撃墜
「ななな······なんじゃありゃあ!?」
宝船から見えるもの。それは京都の町から幾つも沸き上がる煙と中央から生える一本の柱。空にまで伸びるその柱の先には渦巻く黒いものが空一面に広がっていた。
「京の都が!?」
「うそだろ!?」
「なんの柱だありゃ···どーなってんだい!?」
毛倡妓、納豆小僧、雨造が宝船からそれを見下ろし言った。ゴゴゴと凄まじい音と共に密かに宝船が揺れる。
どーなってるの?
私は不思議に思いながら「······!?」「おおう!?なんで男になんねぇ?」と自分の体を見下ろすイタクと淡島を見た。
たしかにさっき朝日が見えたのに、リクオも淡島もイタクも昼の姿になってはいない。すると私達の周りを囲む京妖怪のケケケと笑っている声が聞こえて私とリクオは顔を見合わせて目を見開いた。
まさか······羽衣狐の仕業なの!?
「まずいぞ!!京につっこんじまう!!」
「わわ···」
「このまま落ちたら飛べねぇ妖怪は全滅だ!!」
止まる事はなく、ぐんぐんと京都へと向かう宝船に皆が声を上げる。そろそろこの宝船もやばそうだな······。京妖怪の攻撃によって壊れかけている宝船からはミシミシと密かに音が聞こえてくる。
私は唇を噛み締めながら辺りを見回した。
どーする!?このままのスピードで京都に突っ込んだら奴良組はほぼ全滅になる。飛べない妖怪を抱えてこの高さから飛び下りるには無理があるし······どうすれば───
その時、鴆が宝船に向かって声を張り上げた。
「たのむぞ宝船!!山だ!!山に向きを変えてスピードを落としながら不時着しろ!!」
すると鴆の声を聞き届けた宝船の帆に目が現れカッとそれは見開かれた。
「ふぉ〜〜!!痛いけど、ガーマーンー!!」
そう言って両手に持つ宝と書いてある巨大な団扇をブンブンと仰ぎ始め、一生懸命山へと方向転換しようとした。
いや、ちょっとまて!!
『こいつしゃべれんのかよ!?』私の渾身のツッコミは皆の叫び声にかき消された。パタパタパタと団扇を必死に仰ぎ、方向転換する宝船の揺れに耐えきれず、私が足を滑らせると隣にいたリクオが咄嗟に私を抱き止めてくれた。
「おっと、大丈夫かい?」
『ありがとう、リクオ』
リクオに抱き止められたまま揺れが収まるのをまつ。その間、私は周囲を見回して冷麗と紫が無事か確認したら二人はすぐ近くの船の柱にしっかりと掴まっていた。
「山沿いになった!!」
「うおお、やった!速度だ次は〜〜!!」
「安心するな!!このままじゃ······船体が分解するぞ!!」
山沿いに来た事によって喜びに声を上げる奴良組の妖怪たちに首無はそう叫ぶと船体から飛び上がり、ザパァッと一気に自身の武器である糸を広げてシュオオオと船体に糸を張り巡らせた。分解しないように固定した糸をしっかりつかんだ首無はドドドドドと突き進む船の船首に着地する。
上手く動くことが出来ない船体の船底が近くの山へと当たって、一気に船体のそこら中からバキバキバキと音が聞こえた。揺れに耐えるために私を抱きしめるリクオの服にぎゅっと抱き着くとリクオも私を抱く手に力を込めて、きつく抱きしめてくれた。
「ギャアアア!痛いいぃぃぃ!!」
宝船がそう悲鳴を上げるとそれに気付いた首無が「!?」と振り返る。すると船を糸で固定する首無の前に妖怪が現れた。ケケケケケッと現れたその妖怪はまるで蛇。
「やらせるかよ〜〜〜」
あいつはヘマムシ入道だ。そいつは船体に長い体を巻き付かせるとズリズリと体を擦りながら船体にその体を食い込ませた。ミシミシと船体が音をたてる。
ぎゃあああああああ!!何してくれんじゃこのクソ蛇ぃぃぃ!船が壊れるだろうが!!
『ダメよ···こいつらを始末しないと船が大破しちゃう!!』
リクオの腕の中で悲鳴にも似た声をあげた私に周りの妖怪たちが一気に現れた京妖怪たちの相手をする。だが、数が多すぎて首無の所にいるヘマムシ入道の相手をする事が出来ない。その時、私の近くにいたイタクがいなくなってるのに気づいた。
「ケケケ、おちろーー!!」
『まずい···!』
私が声を上げたその瞬間、イタクの鎌 鬼憑 レラ・マキリによってヘマムシ入道は切り捨てられた。
「ぐわああああああ!!」
と悲鳴を上げてヘマムシ入道が消えて行く。イタクは首無の横で鎌を構えながら鋭くバンダナの下から京妖怪を睨みつけた。
「オレの鎌の前で首なんて伸ばしてっからだ。カッコウのえじきだ、京妖怪。バァカ」
『イタク、かっこいいぃぃ!!』
思わずリクオの腕の中でイタクに向かって叫ぶ。うん、イタクカッコいいよ!今初めてイタクの事カッコイイって思ったよ!!あ、けど一番カッコイイのはリクオですけどね?うん。
一人頷いていると私を抱きしめている腕に力がこもった。あらあらあら?嫉妬かな?リクオくん。
『心配しなくても私の一番はリクオですよ』
「······そうかい」
ポンポンとリクオの腕を叩きながらそう言うとリクオは笑みを浮かべた。
「ちょっとそこおおおお!!イチャついてないでこの状況どうにかしてくださいよおおお!!」
「わぁぁぁ、速度は落ちたけど間に合わねぇ!!山越えだぁぁぁ!!」
「街につっこむーー!!」
「宝船自力でなんとかしろよ!!」
「だめだ、こいつ気絶してる!!」
『こんな肝心な時に気絶してんじゃねえよ!!』ぎゃあぎゃあと吼えまくる私達奴良組。あ、いっとくけどイチャついてたあんたが言うなとかいうツッコミはなしで。ほら、人は何かに夢中になるとどうでもいい事は忘れるものなんです。いや、この状況はどうでもよくないけど。
ぎゃあぎゃあと喚く奴良組を見た京妖怪たちは「ヒャハハハハ、全滅だな!!」「ざまぁみろ」と吐き捨てヒャハハハハと笑いながら京都の空へと飛び去っていった。
クソ、あいつら薄情者だ!!助けろよ!敵なのに見捨てるのかよ!あ、当たり前か···。
イタクが鎌を木々に投げて木の皮で網を作ってスピードを落とさせたんだけど一向にそれは緩まることなく、私達はあともうちょっとで京都の街に突っ込むこととなる。
「くそお!!駄目か·········っ」
「············ッ」
『このままじゃ突っ込むって!』
鴆、リクオ、私が船体にしがみ付きながら声をあげる。あ、私はリクオにしがみ付いているんだけどね。おい、そこうるせえ。「死ぬときは一緒だああ」とお互いを抱きしめながら叫ぶ納豆小僧達に私は思わず心中で呟いた。マジうるせえ。死ぬとか言うなよ、今みんな必死で頑張ってんだから!
ゴゴゴゴと妖気に染まっている京都の街が視界の端に映った。
京都の街が───こんなところで···。
私がそれを横目に見ながらしっかりとリクオにしがみ付いていると、私の体をきつく抱きしめながらリクオが「川だ!!」と声を張り上げた。
「川があるぞ!!」
リクオの言った通りに眼下を見るとすぐそこに鴨川が流れているのが見えた。
『!! 首無!イタク!』
「わかってます!」
「気付いてたよ!」
じゃあ、やれよ。私の声に首無とイタクが声を上げる。首無はバッと糸を鴨川の横に建つビルに絡み付かせた。イタクも木の網をそこに張り付かせる。
ザブァァァッとそこに着水した宝船のその勢いに後ろにいた小妖怪たちが「ドワッ」と飛び上がった。
「やったかぁわわっ」
「舌かんだ·········!」
「着水した!?」
何とも自由な発言をする奴らである。まあ、私も人の事を言えないのだが。舌かんだとかアホだろ。
「ゲッ···まっ···曲がり切れねぇぇ!!川から出ちまううう!!」
勢いが止まる事はなくドドドドと突き進む宝船。だがその先には緩やかなカーブになっていて、今からでは到底曲がり切れない。
「「「「「おしまいだあああああ」」」」
奴良組の妖怪たちがそう叫ぶ。イタクと首無も「「·········ッッ」」と歯を食い縛って止めようとしてくれてるがこのスピードでは無理だろう。勢いが付きすぎている。
「神夜、しっかり捕まってろ!」
『リクオッ』
ぎゅっと強く私を抱きしめてくれるリクオに私も彼の胸に顔を埋めた。その時、首無とイタクを超えて大男がバッと船から飛ばした。ザシュッと船の前へと飛び降りると、両手をドンッと構えてそのまま船体を止めようとした。だが、猩影の力だけでは止まる事はなく。バキバキバキと船が密かに壊れながらも猩影は船を止めようと両手に力を込めた。「うおおおおおおお」と気合の入った声が聞こえる。
私は意を決して今頭に考え付いた事を実行しようとリクオの腕の中から抜け出して船首に向かって走った。
『冷麗!援護頼む!!』
「ッ!?わかったわ!」
私に突然呼ばれた冷麗だが、私の考えを見抜いたみたいで「ハッ」と裂ぱくの声を出してビェオオオオオと吹雪を出した。猩影の力と冷麗の氷で徐々に船体が止まるが、あともう少しで曲がり角に当たってしまう。
私はそれを防ぐべく、首無とイタクの頭上をバッと飛び越えて曲がり角の手前に降り立つと、周囲に桜を舞い散らせながら迫りくる宝船を睨みつけた。
『ーー
氷桜 桜吹雪!!』
周囲に待っていた桜が一気に船体へと張り付き、氷のように桜を固めると船の勢いは徐々に収まり私の顔の目の前でそれはようやく止まった。
「「「「「「と···············止まったああああああああああ!!」」」」」」
両手を上げて歓喜の声で叫ぶ奴良組の面々を見ながら私はふぅ···と息を吐いて前髪をかき上げた。
「神夜!」
その時、リクオが船から下りてきて私に駆け寄ってくるとぎゅっとかき抱くように私を抱きしめた。突然の事に目をパチクリとさせながらリクオに声をかける。
『リクオ···?』
「突然飛び出していくから驚いた。怪我はねえか?」
『大丈夫だよ。心配かけてごめんね』
トントンとあやすようにリクオの背中を叩いた。随分と心配かけたみたいだ。
なんか、だんだんとリクオの過保護化が凄くなってきているのは気のせいだろうか···。