の───人···。
「もう、時間だよ」
桜の木がザアッと風に吹かれ、幾つもの花びらが舞い散ると共に二人の体は入れ替わった。
昼の姿のリクオはその場にいなくて、いるのは【夜の姿】のリクオ。妖怪の彼だ。
鴉天狗が唖然とその姿を見ているとザア···と二人の間に風が吹いた。
「わ、若···?」
「カラス天狗···みなをここへ呼べ」
鋭く細められたその瞳には激昂の色が濃く影を落としている。
「夜明けまでのねずみ狩りだ」
百鬼夜行を率いる彼の頭の中には自分が最も大切にしている少女の姿しかなかった。
「待ってろ、神夜」
小さく呟き、前を見据えるその瞳には自分達を照らし出す月が映っていた。