鏡花水月
木の棒を持ちながらジャリジャリ···と地面を踏みしめて此方に歩いてくるリクオのその妖気に対峙していた私とイタクそして京妖怪たちはビク···と体を揺らした。
なに···!?さっき放った畏とはあきらかに違う!?
リクオの身体中から溢れ出る妖気に私は夜桜から手を離して目を見開いた。
いや、まて。リクオの畏は···。
脳裏を過るのはイタクと稽古場で稽古した時の事で。
そうだ、リクオの“
鬼發”は認識できなくなるんじゃなかったっけ?これは───“
鬼發”じゃない···!?
「なんだてめぇ!?てめーの畏は···切られたろーが!!」
丸刈りの京妖怪が拳を突き出してグアアアアッとリクオに迫る。
ーーくらえオレ様の“鬼發”牛力千力独楽!!姿を牛?鬼?へと変えたその妖怪は、全身から妖気を溢れ出させると、そのままグオアアアアと大きな手でリクオに迫った。が、それは当たる事はなく、ゆらりとゆらいだリクオの体を通り抜けた。
「···ああ···!?」
京妖怪が振り返った先にいるはずのリクオは、その妖怪から距離を取った場所にいつの間にかいて。スウ···と空気に溶け込むようにその体を揺らがせると、ぬらり···と京妖怪を振り返った。
これは···。
「あ···あぁ!?てめぇ···何しやがったーー!?」
リクオに攻撃を仕掛けた鬼の京妖怪がそう叫ぶと、突如リクオの後ろに現れたもう一人の京妖怪が「バカが···オレが殺る!」と短刀を持った手をリクオに向かって振り下ろした。が、スカーーァ···とリクオの全身を切裂いたはずなのに。
「·········!?」
その手ごたえのない感覚に目を見張った。その時、その妖怪を背後をスッ···とリクオが通った。
「どういうことだ···?認識できているのに」
「お···おう!!そーなんだ!!触れねーんだ!?そこにいるのに!?どーなってんだ!?」
リクオに翻弄される二人の妖怪を見ながら私は懐から扇を取り出してパサリと広げた。口許を隠しながらイタクの隣で様子を見守る。
彼方此方にいるリクオを振り返る二人の京妖怪を見ながら私は目を細めた。
のまれたわね。
その瞬間、二人の足許に突如リクオが現れ、持っていた木の棒を構えた。突然の事に身動きが取れなかった妖怪達はそのままズガァッンとリクオによって殴り飛ばされる。
「ム···」
ドギャアアと煙がそのまま後ろで見ていた老妖怪目掛けて襲い掛かった。衝撃の余波が彼に向かっていくと、その妖怪はバッと刀を構えた。
だがその両脇を通り抜けていくと、背後の方でピシイイッと亀裂が入った。
見ていた私とイタクと老妖怪が驚きに目を見張った。ピキピキピキと亀裂が広がっていいく。
···里が、里の畏が···断ち切れた!?
「···昔、じじいにきいたことがあった。ぬらりひょんってのは何の妖怪なのか···って。じじいはカッコつけてこう言った。
ぬらりひょんとは“鏡にうつる花 水にうかぶ月”すなわち“鏡花水月”。夢幻を体現する妖···ってな···」
リクオは幼少時におじいちゃんと本家を散歩していた時の出来事を話した。
"おじいちゃん見て。昼間なのに月が出てるよ"
"ほんとじゃ、不思議じゃな。だが池を見ろリクオ···映っているからあの月は幻ではないぞい"
"本当だ!池にお月様が入ってる"
チャプ···
"あ···!?消えちゃった"
"ははは···そりゃそうじゃ。明鏡止水は波紋を立てれば破られる。だが『鏡花水月』は···波紋を立てれば消えて届かなくなる。ぬらり···くらりとしとる。まるでわしらぬらりひょんじゃ"おじいちゃんって結構まともな事言うのね。(失礼だけど)
鏡花水月。
認識できてもそこにはいない。
漢文の文体の一つに「鏡花水月法」というものがある。あからさまに説明をしないでただその姿を読者の心に思い浮かばせるように表現するもの···。“ない”ことで逆に存在感が増す···。
思わず扇を握る手に力を込めた。口許に浮かぶ笑みを一層深める。
“妖怪 ぬらりひょん”は、認識をズラし···畏を断つ!!
これは···意外に危険な畏かもね。
「ム···」
リクオはボロ···と折れ目から木屑が出る木の棒を見た。折れた先の枝がプラーンとぶら下がっている。
「折れちまってる···さすがに木の棒で妖怪倒すのは無理か···」
「『畏をとくなリクオ!!』」
リクオに向かって叫ぶ私とイタクの声が重なった。
振り返ったリクオの先に、先程の老妖怪が刀を持って迫るのを見た私とイタクは同時に行動に出た。鎌を構えて走り出すイタクの横で夜桜を素早く抜刀する。だが、私達の居た所からリクオのいる所まではだいぶ距離があって間に合わない。
マズイ───リクオ!!
だが、あと一歩で老妖怪の刀がリクオに当たるという所で、ズシャアアアンと突如現れた氷に狭間れた。
「な······氷」
ピキィィッピキピキと老妖怪の体を氷が覆い尽くしてゆく。この氷は···!
「遅いと思ったら、イタク···あなたリクオの教育係でしょ?間の抜けたことしちゃダメよ。神夜も油断し過ぎじゃないかしら?」
『うるせえ、冷麗······』
夜桜を納刀して見上げる先には凸凹している岩に立つ冷麗を中心に紫、土彦、雨造、淡島の姿。私がその姿に『ふぅ···』と安堵のため息を吐くと、冷麗が氷の氷像になっている老妖怪に近づいた。
「おじさん···この氷のとりでからは出られない。待っているのは凍死ね···。それが嫌なら、この遠野であばれたこと、大声で悔いてごらんなさいな」
「お前ら···」
「イタク!!神夜!!こいつら京妖怪だろ!?どーいうことだよ、説明しろ」
『待って淡島、説明は後で!!』
「え?」
私が声を上げて此方に向かってくる淡島を飛び越えて冷麗の前に着地すると同時に、目の前の老妖怪はガシャァァァァァァアアアと刀で冷麗の氷を叩き割った。
飛び散る氷の破片から庇うように近くにいた冷麗と紫を引っ張って抱きしめる。
絶対に出られるはずのない冷麗のとりでが壊されたことに皆は驚きの表情を浮かべていた。私は紫と冷麗を背後に隠し、左の掌に桜を浮かばせ右手を夜桜にかけると、目の前の京妖怪を睨みつける。
数秒目の前の老妖怪と睨み合うと、あっちが先に喋り出した。
「···私のやることは、遠野を全滅させることではないのだよ。だが···ぬらりひょんの孫に手をかしたことはおぼえておく。奴良組とつるめば···花開院のように皆殺しだ」
私とリクオはその言葉に目を見開いた。
花開院だって···!?
「二週間以内に京は、陰陽師と共に···羽衣狐の手に落ちるのだ」
その頃。
京では一つの屋敷で物語が始まろうとしていた。
「フェッフェッ。羽衣狐様ァ〜お目覚めの時間でございまーすよぉ〜〜。本日は第五の封印を解く日にィ〜ございます。フェフェフェ···」
妖怪が大きな黒いベッドに横たわる人物に声をかけるが起きる気配は全くしない。
「······羽衣狐様······?」
再度呼びかけると、黒く長い髪の少女がゆらりと体を起こした。
「───起きている···鏖地蔵」