六
夜が明けると私達は詳しく話を聞くため、秀島神社へと来ていた。さっき聞いた話だが昨夜、女子部屋に妖怪が出たらしい。私が部屋を出た後に起きたカナがその妖怪を見たみたいだ。
「そう···また出たのですか······。邪魅には本当に手をやかれる」
「神主さんは邪魅のことをよくご存知なんですね!」
「もちろん···昔からそういった邪魅騒動の話が多いんだよ、ここは」
「へーさすが地元の神社」
神主さんが持ってきてくれたお茶を飲みながら話を聞く私達。
長机に清継くん、リクオ、カナが座り、その目の前に島くん、鳥居、巻が座っている。私は皆より少し離れたところで襖に寄りかかって座っていたのだが、カナとリクオに手招きをされて渋々立ち上がると、二人の間に腰を下ろした。あ、私のお茶ここにあった。
神主さんを疑わしそうに見る菅沼さんをチラリを見た後、長机の横に置かれた丸テーブルで冷たいお茶を両手に持ちながら涼しんでいる氷麗を見た。雪女って暑いの嫌いだもんね。
「え?じゃあ昨日のお化けも何かお話があるんですか?」
長机に頬杖をつきながらお茶を飲んでいた私の隣でカナが不安そうにそう聞くと清継くんが「家長くん!!予習不足だよ」と言った。予習なんかするか。
「ねーー神主さん!!あの伝説ですよね、あの!!」
「あ···うん、まぁね···」
忙しなく首を動かす清継くんに戸惑いながらそう応える神主さん。清継くんの勢いについていけてないらしく、神主さんは若干引き気味だ。そりゃあんだけ食い気味に言われれば引くよね。
神主さんはしばらく黙るとゆっくり口を開いた。
「昔この町が秀島藩と呼ばれていた頃、大名屋敷があってね。そこにまつわるいまいましい伝説が······」
「「地ならし」にのまれた侍の伝説ですね!!ハイハイ!!」
『やかましい』喧しく騒ぐ清継くんにそう言うと、神主さんが清継くんの勢いに押されながら「そうそう···君、よくしってるねぇ···」と呟いた。
神主さんの話によると。
そこには、名前はさだかではないが非常に君主に忠実な若い侍がいたという。
勤勉でよく働き、何より君主定盛を心から尊敬していたその若い侍はやがて定盛の目にとまり、定盛もその侍のことを信頼してたいそうかわいがったという。
腕もたった侍はまたたくまに出世していき、いつしか······定盛の片腕とまで呼ばれるようになった。
「それが邪魅だ!!そいつが邪魅になるんだよね〜〜神主さん!!」
「うむ···」
『さっきからやかましいわ!!』
「話のコシおんなよ!!しってるからってウッザッ!!」
神主さんが話しているのに興奮して話し出す清継くんに神主さんは困ったように頷き私と巻は机にバンッと手をついて清継くんを一喝した。
話を戻そう。
だが···その侍をよしと思わぬ者がいた······。
定盛の妻である。
彼女は何をするにも一緒な二人の仲の良さが気にくわなかった。
「え···?妻が部下に嫉妬したんですか?」
「そういうことだね」
カナ、私、リクオ、清継くんは頭に「?」を浮かべる。そんなことあるの?たしかに変だな。と頭を悩ませているとそれを見かねた神主さんが優しく教えてくれた。
「封建社会ではおうおうにしてそういうことがあったんだよ······。まぁ中学生にはわからんだろう」
すると巻がハイハーイと手を上げた。
私達は巻へと視線を向ける。
「BLっすかぁ?」
「なにそれ!?」
「当時の言葉で衆道ね。少なくとも妻にはそう見えたんだろう」
巻の言葉にガーンとショックを受けて机に両手をつく清継くん。私は何となくわかって、なるほどと呆れたようにため息を吐くと頬杖をついた。
そんな私の服の袖をちょんちょんと引っ張るカナ。
『なに?どーしたの』
「神夜、BLって何?」
え············。いや、何て説明すればいいんだろうか。何て純粋なのカナちゃん。
私がどう説明しようかと考えていると神主さんが話の続きをしてくれた。正直助かった···。
嫉妬した妻は君主のいないときにいわれのない罪をきせ、侍を屋敷の地下牢に閉じ込めてしまった。
そのときだった───
海沿いにあるこの町を大津波が襲ったのは───!!後に「地ならし」と呼ばれた程の大量の海水!!
町の者はほとんど高い丘にのがれたが地下にあった屋敷の牢はまたたくまに海水がなだれこみ、若い命を散らせてしまった────
それ以来この町ではさまよう侍の霊がたびたび目撃されるようになる。
シーン······とその場が一気に静かになった。カナが顔を引き攣らせながら頬杖をついて聞いていた私の服をぎゅっと握る。
「水にまみれ···風にまぎれ。邪魅と呼ばれる妖怪が······生まれたんだ」
神主さんの話を聞きながら怯えたように私の服を握りしめて小さく震えているカナの頭を撫でると、彼女は体の震えを止めて少し私との距離を縮ませると私の肩に頭を乗せた。そんなカナと私の様子を見ていたらしいリクオと氷麗が私をジトッ···と冷たい目で見つめてくる。
え······何······。
「邪魅というのはうらみをかった人間を襲う妖といわれている············。この地には···まだうらみをかった大名家の血筋が残っている!」
「え···!?ということは······まさか!?」
いきなり声を上げた清継くんに首を傾げる島くん。
「そう···つまり品子ちゃんはその大名家······秀島藩主「菅沼定盛」の血筋。その直系にあたるんだよ!」
私たちの視線が一気に菅沼さんに向けられた。シーンとした中で、······あ、そうか···という雰囲気が流れる。
清継くんは驚いたように神主さんと菅沼さんの顔を見比べている。
「知らなかった!!だから襲われてたんだ!!」
「この神社はその霊魂を鎮めるために出来たんだ」
そういう神主さんから菅沼さんに視線を向けると、彼女はギッ···と両手を握りしめて俯いていた。その姿を目を細めて見つめる私の近くで「なるほど······だから表に“邪魅落とし”の看板が出てたんですね」「そうそう、よく見てるね」とワイワイ騒ぐ清継くんと神主さん。
「ね、神夜······」
『······ん?』
菅沼さんを見ていて反応が遅れたがそんな事を気にもせずリクオは私を呼ぶと、彼女の上にある家を支えている柱を見上げた。私も彼の視線を追うと、そこには何処かで見た覚えがあるマークが刻まれていた。
私とリクオがじっとそれを見つめていると「そんなこと言って!!まったく効かないくせに!!」とドンッと机を叩いて菅沼さんが立ち上がった。柱に意識を集中していた私とリクオはピクッと肩を跳ねあがらせる。
大声を上げて立ち上がった菅沼さんに皆が驚いていると神主さんが小さく「品子ちゃん···」と彼女の名前を呼んだ。
「もうたくさんよ!!鎮めるって···一向にいなくならないじゃない!!」
「力が及ばないのは返す言葉もないが、邪魅のうらみが強すぎる場合は落とせない場合もあるんだ。憑き物落としができなかった家はみんなこの町を去った。さもなくば“最悪”なことになるかもしれないのだから······」
「············」
神主さんの言葉に唇を噛んで黙り込んだ菅沼さん。私はそれを見つめて机に手をついて立ち上がった。
「神夜···?」
急に立ち上がった私に声を掛けるカナを一瞥して菅沼さんの元に歩み寄り彼女に手を差しだす。
『もう帰ろう。一通り話は聞いたし、ここに長居する意味がない』
そう言う私を菅沼さんは驚いたように見つめたが、やがて眉を下げて小さく微笑むと私の差し出した手を握りしめてくれた。それをしっかりと握りしめて他の皆に声を掛けると私達は秀島神社を出た。