十
その夜。
私は妖怪の姿のリクオに連れられて金狐の姿となり、菅沼さんの部屋へと来ていた。
『ちょっとリクオ。私普通に寝ようと思ってたんだけど?』
「昼間言っただろ?邪魅の正体を暴くって」
確かに昼間にそんなことを言っていた記憶はあるが······一人でやってくれませんかね。しかもさっきわざとカナたちが寝てる部屋の前を通ってきたからもしカナが起きてたら後を着いてくるんじゃぁ···とそこまで考えて私は、ないかと首を振った。
多分、起きてたら氷麗がなんとかしてくれるだろう。
そんなことを考えていたら菅沼さんの部屋から幾つかの妖気を感じて私達は顔を見合わせると彼女の部屋へと急いだ。
だが、急いだ先には妖怪に襲われていた菅沼さんを助けている邪魅の姿。
そんな彼にリクオはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、その部屋へと足を踏み入れた······その瞬間。
ーギィィン
「おっと」
邪魅に斬りかかれるがそれを祢々切丸で悠々と避けるリクオ。
なぁに、やってんだか。
軽々と自分の刀を弾かれた邪魅が「!?」と驚きを見せるがリクオは「オレは敵じゃねぇよ」とそう言った。
私は襖に寄りかかりながら、もう一度斬りかかろうとしている邪魅に祢々切丸を向けて鋭い目を覗かせるリクオを見つめる。
「くわしいことは道々話してやる···。この邪魅騒動のカラクリ。あばいてやるから···ついてきな!!」
あの神主さんがいる神社へと来ると、リクオは菅沼さんを一人で社の中へと入らせた。
その行動に理解できず私は彼を見上げると、リクオはフッと私に笑いかけた後菅沼さんが入っていった社へと視線を向けた。
それにならって私も社へと目を向けると、納得したように頷く。彼女が入っていった社の扉から見えるのは神主さんを中心としたあのヤクザのお兄さんたちだ。
『まさか、気付いてたの?』
「どっちだと思う?」
『意地悪な質問ね···』
ニヤリと微笑みながら私にそう言うリクオに、ぷいっとそっぽを向くと彼はククッと低く喉で笑いながら私の腰を抱き寄せた。
「行くぜ」
中にいた人たちが菅沼さんに気を取られているうちに、ぬらりひょんの畏れともいうべきもの、ぬらりくらりとしたリクオに抱かれ私は社の中へと入り、柱の陰に身を潜めた。
「神主さん···なんで···その人たちと一緒にいるの···?」
「誤解だよ、品子ちゃん···。だめじゃないか···ちゃんと結界に入ってなきゃ···」
神主さんを睨む菅沼さんに神主さんはニコッと冷や汗を流しながら微笑んで彼女に近寄ろうとするが、彼女は「近寄るなー!!」と声を上げて手をシッシッと動かした。
「おかしいと思ったのよー!!あんたたちがグルになってしくんだんでしょー!?」
そう言う菅沼さんに神主さんは鋭い目でギロ···と彼女を睨みつけた。
「············知ってしまったか······」
一気に顔を変えた神主さんは周りに控えていた人たちに目配せをした。
「ならば痛い目を見て言う事を聞いてもらうほかないね。おい······やれ」
その言葉を合図に菅沼さんに襲い掛かる怖い顔のお兄さんたち。それに彼女は怯えながら社の扉付近まで逃げた。
その後を「おら逃げてもムダだ」「待てやコラ」と追いかけるお兄さんたち。
「外道共が······邪魅はらいとは笑わせる」
突然聞こえてきた声に「!?」「誰だ!?」と辺りを見回すが声の主の場所はつかめない。
『
自分たちの言う事をきかない人間には───“式神”を飛ばし、やれ“邪魅”がついたとふれまわる』
私の発した声にザワッとざわつく神主さんたち。「な······なんだ?どこから······!?」とキョロキョロと見回すがその正体はつかめない。
そんな光景にニヤリと笑みを浮べていると、隣のリクオも私の腰を抱き寄せながら不敵な笑みを浮かべた。
「“邪魅に呪われた”“邪魅を祓え”と人々を惑わせる。なんてこたぁねぇ」
『邪魅騒動っていうのは自作自演の猿芝居』
「まさに“悪氣なるべし”だ」
そんな私達の声にとうとうお兄さんたちが声を荒げた。
「誰だ───どこにいやがる!?」
「さっさと出てきやがれ!!」
お望みならば。
私がニヤリと口角を持ち上げると、リクオが近くにいたお兄さんの顎下に祢々切丸を音も無く宛がった。気配も音もなく、何時の間にかそうされていた事に気付いたお兄さんの背筋にゾクッと冷たいものが走る。
リクオに祢々切丸を宛がわれて震えるお兄さんを見た他の人たちが一斉に私達から距離を置いた。
「こ···こいつらどっから」
「くそっ···話をきかれたぞ!!殺ってしまえーーーーー!!」
そう言って私達に殴りかかってくるお兄さんたち。私が先程のお兄さんをトンッと彼らの方に押すと同時に私の肩が後ろに引かれた。
「下がってろ」
リクオのその言葉に頷いて大人しく後ろに下がると、それを見たリクオはギランッと祢々切丸の刃を光らせて鋭い目をお兄さんたちに向けると、ズバッと私達が隠れていた柱を斬り捨てた。
「ギャアアア!!は···柱を斬ったぁ〜〜〜〜」
そう声を上げるも間もなく、直にお兄さんたちを上に崩れた天井の瓦礫や柱が降り注ぎ、リクオは瓦礫の下に埋もれたお兄さんたちを一瞥して祢々切丸を肩に乗せると、瓦礫の上に足を乗せた。
私も懐から扇を取り出し彼の側に寄ると、瓦礫に埋もれたお兄さんたちが情けない声を上げた。
「うげぇ···あ、ありえねぇ···」
「て···てめぇ、人間じゃねぇ。何者だ······」
その問に答える前に私達に着いて来ていた小妖怪たちがやいやいやいとお兄さんたちに詰め寄った。
「え〜〜〜い頭が高い!!このお方をどなたと心得る!!妖怪任侠奴良組若頭リクオ様なるぞ!!先の四国戦でも大将代理を立派につとめ、今や妖怪界のブライテスト・ホープと呼ばれ···そしてその隣にいるのはリクオ様の隣に立つべきお方、奴良組の姫、金狐の神夜様だぞ!!人間がかなうわけなかろうー!!」
『わかったから下がりなさい、あんた達···』呆れたように扇を広げて目を細めながらそう言うと小妖怪にびびったお兄さんたちは悲鳴を上げてオロオロとその場から逃げて行った。
その後ろ姿に「こらぁ!!しっかりせんかお前ら!!」と声をかける神主さん。
「お···おのれぇぇ〜〜〜···よくも···よ···妖怪だと〜···。だったら!!このワシの花開院流陰陽師、式神受けてみろやー!!」
そう言いながら飛ばした式神は私達の前に現れた邪魅によって切り裂かれた。
その姿を不敵な笑みを浮かべる私の隣には横目で神主さんを見るリクオ。菅沼さんは邪魅のその大きさに驚いている。
「げぇ···も···もう一匹いたのかぁ〜〜〜!?」
腰を抜かした神主さんにツカツカと詰め寄って行くリクオ。
「神主さんよ。こいつがこの街に現れる本当の邪魅だよ」
「はぇ!?ちょ···ちょっとまってくれ…」
だんだん近づいてくるリクオに恐怖に顔を染めながら後ずさる神主さんを私はただ静かな目で見ていた。あんだけ邪魅だ、邪魅だと騒がせて、いざ本物が現れるとこの始末。ホントアホらしい。
「あんたの妖怪騙りのせいで不当にあつかわれたこいつのお礼だ···受け取れ!!」
ーー明鏡止水───“桜”杯の中から飛び出した酒は神主さんに襲い掛かった。
リクオの明鏡止水“桜”によって燃え尽きる社とそれに伴って聞こえるギャアアアアと言う悲鳴。私達はそれを耳にしながら、私、リクオ、菅沼さんより少し離れたところにいる邪魅を見つめた。
「邪魅···どうして···?私たち一族をうらんでいたんじゃないの······?」
「『······』」
そう言う菅沼さんに私とリクオは目を合わせると邪魅の言葉を代弁するかの如く口を開いた。
「お前は···殺した妻の子孫でもあるが、主君の子孫でもある。こいつはただ、主君に尽くしていただけだ───」
『ずっと···貴方達一族を守っていたのね』
邪魅は恨んで死んでいったわけではないのだ。
死してなお、主君を守らねば───と思っていた。邪魅の主君はそれは立派な人だったのだろう。邪魅はただ先に死んだことにより、あの方を守りきれなかった無念が、邪魅をさまよわせたのだ。
私達の言葉を聞いた菅沼さんはスッと邪魅に近寄った。
「あの···誤解してごめんなさい。おかげで···助かったわ···。守ってくれてありがとう······!」
笑顔を浮かべてそう言った菅沼さん。
邪魅が今まで主君の子孫を守り続けたのは、この一言が欲しくて───主君を守り続けたのだ。
「·········見上げた忠誠心だな」
そんないい感じの温かい雰囲気を壊すのがこの人。リクオだ。
私の隣で腕を組んで二人を見ていたリクオに邪魅は顔を向けた。
「何処の者か知らぬが···この御恩は───」
「オレは奴良組若頭、奴良リクオだ」
ドンと言い放ったリクオに邪魅はハッと目を見張った。そんな邪魅を気にもせずリクオは言葉を続ける。
「オレはいずれ魑魅魍魎の主となる。その為に···自分の百鬼夜行を集めている。オレはお前のような妖怪が欲しい!!」
酒の入った赤い杯を邪魅の前に出しながらそう言うリクオに邪魅は「魑魅魍魎の···主···?」と呟いた。
そんな彼らを見守る私は月明りが照らす中、ふわりと笑みを浮かべた。
あぁ、若頭ぽくなってきたじゃないリクオ。なんか今さっきのリクオ、凄くカッコよかった。
ニコニコと二人を見守る私の前でリクオは口角を上げながら言った。
「邪魅。オレと杯を交わさねぇか」
その姿が───邪魅にはかつての主君が重なるように見えた···。
リクオはその晩、妖怪・邪魅と···盃を···交わした。