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数刻前、伏目稲荷神社。
私は包帯の巻かれている“彼女”の顔をひと撫ですると立ち上がった。



『冷麗、土彦』



名前を呼べば“彼女”───冷麗が包帯の巻かれている向こうでニコリと笑ったような気配がした。そんな彼女の傍には、彼女の服を掴みこちらを見上げてる紫の姿もある。



「気にしないで。早くおゆき、神夜···リクオ···。私達は大丈夫。紫がいれば「不幸」にはならないから」
「リクオと神夜、完全復活。ね」



私は紫の頭を撫でてリクオの隣へと並んだ。服の下に包帯が巻かれているリクオは私と目を合わせると祢々切丸を肩に担いで後ろに天狗や鴆たちを従わせて歩き出した。



「すまねぇ。必ず遠野への恩はかえす···!!」











そして現在───
リクオは私と氷麗を後ろにぐびぐびっと酒瓶をあおっている土蜘蛛と対峙していた。



「待ってたぜ───?手酌で五十斗飲みほす間もずっとなぁ」



私はキッと土蜘蛛を睨みつけた。すると、その視線を感じ取ったのか、リクオが私の目の前に片手を出す。“手を出すな”───ね。



「神夜、つらら連れて下がってろ」
『······わかった』



私は抱きしめている氷麗をそのままにリクオから数歩離れた。その間も土蜘蛛は相も変わらず酒瓶をあおり続け、酒を飲みほす。



「えーとなんつったっけ···そう···ぬら···ぬら···奴良リクオだぁ」



土蜘蛛はプハァッと酒瓶から口を離すと、口からこぼれ落ちる酒を手で拭った。



「鬼童丸にきいたよ。おめぇ“認識”ズラしてオレのこぶしよけてたんだって···?そんな奴ぁ···初めてだな」



リクオは何も返すことなく、土蜘蛛を睨みながら静かに祢々切丸を抜刀した。



「しかも四百年前に羽衣狐を殺ったのはてめーのじーさんだって話じゃねぇか。あぁ、そこにいるかぐや姫の母親も一緒にいたっけかー?」



こちらに視線をやる土蜘蛛を睨み返す。しばらく土蜘蛛と睨み合えば、その視線を遮るようにリクオが私の前に躍り出た。そしてニッと笑う。



「···さっさとやろうぜ、京妖怪」
「······あわてんなよ。飲むかい?楽しんでけよ···オレもつぶす・・・のが楽しみだ」



ポイッと持っていた酒瓶をリクオに向かって投げる。土蜘蛛の体に合わせて作られている酒瓶はリクオや私達にはとても大きく───その影がリクオを覆い隠した瞬間。


ガシャアアンッと派手に酒瓶が割れた。それと同時に土蜘蛛の拳がリクオがいた場所へと押し付けられる。パラパラ···と拳についた瓦礫の残骸が落ちていく中、土蜘蛛は「くはっ」と笑い声をあげた。その時───奴の横へと畏で姿を現したリクオが猛然と斬りかかる───!!


が、土蜘蛛はそれをわかっていたように四本の腕をグオオオッと竜巻のように振り回した。その腕の内の一本が姿を消していたリクオの畏を破り、彼は一旦土蜘蛛から引くように地面に足をつける。


完全にはさけきれないか。



「よけるだけじゃあ勝てねぇぞ?」
「お前もあわてんなよ、土蜘蛛。今すぐに魅せてやるからよ」



ニイ···と笑ってそういう土蜘蛛に、リクオも不敵な笑みで返した。私はその様子を黙って見ていたが、後ろに控えさせていた筈の“彼女”の姿がないことに気づいてバッとリクオの方を見た。私の思った通り、リクオの傍には氷の槍を手にした氷麗が体を震わせながら土蜘蛛を睨みつけていた。


気づかなかった───!!



「おい···邪魔だ···すっこんでろよ。コラリクオォ、かぐや姫ぇ、そいつどけろォ。つぶしちまってもいいのかい?」
『ッテメー···!』



眉を寄せて思わず土蜘蛛を睨み付ける。
リクオから視線をもらって、頷き返した後すぐに氷麗を下がらせようと彼女の元へと駆け寄れば───



「リ···リクオ様···神夜様···お下がりください!私がお守りします!!」
「つらら」



私はリクオの傍へと駆け寄って、彼と目を合わせた。



『ちょっと、つらら』
「いやです。退きません!!」



反抗期!!?


震える彼女の体に、やはり土蜘蛛と戦うのは怖いのだろうと無理するなと言う風に声をかけたが、強い言葉で拒否された。こんなに氷麗が強く意思を言うのは初めてで、私は少し狼狽えてしまう。



「目の前に神夜様とリクオ様がいるのに!!また守れない···」



私とリクオはハッと目を見開いた。



もうあんな思いはしたく···ないんです!!だから、お願いします···私も闘います!」



懇願するように私を見上げる瞳。その左目からはあの時の後悔からか一筋の涙が流れていて。私が思わず目を細めれば、隣にいたリクオが氷麗の肩をガッと掴んだ。



「お願い!!リクオ様!!神夜様!!」



私はリクオと目を合わせて彼女に微笑んだ。



『つらら···貴女はもう守らなくていいわ』



私のその言葉に氷麗の目が大きく見開かれる。その様子にリクオも笑みを浮かべた。



「けど、そのかわり···お前の“思い”と“力”、オレにかしてくれねぇか」



どういうこと?という風に目を瞬きさせる氷麗。



「百鬼夜行の主は···お前たちの“思い”を背負って強くなってゆく。オレが···これからそうなってみせる!」
「リ···リクオ···様」



隣で力強くそう言うリクオを私は少しだけ目を見開いて見つめると、フッと微笑んだ。



「わ、わかりました···でも···私はどうしたら···?」



私は笑みを浮かべて一歩彼らから下がった。



「だから···お前のその心も体も・・・・、オレに全部あずけろ!!」
「·········へっ!?」
『·········』



いや、今の言い方マズくない????絶対誤解あたえてるよ、何考えてんの。もっと言い方あンだろ、シバくぞ。


現に氷麗がどういうこと?と頭に?マークを飛ばしながら「え···?若?心···か体!?ひ、姫様ぁ〜!?」と混乱した様子で私とリクオを交互に見ている。アイツ、マジ後でシバく。


『は〜···』と盛大にため息を吐いて頭を振るが、そんな女子二人の事など気に留めることなくリクオは氷麗に背を向けた。



「魅せろ。お前の“畏”。オレのために・・・・・畏を···解き放てつらら!!」



殴っていいかな、アイツ。


そういう状況じゃないって分かってるけど···そんな勘違いするようなこと言うリクオにイラッとする。いや、分かるよ。リクオのこういう言い方が“アレ”の表現に合ってるのも分かるけど───彼女としてはいい気はしないんだな〜??


(よ〜し、決めた。土蜘蛛ぶっ飛ばしたら絶対リクオの奴殴ろう。そうしよう)と心の中で頷いていれば、氷麗はリクオの言葉に混乱しながらも「は···はい!!」と大きく返事をして畏を解放させた。その瞬間、リクオは氷麗の畏を纏った。



「神夜、離れてろ」



無言でコクリッと頷いてリクオから距離を取る。それを確認して、リクオは祢々切丸を土蜘蛛へと構えた。



「いくぜ、土蜘蛛!!魅せてやる!!これがお前に届く刃だ!」
「ほおおおお!!おもしれぇじゃねぇか。向けて来い、その刃!!!」



私はバサリッと扇を開くと口許を覆って彼らの戦いを守った。


御業とは───二代目の使った人と妖の血が成せる技。百鬼をまとう業───!!それは共に信じ合う者だけを背負い、その畏をおのれの体にまとわせる奥業。


祢々切丸の刃が氷を纏う。そのままリクオは飛び上がると、向かってくる土蜘蛛の腕をズバァァァァッと斬りつけて凍らせた。「ぬ······ぬぅぅぅぅ!?」と土蜘蛛の悲鳴と共にピキピキッと腕が凍って行く。


折り重なる畏は何倍もの力となる。かつて百鬼はそれをこう呼んだ。




百鬼の主の御業“鬼纒いまとい”と───!!



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