野望の終幕
刀を持っていた方の腕を切り落としたリクオに玉章が目を見開くと同時にその刀はポロッと玉章の手から零れ落ちた。
ボトオオォとその場に玉章の腕が落ちると同時にリクオが玉章の背後に降り立った。
玉章の腕の傷口から無数の妖気が出てゆく。その姿を見つめながら私はなんと愚かな···と目を細めた。たくさんの妖怪をその刀で斬り殺していた玉章に罰が当たったとでも言おうか。
「うおっ···うおおおおおおおお」
どんどん出ていく妖気に玉章は声を上げた。
「ひゃ···百鬼が···」
ピシッピシッと微かなヒビが玉章の体を襲う。片目にポコポコと小さな塊が出来ると、それは一気に破裂していきたくさんの妖気が玉章の目から溢れ出てゆく。
腕の傷口と目から物凄い勢いで出てゆくたくさんの妖気にリクオは荒い息をつきながら玉章を振り返った。多数の妖気に顔を顰めた私は着物の袖で口許を覆うとリクオとは反対の位置で玉章を見つめた。
「か···ま···まて···まつのだ···」
抜けていくものが惜しいといわんばかりに傷口を逆の手で押さえる玉章だが、目からも抜けていくため意味がない。
どんどん玉章の力が消えてゆく···。あの刀が玉章の手からなくなった瞬間、これだ。全ての源はあの刀にある。
それに気づいたのは私だけではなく、玉章もらしい。彼は「刀だ!!うう···うおおおお」と声を上げて一歩一歩ゆっくりと放り投げだされた刀に近寄っていく。
「ハアッハアッ、も···もう一度ボクに力を···」
とてつもなく醜い姿の玉章にさらに苦い顔を浮かべていると、後一歩で刀まで届く玉章の前で誰かがその刀を拾い上げた。
見上げた先、それは玉章の側近の夜雀の姿だった。
皆が驚きで目を見開く。
私は夜雀の姿に着物の下で小さく舌打ちをした。しまった···もう少し痛めつけておくんだった。あのまま放置しといたのが運の尽きだったかも。と私が考えていると玉章が「その刀···こっちに···よこせーー!!」と手を伸ばした。
だが、夜雀はその姿を冷たく一瞥すると、バッとその羽を動かして飛び上がり何処かへ行ってしまった。自分の主を置いて、刀だけを持って。
「な!?待て夜雀!?」
玉章が焦って声を掛けるが夜雀は止まらず飛び去っていく。私はそれをチラリと見てからリクオに駆け寄ろうと一歩足を踏み出すと夜雀と目が合った。
睨みつける私とただ冷静な目で見る夜雀。何方も何も言うことはなく視線だけを交わして私達はお互いの距離を開けていくだけ。
「その刀をよこせぇぇぇぇぇぇ」
声を上げる玉章だがそろそろ力が尽きたようだ。自分の中にあった何かが抜けていく感覚に全神経を逆立てながら玉章は「ううう、あああ···」と苦し気な声を上げた。
所詮、此奴はあの刀が無ければ力も無いってことである。
ううう···と呻くような声を上げる玉章がジュウウウ…と煙を上げながら元の巨体から普通の大きさに戻り、しゃがみ込むのを私はリクオを支えながら見つめた。そんな私達の元に集まる奴良組。
四国妖怪達は何も言うことはなくじっと呻く玉章を見つめるだけ。
「んで···だ···バカな···どこで···間違ったって···言うんだ···」
呟くような言葉。
「玉章の方が力は遥か上。なにが···違ったというんだ···」
ああもう何と言えばいいのだろうか。バカ?その言葉が一番合ってるかもしれない。まだ自分の力がわかっていないのか此奴は。
「組を名乗るんならよ···自分を慕う妖怪くらい···しゃんと背負ってやれよな······」
私に支えられながらゆっくりと玉章に近づくリクオ。
頭に浮かぶのは玉章を心底慕っていたであろう犬神や針女の姿。正直私には此奴を慕う意味が分らないが、此奴の何かが犬神達を動かしたのだろう。この先自分について来てくれるのは犬神達だけかもしれないのにその可能性を否定してあっさりと仲間を斬り捨てた此奴を私は一生好きにはなれない。なろうとも思わないが。
「お前につくすために······ボクに死にものぐるいでぶつかってきたアイツ···」
犬神だ。
「お前の畏れについてきた奴はいたんだ。お前が···裏切ったんだ」
玉章の傍まで来てガクッと体勢を崩すリクオに『リクオ!?』と声を掛けて慌てて支え直す。首無や氷麗たちが慌てて駆け寄ってきてくれた。
リクオに言われた言葉で玉章は静かになったのかと思ったが人の気持ちはそう変わらないらしい。地面に這いつくばりながら玉章は「フハ···ハハハ···」と声を上げて笑った。それに怪訝の目を向ける私達。
「夜雀エ···針女···犬ぅ···はっ······役立たずどもめが······誰もこの玉章について来んとはな······。ボクについてくれば······新しい世界へ行ける。せこい組で······もう地ベタをはいずりまわりさげすまされることもないのに···。ボクは···選ばれたのだぞ···」
此奴···解ってないのか。私はピクリと眉を動かすと同時に猩影が私達の前に出て来た。
「若。こいつは···もうダメだぜ」
「猩影···」
私に支えられたリクオが名前を呟くと、猩影は自身の刀を構えた。
「約束は守らせてもらう!!おやじの仇だ」
そう言って玉章に刀を振るうが、それは突然現れたおじいちゃんによって防がれた。皆が突然の出来事に「!?」と身を引く。「え!?総大将ーーーーー!?今までどこへー!?」と声を上げる鴉天狗の声が聞こえた。
猩影の刀を自身の刀で受け止めながらおじいちゃんは呟いた。
「ふう〜まにあったわい。サンライズ瀬戸で6時着。中央高速で10分弱じゃ」
え。サンライズ瀬戸?中央高速?···貴方どこに行ってたんですか。めっちゃカッコよくバンッて音が付きそうな風に言ったはいいが、言ってることは意味がわからない。
「とめないでくれ!!親父の仇だ、オレがやるんだ!!」
おじいちゃんから少し離れてそう言う猩影。するとたくさんの妖怪達を押し退けて現れたのはスーツ姿のよぼよぼのおじいちゃん。おい、杖ついちゃってるけど、大丈夫!?
「おお···玉章···なさけない姿になりおって···」
「なんだ···?このジイサンは···?」
せめておじいちゃんって言ってあげなさい!!
一枚の葉っぱが宙を舞うと同時におじいちゃんの体はどろ〜んという音と共に変わり、大きい狸の姿になり私達の前で膝を付き頭を下げた。
「たのむ···この···通りだ」
「!?」
「デケェェェ!!化け狸だぁあーー!?」
急な変化に皆が驚きの声を上げる。なんで四国の奴ってでかい奴ばっかなの。
「い···犬神刑部狸さま···!!」
「こんなところにまで···」
「こんなヤツでもワシらには···こいつしかおらんのです。バカな息子···償っても償いきれんだろうが四国で今後一切おとなしくさせますゆえ。お願いじゃ···何卒命だけは···それ以外ならどんなけじめもとらせますから···」
私達に頭を下げながらそう言う犬神刑部狸。四国の大妖怪なだけあって威圧感はすごいが(大きいからかもしれない)今は只の息子を一途に思う父親のようにしか見えない。とゆうか、只一心に息子を救いたい父親の姿だ。
「神夜」
『別にいいわよ』
おじいちゃんが私を見てそう言うのでそう返すとおじいちゃんは一つ頷いてリクオを見た。
「リクオ···どうすんだ。お前が決めろ」
リクオがチラリと私を見るので私はリクオに寄り添って其の腕を絡めた。金狐の姿でも人間の姿でも私の方が身長は低いので並ぶことはないが、その分リクオの肩に頭を預けやすくていい。
私を一瞥するとリクオは真剣な眼差しで私達に頭を下げ続ける犬神刑部狸を見た。
「一つだけ···条件がある···」