四
しばらく歩くと一軒の古い屋敷が見えた。門の前にはざっくりとした三つ編みを前に垂らして眼鏡をかけている女の子が寄りかかっていた。その子が私たちに気が付いて駆け寄って来たのを見た清継くんが「お」と声を上げる。
「あれか?もしかして」
私は暖かな日差しの中、一つあくびを噛み殺した。そんな私の前で清継くんが片手を上げる。
「やあやあ君は···」
「あなたが清継くんね!!」
女の子はそんな清継くんを素通りしてリクオに駆け寄った。突然向かってきた女の子に私の隣にいたリクオは「え···?」と困惑の声を上げる。
「大丈夫かしら···メガネはメガネでも頼りなさそうなメガネ男子って感じだけど?え?違う?こっちの天パの方?あらぁ···これはこれで·········不安」
「天パ?キミは何だ。天パのどこに問題あるんだ!?」
『ぶっ······あっははははは!!!』
漫才のような彼女と清継くんのやりとりに思わず大声で笑ってしまった。いやあ、コンビ組めるんじゃない?初対面の人には見えないよ。
目尻に溜まった涙を拭いて彼女を見ると、私の笑い声で冷静さを取り戻したようでぺこっと礼儀正しくお辞儀をした。
「依頼人の菅沼品子です。来てくれてありがとう···でも大丈夫かしら。一応期待してます」
その言葉に私達一同の間に沈黙が流れる。なかなか言う子ではないか。「なんだこの子は」と清継くんが小さく呟いた。
「どうぞ」
「フッハッ!!すごいボロ屋敷だ。奴良くんと月影さんとこよりボロいんじゃーないかい」
「清継くん根にもってる!?」
自分の家へと案内する彼女の後ろに続いた清継くんに声を掛ける巻を見ながら((とばっちりだ······))とリクオと心の中で呟いた。
「その娘に近づくな」
後ろからそんな声が聞こえて私とリクオは思わず振り返った。だが、振り返った先には何もおらず私達は只無言で顔を見合わせる。
なんなの···今のは···。
皆を家の中へと案内する菅沼さんの後ろ姿を見つめた。
家の中を案内され、長い廊下を歩くと一つの部屋へと辿りついた。どうやらそこが菅沼さんの部屋らしい。ガラッと襖を開けると中には一人の女性とちょっと丸······ゴホンゴホン、失礼。ふくよかな男性がいた。
「お?お邪魔します···」
中に人がいるのに気付いた清継くんが声をかける。その後に続いて私達も部屋の中へと足を進めた。何処か不気味に見えるこの部屋には壁一面にいろいろなお札が貼ってあった。
「···なんかすごい···お札の数ね···色々やってんだ」
清十字の皆が思わずたじろいでしまった。あの清継くんでさえ唖然と部屋を見渡している。そんな私達に声をかけたのはベリーショートの女性。どうやら菅沼さんのお母さんらしい。
「品子ちゃん、また···新しい人連れて来たの?お祓いなら神主さんが毎日来てくれてるじゃない」
「だって効かないんですもん。そこの神社じゃ」
はっきりと告げる彼女にお母さんが「品子ちゃん···!」と焦って声をかける後ろで神主と思われる男の人がしょぼーんと体を縮こませた。
そんな二人の間に割って入った菅沼さんは「ここよ」と口を開いた。
「昨日もここに出て···私に覆いかぶさるように」
そいつは私をじっーーと見るの。
そう続けた彼女にカナがヒェェ···と声を上げて私にしがみついた。怖いなら来なければよかったのに。と私が考えていると清継くんが菅沼さんに問い掛ける。
「のぞきこむだけなんだね?」
すると彼女は自身の腕に巻いていた包帯をしる···と外した。
「これを見て。昨日はこうして跡がつくまで強く···にぎられたの!」
彼女の腕には確かに四本の指跡が色濃く残っていた。
そんな彼女の腕を見て私達の間に一瞬の沈黙が流れる。
さわってくるのか···。私とリクオの胸がドクン···とざわついた。そんな私達の隣で声を上げるのは巻と鳥居。ま、あげると思ってはいたけど。
「ちょっと···話が違うじゃんかー!?」
「危害くわえてるじゃないのーー!!」
カナも二人の言葉にぎゅっと更に強くしがみつく。
「ゆらちゃんは!?何で来てないのーー!?」
「さあ···最近学校も休みがちみたいなんだよね」
「はぁ!?なんで!?」
なんかあったのかな···ゆらの奴。
「もう次は···何されるかわからない。私······怖いんです」
お願い···邪魅から守って!!
その彼女の要望に応えるために私達は今晩、彼女の部屋へと寝泊まりすることになった。女子軍は彼女の部屋へと布団を敷き、完全にお泊り会である。
ちなみに私の隣はカナと氷麗だ。先程は巻と鳥居とカナと氷麗で誰が私の隣で寝るかと言い合いをしていたのだが、『じゃんけんで決めなよ』という私のひと言でじゃんけん大会が始まり見事勝ち取ったのがカナと氷麗だ。まあ、別に私は誰でもよかったのだが。
「護衛は男子にまかせて」
「こんなに清十字に女の子がいるなんて思わなかった。それはすごい心強いわ!!」
嬉しそうにそう言う菅沼さんに私は思わず笑みを溢した。巻は「こっちには神夜という心強い奴がいるから」とかなんとか言って菅沼さんに鳥居と二人で私の話をしていた。おい、勝手に人のことべらべら喋るのやめてくれ。
ワイワイと盛り上がっている三人を見て溜息を吐いて布団に寝転ぼうとして、隣の布団を一瞥すると氷麗が気持ちよさそうに寝息を立てながら寝ていた。
『寝るの早!!』
さすが雪女。氷麗の方の体半分寒いのだが。これは眠りずらいかもしれないと思って頭を抱えるとカナがくいっと私の服の袖を引っ張った。視線を向けると不安そうに瞳を揺らして布団の中から私を見上げるカナの姿があって、私は目をパチクリとさせるとあぁ···と理解する。
こんなにお札が貼ってあったら怖いよね。
部屋中に貼ってあるお札を一瞥してカナの頭をポンポンと叩く。
『大丈夫だよ、傍にいるから』
そう言うとカナはニコリと笑みを浮かべて目を閉じた。
先程まで騒いでいた巻たちが静かなのでチラリと見るとすでに私以外の女子たちは全員寝静まっていた。やれやれ···と頭を振って電気を消すと、布団に寝転がって頭の後ろで手を組む。見上げる先にはたくさんのお札が貼ってある天井。
邪魅───鳥山石燕の
今昔画図続百鬼にもある有名な妖怪だ。かと言って具体的にどーっちゅう説明もないよくわからない妖怪でもある。先程の神主は憑き物みたいに言っていたが。
「邪魅はね···他人のうらみをかったものにつく悪い妖···。今はまだおとなしいかもしれないが気を付けた方がいい···。現にこのあたりでは昔から何人も邪魅には食い荒らされているのだ」と言っていた神主さんの言葉が頭を過った。
あの神主さんには違和感を感じるんだよなぁ···。
「この界隈では···そうとう昔から邪魅の被害に悩まされている···それはこの地の伝説とも符合するんだ!!明日はそこら辺を調べて廻ろう!邪魅は幻のような存在だが被害は逆にハッキリ残っている。ああぁ···でも、その前に···
今晩会えるかも知れないーー!!本当にいたらいいなぁ!!いいなぁ!!」
襖の外から長ったらしい台詞の後にはしゃぎ気味の清継くんの声が聞こえてうるさいと眉を顰めた。霊感0なのにすごいやる気···と溜息を吐いて立ち上がると両隣で寝ている氷麗とカナをチラリと見て襖を開けて少し離れた所にいるリクオの元へと歩み寄る。
今だにはしゃいでいる清継くんを見ながら欠伸を噛み殺しているとリクオが私に気付いて振り返った。
「あ、神夜···つららたちは?」
『ついさっき寝たよ』
「神夜は寝ないの?」
『あの“天パ”の声がうるさくて寝れないの』
不機嫌な声でそう言う私にリクオは苦笑を浮かべた。「お、月影さんも来たのかい!?」とまたうるさい声を上げる清継くんに『ハイハイ』と適当に声をかける。
そんな清継くんの向こうの廊下奥に白い影が見えた。
「いたっ···清継くんうしろ───!?」
「え···えーー!?」
振り向いた清継くんの横をすり抜けて私とリクオは廊下の向こうへと駆け出した。その後を清継くんが追いかけてくる。
「なにィーどこだー!?」
『島くん、部屋見てて!!』
「え!?」
ドタバタと走り去る私たちを島くんは驚いた顔で振り返る。だが、そんなことも気にせず私とリクオは二人並んで先程の白い影を追いかけた。
そんな中、私は一つの疑問が頭に浮かんだ。
ん?待てよ───。さっき見た奴と違ってたかも。なんなの······この屋敷───
他にも───いる?
その考えに到達した時、私の横から白い何かが襲ってきた。
『わっ············』
「神夜!」
龍みたいな形をとる何かに噛みつかれる寸前、リクオが私を抱きしめて回避してくれた。後ろから「どーした奴良くん、月影さん!?」と追いかけてきた清継くんの声が聞こえて私達は目の前の奴と対峙しながら声を上げる。
「だめだ···清継くん。近づいちゃ···」
「え」
『今すぐみんなのところへ帰って!!』
「こいつら······違う!!これ···妖怪じゃあない!?」
目の前の何かから避ける様に私とリクオは後ろへと下がった。曲がり角から私達が駆けてきた方向を見るとそこにはすでに清継くんの姿はなく、私たちの言った通りにカナたちの元に戻ってくれたようだ。