昼と夜
感じた牛鬼の畏に、私の背中にゾクッとしたものが走る。私は鴆にここにいるように伝えて、牛鬼とリクオを見下ろせる場所───木の上へと移動した。その間も、ビリビリと強く感じる畏。
でかい。
これは···“あの時”の幻覚と違う···これが···これが···牛鬼の畏。
妖怪・牛鬼の真の力───
リクオは牛鬼から間合いを取ると、バッと勢いよく祢々切丸を抜いた。私はその様子を見ながら足を組んで太ももに頬杖をついて目を細める。彼はリクオを鍛えようとしているのだ。
「そうだ。それでいい。その姿のまま私の畏を撥ね返してみろ」
刀を抜いて牛鬼がリクオに斬りかかると、リクオはそれを足下の砂利を鳴らしながら飛び退って避ける。リクオが今までいた場所にあった葉っぱが牛鬼の刀によって切り裂かれた。
「やらねばならんことは、まず一つ。お前の畏を強くすることだ」
牛鬼はさっきよりも強い畏をグワッとリクオに向かって放つ。リクオはそれを祢々切丸で受け止めようとするが押し負けてしまい、背後にあった木に背中を思い切りぶつけた。パキパキと木の破片がリクオに降り注ぐ。
「いいかリクオ。百鬼夜行とは“総大将の力”に比例するものだ。なぜ妖怪は百鬼を引き連れて戦うかわかるか············?」
百鬼夜行は集団であり、一つの大きな力なのだ。そして百鬼を率いる者の力が大きければ大きい程───その力も強くなる。逆に大将の纏う畏が小さければそれはただの烏合の衆で、大きな力にはならない。
牛鬼は地面を強く蹴りつけながらリクオに近づくと、彼の首をガッと掴んで強く木に押し付けた。
「つまりリクオ、お前が“強く”なれば、決してくずれぬ強力な百鬼夜行を作れるのだ!!そしてその百鬼夜行の強さは、おのれに還ってくる」
牛鬼はガシュッとリクオに向かって刀を振り下ろすが、リクオはそれを間一髪で避けた。
「お前が真の強者となり、誰からも信頼を得て固い絆で結ばれたとき」
“還ってくる大きな力”
それがもう一つ、リクオが手に入れるべき“業”なのだ。
「ぐ···」
「羽衣狐は復活するたびに強くなる。だからお前は、祖父も父も超えねばならんのだ」
木にもたれかかるリクオに牛鬼はジリジリと追い詰めるように近寄ると、刀の切っ先をリクオへと向けてそう言い放った。
「······こ、超えるって······ぼくは···四分の三は人間だ···どーすればじーちゃんを超えられるの···!?」
ハアハアッと荒い息を吐きながらそう言うリクオ。
「人間だから弱いという考えはすてろ。なぜなら、奴良組が最強をほこったのはお前の父の代だったからだ。人の血が半分流れていたにもかかわらず───だ」
鯉伴さんの代で奴良組は全盛期を築いた。その時の話を私が奴良組に遊びに行くと毎回鯉伴さんは楽しそうに話してくれた。
懐かしいなあと思わず頬を緩める。
「お前は以前、妖である自分を否定していた。私は捩目山でお前に人を捨てろと言った。それはお前に妖の総大将としての覚悟を迫ったからだ」
牛鬼の一振りがドバァンッと地面を抉り、リクオはもたれていた木を破壊しながら、さらに後ろにあった木にグシャアアッと叩きつけられた。
「そして妖である自分を認めた時、お前は強くなった。次は人である自分を受け入れるのだ。人は時に雪に折れない樹々の弛みにも似たしなやかな強さを持つ。お前の父は、自らが妖であることも人であることも認めていた。だからこそ強かった···。自分を否定するな!認めることでお前は強くなるのだ」
その言葉は、私の心にも強く響いた。
別に私は自分を───人と妖の私を否定していたわけではない。どっちも自分だし、むしろ半妖なんてすごいじゃん!というレベルで受け入れていた。だけど現に私は、自分の弱さのせいで土蜘蛛に負け、氷麗を連れ去られ、冷麗まで傷つけてしまった。
頭では受け入れていたつもりだったけど、やっぱりどこか心が受け入れていなかったのだろうか···。
ガキッと刀と刀が交わる音に意識を戻し、私はリクオたちの方を見た。牛鬼の刀を受け止めるリクオの背後からまた新たな妖怪が姿を現す。
「敵は牛鬼だけではない」
いつの間にかリクオの後ろにいたもう一人の妖怪にリクオは目を見開いた。
「その身でワシらの畏を受け止めてみろ···!!」
その瞬間、強力な二つの畏がリクオを襲い、
「う······うわああああああああ」
リクオはその畏に負けて、体を強く地面に押し付けて気を失ってしまった。私はそれを見て、牛鬼とその妖怪の傍へと降り立つ。
『やり過ぎよ、牛鬼』
「姫様···ケガの方は···」
私の頭に巻かれている包帯を見る牛鬼に、私は包帯に触れて首を振った。
『大丈夫。少しずつ回復してる』
「そうですか······。では、リクオのことを頼んでもよろしいですか」
私はコクリと頷くと、様子をずっと見ていた鴆を呼んで、その場から少し離れた場所に移動しリクオの手当てをすることにした。