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百鬼夜行対八十八鬼夜行



二つの夜行が静かに睨み合う。双方出方を見ているのだ。


じりっとお互いを睨み合う私達の間にコオオオオオオと何とも不吉な風が通り過ぎた。そんな中、天下布武と書かれた団扇を持った鴉天狗が「どちらが先に動くか···」と呟いた。その呟きに私が目を細めるとリクオが私の腰を離してザッと一歩進み出た。


皆が驚きの表情を浮かべ「ちょっと···」「なぜ若が先陣を!?」という毛倡妓と首無の声が聞こえる。そんな声も無視してリクオは歩みを止めずどんどん先へと進んでいく。


我が道を行くってか···?と私は苦笑いをすると、リクオの後に続いて一歩踏み出した。それによりまたざわつく奴良組。



「何をしてる!!リクオ様と神夜様を止めろ!!」
「ハ···ハイな」



後ろで私達を止めようとしている鴉天狗の声が聞こえたが、構わず私達は歩みを進める。傍を離れるなとか言ったくせに、自分で私を離して進んで行ったじゃない。あのバカ。



「大将が一番先に出て来たぞ!!姫も一緒だ!!」
「何考えてんだあいつらは!?」
「行け!!殺っちまえばァーーオレたちの天下だーーッ」



それを皮切りに一斉にそれぞれの妖怪達が衝突する。



「側近たちはリクオ様と神夜様を守れーー!四国の奴らに手出しさせるなーー!!」



そんな鴉天狗の声が聞こえるが、もう遅い。リクオがどんどん進んでいく中、私は周りの雑魚妖怪たちに囲まれていた。


な〜んで、このかぐや姫が雑魚妖怪の相手をしなくちゃいけないのかしら。はぁと溜息を吐いて扇を懐にしまう。



「かぐや姫は殺すなよ。綺麗なまま玉章様に届けるのだ」
「わかってるぜ〜」



なんだ、こいつら。人を荷物みたいな言い方しやがって。口の端を引き攣らせて私は一言。



『邪魔』



そう言い放つと同時に腰にある夜桜を抜刀して周りの妖怪達を切り裂いた。私の近くにいたざっと20人ぐらいの妖怪達が一斉にその場からいなくなる。


この夜桜の炎に当てられた者は跡形もなく消滅する。私を囲っていた妖怪達が一瞬でいなくなった事に周りは呆然と立ち尽くしたが、私がニヤリと笑みを浮かべると悔しそうに唇を噛み締めながら一斉に飛び掛ってきた。


それに備えて夜桜を横向きに構えた瞬間。



「神夜姫様!!」



一瞬で周りにいた妖怪達が凍り付いた。



『つらら······』
「姫様には指一本触れさせません!!」



氷でできた槍を持ちながら私の前に立ちふさがる彼女からは雪女独特の冷気が漂っていた。


寒い。寒いぞ。どんだけ冷気漂わせてんだよ。



『つらら、寒い······』
「姫様···なんて呑気なんですか···」



いやめっちゃ飽きられてるけどこれめちゃくちゃ辛いから。お前は雪女だから何も感じないと思うけどこっちはすっごい寒いから。ふざけんなよコラ。


てか呑気なこと言ってる場合じゃないよね。我らが若様がいないんだから。氷麗が凍らせた妖怪達を一気に狐火で燃やすと私は氷麗を振り返った。



『つらら······』
「行ってください、姫様」
『え?』



チラリとこっちを振り返ってそう言う氷麗を二度見する。今なんて言った?



「リクオ様の所へ行ってください。ここは私が引き受けます!」



そう言って妖怪達の群れに飛び出した氷麗は氷の槍で妖怪達を凍らせていく。妖怪達が氷の彫刻のようになり、その間にできた道を見て「さあ、姫様!」なんて言って送り出してくれる可愛い側近を残していくのは気が引けるがせっかく作ってくれた道を無我にするわけにはいかない。


ニヤッと微笑んで走り出した私は氷麗の横を通り過ぎる時に『ありがとう』と彼女の頭を撫でた。それにより顔を赤くしている氷麗を尻目に私は氷の彫像の間をすり抜けて、おそらく玉章の元へ向かったであろうリクオの元へと向かう。


私のために道を開けてくれる奴良組の妖怪達の横をすり抜けて順調に進んでいると、横から急に「邪魔じゃウヌらーー!!」と声を上げて現れた妖怪に思わず『うわっ!』と驚いて足を止めてしまった。


立ち止まってその妖怪を見上げる。でか。



「我が名は手洗い鬼!!四国一の怪力!!てめぇらの一番は誰だあああ!?」



手洗い鬼───山にまたがり間の瀬戸内海で手を洗う程の巨人妖怪。何も瀬戸内海で手を洗わんでもよくね。


てか一番?あ、もしかして私のこと?な〜んて軽く考えているとギロリとその巨体が私を見下ろした。あら、これはヤバイ。



「オレが姫の首をとるぅぅ〜〜!!」
『わああああ!!』



その巨体を折り曲げてこっちに襲い掛かってきた手洗い鬼に思わず声を上げて身を引こうとするとそいつの肩を誰かが掴んで止めた。


悲鳴上げるのも仕方なくない!?あんな顔が急に迫ってくるんだよ!?バクバクとなる心臓を抑えながら上を見上げるとその巨人の肩を掴んで止めていたのは同じく巨人の青田坊。



「んだ···貴様ァ···」
「力自慢ならオレを倒してからにしな。鉄紺色の衣をまとう破戒僧。この···青田坊様をよぉ」



悪どい笑みを浮かべながら名乗る青田坊。



「リクオ様と神夜様を幼少の頃よりお守りして来たんじゃーーーー!!」
「うおぬふぅぅぅ」



青田坊が手洗い鬼の体を押すと-力が自慢なだけはある-彼の力によってこの場から二人は遠のいていった。よかった。こんなところであの巨人同士がぶつかり合ったりしたらすっごい被害が出るぞ。私も巻き込まれる可能性大である。



「姫様!!姫様はリクオ様のお側に!!」



そう言って駆け寄ってきた首無を振り返る。



『それが見失っちゃって···』



すると私の近くにあった蓋が開いて、ドバアアアアと水が溢れてきた。すぐ近くだったため、私は『うおっ!?』と声を上げると首無とともにその場から下がる。


高く吹き上がった水がパキパキと凍り始めどんどん形を作っていく。現れたのは······。



「ゲゲゲッ···水場がアリャ···リクオなんぞこの岸涯小僧がひとひねりよー」
「くそ、姫様ここは私に任せて···」



そう言って糸を操ろうとした首無の手首にヒュンヒュンと髪の毛が絡まる。何なに、まだいるの!?と振り返るとそこには毛倡妓みたいに髪の毛が伸びている針女の姿。


針女───髪がカギ針になっている。髪の毛が伸びるって毛倡妓みたいだよね。



「邪魔をしないでほしいな!!」



そう言って針女に引っ張られた首無は何処かへ行ってしまった。あいつ、髪の毛が伸びる女に好かれるのか···と思っていると、後ろから岸涯小僧がこちらに向かってくる気配がした。振り返って夜桜を振ろうとすると、その前にドオオオと激しい水が岸涯小僧を襲った。


その先を見ると、マンホールの上に乗っている河童の姿。



「へぇ。水場がないからまた役立たずかと思ったけど、ラッキー」
「て·········てめ······」
『河童···ありがとう······!』



睨み合う岸涯小僧と河童を横目で見て私は急いでリクオを探しに走り回る。彼方此方で戦っている妖怪達を見て廻ってもリクオの姿は何処にもない。



『あいつ······一人で勝手に行動して···!』



思わずリクオに悪態を吐くと、横から何かが飛んできた。



ーキィィンッ!



夜桜で弾き返して飛んできた方を確認するとそこには夜雀の姿。こいつ···玉章の側にいるのかと思っていたけど。


薙刀を構えて私と対峙する夜雀。その間をヒュウウと冷たい風が通り過ぎていく。ぎっと柄を握りしめて横向きに構えると私はスゥ···と瞳を細めて夜雀を見つめる。



『邪魔するなら容赦しないけど······構わないわよね?』



静かに睨み合う私達の周りには衝突する双方の妖怪。


一瞬の沈黙が辺りを支配する。


そして次の瞬間、



ーキイン!



お互いの武器が交じり合った。真正面から夜雀を睨みつけて、瞬時に夜桜の向きを変えて上段から斬りつけるがあっさり薙刀で跳ね返された。その勢いで飛び上がった夜雀の隙をついてトンッと飛び上がった私は一瞬で辺り一面に桜を舞わせると、



『桜の舞』



無数の花びらが夜雀に向かっていく。···が、それは薙刀によって振り払われた。



『あの薙刀が邪魔かも······!』



そう溢すと同時に視線を前に向けるが、夜雀の姿はそこにはなかった。どこだ···っ。


一瞬の気配。背後でバサッと微かな羽の音が聞こえてハッと振り返るとすぐ目の前に夜雀の顔。驚きに目を見開く私に薙刀を振るう。



ーガッ



『ぐ···っ』



正面からそれを受けた私は吹っ飛んで地面にたたきつけられた。「姫様!」と私の身を案じる奴良組の妖怪達の声が聞こえる。くそっ···。



「神夜様!!」
『来るな!!』



こっちに駆け寄ってくる氷麗を制止すると彼女はビクッと体を揺らして立ち止まった。奴良組の奴らもこっちに来ようとしたのを止めて四国妖怪と対峙する。



『つらら···手を出すな』
「姫様···っ」



不安そうに眉を顰める氷麗を一瞥して立ち上がりながら宙に浮いている夜雀を睨みつける。さすが、玉章の側近なだけはある。


目の前の夜雀は静かに私を見下ろすと翼をバサッと鳴らしてこっちにすごい勢いで降下してきた。それを受け止めようと夜桜を構えると同時に私の周りを覆うように氷が現れた。


さっむぅぅぅぅぅ!!



『ちょ、つらら!!』



慌てて氷麗に声をかけると氷の向こうで氷麗が「黙って見てるなんてできません!!」と叫んだ。その後すぐにキインッと何かが交じる音が聞こえたので、おそらく今氷麗は夜雀と戦っているのだろう。


無理だ···夜雀と戦おうなんて無茶よ!


氷の壁の中に閉じ込められて数秒。ドシャッと何かが氷に当たる音が聞こえた。きっと氷麗だ。



『ちょ、つらら!?大丈夫か!?』
「ひ、姫様······」



氷の向こうから弱々しく聞こえた彼女の声。私の頭に一気に血が昇った。右手を薙ぐとその手から狐火が現れ分厚い氷の壁を溶かしていく。


徐々に溶け始める氷の壁の向こう。倒れている氷麗とその前で薙刀を構える夜雀の姿。私は一気に駆け出すと薙刀を振り上げる夜雀の前に割り込んで夜桜でそれを受け止めた。



『あんたねぇ···』



後ろには必死に体を起こそうとしている氷麗。目の前には夜雀。

私は憤怒の炎を翡翠の瞳に燃え上がらせながら、夜雀を睨み付けた。



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