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関東平野のとある街。
浮世絵町───そこには人々に今も畏れられる「極道一家」があるという───
誰かが盛大に穴に落ちる音と、
「総大将に似て···いたずらが···すぎますぞぉーーーー!!」
青田坊の声を聞いた私は肩からずり落ちそうになっているカーディガンを引き寄せてため息をつくと、襖を開けて目の前の光景に苦笑いをもらした。
またいつものか···。
『全く···。リクオもよく飽きないわよねぇ』
腕を組んで襖に寄りかかっていると私を見つけたリクオが嬉しそうに走り寄ってきた。
その後ろには穴に落ちて必死に這い上がろうとしている青田坊と黒田坊に木に逆さずりにされたままの氷麗の姿。
悪戯を成功させたリクオは満面の笑みで私に走り寄ってくる。
「神夜!今からじいちゃんのところに行くけど一緒に行こう!」
『うーん、悪いけどごめんね。私は今からやることがあるから一緒には行けないわ』
「そっか···」
顔に影を落として俯くリクオの頭にそっと手を置いて優しく撫でる。リクオと同い年の私は背も彼と同じぐらいだ。リクオは撫でる私の手を掴み、ニコリと笑うとひとりでに頷いた。
首をかしげる私を見て「なんでもない」と首を振るとおじいちゃんの所へ納豆小僧たち小妖怪を引き連れて向かった。
『なんだったんだろう···』
それを見送った私は人間の姿から金狐の姿へと変化する。赤混じりの黒髪ショートから金髪の長髪へと姿を変え、カーディガンを部屋の中へと置いていつもの着物に着替えると穴の中から必死に這い上がろうとしている青田坊と黒田坊、そして木から降りようとしている氷麗の元へ向かった。私の姿を確認した氷麗が「姫様〜」と手を伸ばす。
「姫様!助けてくだせえ!」
「姫〜」
弱気な声を上げる青田坊と黒田坊に手を伸ばすと、手のひらから透きとおった青色の狐火が音もなく飛び出し、私に手を伸ばす彼らを囲む。そのまま狐火に妖力を少しこめると二人の体がそのまま浮き上がり、私の隣へとゆっくり降ろした。
「あ、ありがとうございます姫」
「すみません」
頭を下げる二人にニコリと微笑み返すと、木からぶら下がって私を呼ぶ氷麗に視線を移す。
氷麗の下に移動して彼女を括っている紐に向けて手を横に薙ぐ。小さい狐火が紐を燃やした。
「え?はわわわっ!」
可愛らしい悲鳴を上げながら落ちてくる氷麗を抱き留める。
『大丈夫?』
横抱きにしたまま覗き込むと彼女の顔は一瞬にして真っ赤になった。
白い肌に赤い色はまさに綺麗なコントラストだ。氷麗は慌ててお礼を言うと私の腕から降りようとしたので地面に優しく下ろす。
するとだ、
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げるとビュンッと音が出るほど早く走り去ってしまった。
え、何。逃げられた感じ?
ちょっとショックを浮かべていると玄関からリクオとおじいちゃんの声が聞こえた。
帰ってきたのだ。私は迎えに出るべく玄関へと足を向けた。