例えるなら桜
「『珱姫ぇぇえええええ!!』」
声を上げて長ドスと刀を持ち羽衣狐に向かうわたしとぬらりひょんは、幾つもの尻尾に身体を貫かれていく。それでも何度も立ち上がって向かっていくが、今度はわたしの横腹をその尻尾で貫かれてしまい、わたしは『ガ······』と血を吐きながらその場に倒れた。
「月夜······!」
ぬらりひょんがわたしに駆け寄る。しゅるしゅるとわたしに向かってくる尻尾を斬り落としていくが、最終的にぬらりひょんも横腹を貫かれてしまいわたしの隣に倒れて込んでしまった。
「芸がないのう···。一方的に向かってくるのでは。少しはやるのかと思っていたらお前たちもそこらの凡百の妖と一緒か。これは「余興」じゃぞ······楽しませてみろ」
「ぐ······」
『がは······』
胸から込み上げてくる血を何回も吐き出す。傷つけられて重たい体は上手く動いてくれず、何回も起き上がろうとしては、畳に倒れるを繰り返した。
「お前たちはこの尻尾の数が見えるか?わらわも数えてはおらん···わらわの「転生」した数と同じじゃ。歯向かってくる血の気の多い妖に反応するようになった」
くっと唇を噛み締めるとわたしは近くにあった自身の刀をガッと掴んで羽衣狐に向かっていくが、その尻尾で遮られてしまい後ろに吹っ飛ばされた。
「ほれほれ。お前の惚れた女を頂くぞ」
女に惚れるか···っと言いたいがあながち間違っていないから訂正はしない。
幾つもの尻尾がわたしの体に傷をつけていく。その身体から溢れた血が周囲に飛び散る。
「踊れ、死の舞踏を。妖の血肉舞うのが演目ならそれもよかろうて」
「狐様ーーーー!!」
「月夜ーーーー!!」
珱姫とぬらりひょんがわたしを呼ぶ。答えようにも次々と来る攻撃に精一杯で二人の声に応えられない。
わたしの身体中から血が溢れているのが解る。少し霞む視界の端でぬらりひょんが立ち上がってわたしの所に向かって来ようとするのが見えたが、羽衣狐の尻尾に攻撃されて畳の上に倒れてしまった。
ぬらりひょん···!
そんな彼に飽きたのか、彼を攻撃していた尻尾はまだ立ち上がるわたしに向かって攻撃してきた。幾つもの攻撃を受けて来たこの体が保つことはなく、そのまま床に転がった。
「狐様ぁぁぁ!!」
わたしの名前を叫んだ珱姫が羽衣狐の腕から抜け出そうとする。
「おっと···だめじゃ。能力は知っておるぞ···そういうのはつまらん」
だが逃がしはしないと羽衣狐はその腕に彼女を閉じ込める。その腕の中で必死に珱姫は叫んだ。
「なぜ!?こんな無茶を!!私は······狐様と妖様がわかりません!!こんなになるまで···妖は皆そうなのですか······!?」
「カワイイこと言うのう、珱姫···。いいかぇ?世の中は人でも妖でも「カシコイ奴」は大勢いるのだ。人を知らんな」
腕の中で見下ろした珱姫は唯一心に起き上がろうとしているわたしとぬらりひょんを見つめている。
「初めて知ったのがあんなバカで愚直で···カワイそうに。そして···それが最後の奴等なんじゃからな」
『珱姫···わたしとぬらりひょんはあなたの目に今どう映ってる?』
確かに、初めて妖怪と触れ合った珱姫が出会ったのがわたし達なのは可哀相だと思った。けど、わたしは“魅せられた”のだ。その美しさに。その可憐さに。その芯の強さに。
ヨロリと起き上がろうと両腕に力を入れる。
『やっぱりそいつの言うように、バカに映るかしら···?』
羽衣狐の腕の中で珱姫はわたしの言葉にふるふると首を振る。
『貴女の事を考えるとね···心が···綻ぶのよ···』
ぬらりひょんとは違った暖かさがあって。ぬらりひょんのように、わたしを楽しませて、心を惹きつけてくれる。
宿に連れて来た時のような無邪気な笑顔は、見ていて心地良かった。だから、一緒に江戸に来て、ぬらりひょんと三人でいろいろな事をしたかった。
『例えるなら「桜」。美しく···清らかで···儚げで···見る者の心をやわらげる』
昔、ぬらりひょんはわたしを例えるなら「月」だと言った。美しく、強く、儚げで、妖怪たちの闇を優しく照らし出す。
そんな綺麗なモノに例えるなんて···ってその時はバカにしたけど、今ならその気持ちがわかる。人を何かに例えるのは···その生き様が同じだからだ。
『あなたとぬらりひょんがそばにいるだけで、きっとわたしのまわりは華やぐ。そんな未来が···見えるのよ。なのに···あなたは不幸な顔をしてた』
会う度に、その顔を見る度にあなたの事が気になって仕方なかった。もっといろいろな顔が見たくて、そんな顔を想像する度に心惹かれて、いつの間にかぬらりひょんと同じくらいあなたの事が大切になっていた。
『わたしがあなたを幸せにする。···どう?目の前にいるわたしは、あなたを幸せに出来る女に見える?』
ぬらりひょんと一緒にいて幸せなわたしのこの気持ちを···あなたにも分けてあげたい。
わたしは刀を手に持ちながら自嘲気味に笑う。
『ハッ···見えないでしょうね···。わたしはあなたの笑顔がみたいのに······───あなたに溺れて見失うところだった。
そろそろ返してもらうわよ、羽衣狐』
「!!」
ーーなんだ······?急に···雰囲気が変わった······?
「狐······様······?」
『行くわよ。ここからが闇───妖の·········本来の戦よ』
刀を真っ直ぐに構えて羽衣狐を見据える月夜に羽衣狐は唯々目を見開くばかりで、月夜の後ろで静かに起き上がったぬらりひょんに気付けなかった。
羽衣狐は狐火を刀に纏わせる月夜を見て、動かない体に心の中で疑問を抱くだけだった。
ーー尻尾が反応せん。そこにいるのに、見えなんだ。
一気に目の前に詰め寄った月夜に羽衣狐は尻尾でその刀を弾くが、月夜の後ろから現れたぬらりひょんが腰に下げていた刀に目を見開いた。
その刀は、花開院秀元が珱姫の護身刀で作った───妖刀・祢々切丸だ。
「同じことを!!」
尻尾をぬらりひょんに向けるが、その刀によって尻尾は切り裂かれてしまう。その事実に目を見開いた羽衣狐の顔にぬらりひょんは一太刀入れた。
その勢いで羽衣狐の腕から珱姫が離れた。