悪夢
「待っておるぞ、かぐや姫よ」
暗い闇の中、どこを見ても闇に覆われているところを彷徨っていると聞こえてきたその声。少し先に佇む、黒髪で黒いワンピースを着た女の子。私はその姿に冷たい物が一気に背中を駆け上がり、思わず足を止めた。
何···。何なの、あの女の子······。
よく見ると、その女の子の足元に人が転がっていた。男と女···どこかで見た覚えがあるその容姿に私は目を見開く。あれは···母と父だ。
『お父さん···』
呼んでも返事をしない。私は怖くなって、少しずつ近づきながら二人の姿をじっと見つめた。女の子が持っている刀からは、血が滴り落ちている。あれはきっと···そう父と母を───
『お父さん······っお母さんっ!!』
走り出して二人に近づくと、母が顔を上げてこちらを見た。薄く開く唇は私に何を伝えようとしているのか全然わからない。何を言っているのか聞こうとすると、カクンッと足の力が急になくなり、私はその場から動けなくなってしまった。どんどん、二人の姿が遠くなる。
私を見て何かを告げる母とその隣で息絶えている父の姿に必死に手を伸ばすけど、距離はなかなか縮まらない。むしろ遠くなっている一方だ。
『お母さん、何言ってるの?わからないよ!!』
そう叫んでも、ずっと何かを告げる母には私の声は届いていないようで。私はもどかしさに唇を噛んだ。その時、二人の傍で佇んでいた女の子がゆっくりとこちらを振り返って───笑った。
冷めたその瞳と、その口許に浮かぶ不気味な笑み。
「かぐや姫───」
私はその瞬間、彼女が誰なのかを悟った。
あいつは······。
『羽衣狐!!!!』夜桜を一気に抜くと、彼女に飛びかかった。そこで、私の体を白い光が包み込んだ。
『ハッ!!』
「お、起きたか神夜」
目が覚めた時、見えた天井は見知らぬもので。私は布団から起き上がってかけられた声の方向へと視線を向けた。
あれ······ここって···。
「傷はどうだ?痛い所ねえか?」
『
誰よ?あんた』
「お前、頭大丈夫か?」『いやひどくね?』
呆れたように溜息を吐く鴆から視線を逸らして周囲を見回す。そして自分の体を見下ろした。包帯だらけの体に、ボロボロの着物。せっかくおじいちゃんからもらったものだけど、これじゃ着られないな。しかも人間に戻ってるし。
頭にも巻かれている包帯に私はそっと手を添えて、今までのことを思い出そうとした。
確か···土蜘蛛と戦ってそれで───。そうだ!
『つららは!?』
ー
バシッ『いったああああ!?』鴆の方に顔を向けると、何かが顔面に当たって私は顔を押さえた。
ちょ、いった!?思い切り顔に当たったんだけど!何?何が当たったの!?
顔を押さえながら指の間から鴆を見ると、きょとんとした顔で包帯を手にしながら私を見つめていた。あの顔は何が起こったのかわからない顔だ。
「あ、悪ィな。お前が急に顔を横に向けたから包帯が当たっちまった」
どうやったら包帯が顔に当たるんだよ。しっかりしてよ、医者でしょ、あんた。私、一応病人なんですけど。体中包帯だらけなんだけど。目でそう訴える私を無視して、鴆は頭の包帯を換えた。
大人しく包帯を換えられるのを待っている間、私は鴆からどうして私がここにいるのか聞いた。どうやら、あの後気を失った私とリクオを牛鬼がここまで運んでくれたようだ。聞けばここは山の中の神社のようで、私たちはそこで一休みしていたらしい。だが、ここには他の奴良組の奴らはいないみたいだ。
何故牛鬼がいるのか。きっとおじいちゃんの仕業だろう。
『つららは······つららを助けに行かなきゃ!』
「ちっとは大人しくてろ。それに、多分行かせてもらえねえと思うぜ」
『どういうこと?』
頭の包帯を換え終えた鴆が、私から離れた瞬間、ドンッと大きな音が響いてこの神社が揺れた。思わず鴆と顔を見合わせて外へと出てみると、祢々切丸を持ったリクオと、建物の中から姿を現す牛鬼の姿がそこにあった。
「刀を抜け、リクオ」
ドクンドクンと心臓が大きく脈打つ。
な···に。
牛鬼···前と全然違う···これが牛鬼の本当の───
「己を超えてみろ、リクオ!!」