百鬼纏う御業
お堂の外へと天狗たちが吹き飛ぶ。私は暖かい体温に包まれていた。
「大丈夫か、神夜」
リクオの声だ。私はその言葉に導かれるように衝撃に備えて瞑っていた目を開ければ、目の前には私を庇うように抱きしめるリクオの姿があった。だがその姿は───私が今さっきまで見ていた姿とは異なり、彼の中から鴆の妖気を感じた。
まさか───今さっき感じた“畏”は───あなたの畏なの···?
ザッと木の葉や砂利を踏む音に視線を向ければ、そこには呆然とこちらを見る牛鬼がいた。それを見てリクオから離れる。
「·········リクオ、お前···」
「牛鬼。これが“業”か?」
ギラッと輝く鋭い眼差しを牛鬼へと向けるリクオ。思わず私と牛鬼にゾッとしたものが走った。彼のその眼差しに───私と牛鬼は今、確実に“畏”を感じた。
「おい、早くしなお前ら」聞こえた声に視線を向ければ、薬草たちに声をかける鴆の姿があった。それと同時にリクオから感じる鴆の毒羽の気配。私はあぁ···と目を細めた。
リクオは───見つけたのだ。
「そ···そんな···バカな···」
新たに現れた妖怪に私たちは目を向ける。
「こんなはずは···なんと···鞍馬の精鋭たちが···」
天狗の言葉に私とリクオは視線を合わせた。
なるほど···この天狗たちを私たちに寄越したのはこいつだったわけね。
「牛鬼···一体何をやったのだ···?何を···しこんだ?」
「·········お前が知る必要はないことだ、天狗。これは奴良組の
強みなのだ」
思わずニィッと口角があがった。それを隠すように扇をパサリッと広げて翡翠の瞳を細める。
牛鬼の言葉に天狗は押し黙り、固い表情でこちらを一瞥するだけだった。
「リクオ···お前の最初の盃の相手は鴆だ。きっとお前達ならつかむと思っていた」
どういうことだ?という視線が鴆から送られてくるが、微笑むだけにした。その微笑みに
牛鬼の話を聞けと安易に込めればわかったようで彼は牛鬼へと視線を戻した。
リクオの修業相手は牛鬼だ。私に聞くな。
「リクオ、今ならわかるな?お前は仲間を信じ、また信じられることで力を得るのだ」
かつての鯉伴さんがそうであったように───
「守るものでも守られるものでもない。それが百鬼の主の業へとつながるのだ」
リクオは牛鬼の言葉に瞳を細めた。そんな彼の隣で、私はリクオを見上げる。
「そうか······オレは今まで何でもかんでも自分一人でやろうとしてたんだな···」
私と牛鬼は視線を合わせる。そしてリクオが「牛鬼、すまねぇな。気付かせてくれて」と牛鬼へと向き直る。そして牛鬼がフッと口許だけで笑みを浮かべたのを見て、私はそっとリクオの隣から離れた。
それと同時に牛鬼は腰にある刀をガァァァァッと勢いよく抜刀する。それと同時に牛鬼の畏が彼を包み込んだ。
「最後のしあげだ、リクオ···。その業で私の畏を断ち切ってみろ」
「牛鬼······」
冷たい風が二人の間に流れて、私はそっと風に攫われる金色の髪を撫でつけた。
牛鬼との対決を私は木の上の枝に座りながら見ていた。そっと目を瞑って幹に寄りかかる。頭に浮かぶのは今土蜘蛛の所に囚われている彼女───氷麗のことだった。
"神夜様"
"あ、雪女───"
"大丈夫ですか!?"
"へへっ···ちょっとドジちゃっただけ。こんなんじゃダメだね。わたし、姫として失格だ······もっと強くならなきゃ"
"大丈夫ですよ、神夜様。神夜様は私たちの───奴良組の姫です。もう十分お強いですよ。それでもまだ強くなるとおっしゃるのなら···立派な姫になるまで、私がお守りしますからね"
"違うよ!わたしが守るのよ、つららを!!"
"───······。大事な仲間を守る、立派な姫に···なって下さいね!!"ああ───なって見せるさ。総大将になるリクオを支えて、あんたを···あんたたちを守れるぐらい立派な姫に!!
だからもう少しだけ待っててね、氷麗。必ず───
土蜘蛛の手から取り返してみせるから───!!
目を開けて、下で斬り合う彼らの姿を見ながら私はぎゅっと拳を握り締めた。そろそろ決着がつきそうだ···と下へとおり立った瞬間、リクオは見事牛鬼の畏を断って見せた。
『リクオ』
振り返った彼の姿を、桜が包み込む。遠野でもやったように、彼のボロボロの服を新しい服へと着替えさせて、私は彼の元へとゆっくりと近寄って───私たち奴良組の“証”でもある羽織を肩にかけた。
「神夜···」
『うん、行こう、リクオ。ずいぶん時間かかちゃったけど···待っててね、つらら』
九つの尻尾を揺らして私はリクオの隣へと並んだ。そんな私たちの周りに、鴆や天狗たちが集まる。
「行くぜ!!土蜘蛛退治だ。
オレの後ろに···ついてこい!!」