カナ、13歳───
ーチュンチュン
襖の外から聞こえる鳥の音に私は目を覚ました。襖越しに差し込む朝日が眩しくて、手で目を覆いながら体を起こして近くにあった羽織を肩にひっかけると襖を開ける。
『ん〜!』
体を精一杯伸ばしていると近くを納豆小僧が通りかかって珍しいと目を見開いて私を見上げた。
まあ、普段は自分で起きないし。
「ちゃんと起きたんですね」
『朝日が眩しくてさ〜』
困ったもんだと肩を竦めると苦笑いをした納豆小僧が「あ!」と何か思い出したように声を上げた。それに首を傾げながら腕を組み、襖に寄りかかる。
「姫様、若がさっき妖酩酒を持っていったんですが···何かあるんでしょうか?」
『リクオが?』
妖酩酒って。そんなものを持っていって何をするんだろう。とりあえずリクオのところに行ってみるか。
『教えてくれてありがとう、納豆小僧。リクオのところに行ってみるよ』
「はい。お気をつけて〜」
何にだよ←
とりあず庭に行ってみるということで見送ってくれている納豆小僧に後ろ手に手を振って庭の方へ足を進めた。
途中何度も本家の妖怪に会い「姫様!?」「珍しいですな」「今日は雪でも降るんですか?」「え!?神夜姫様!?」と驚かれた。そんなに私が自分で起きるのが珍しいのかと内心傷ついていると河童がいる池の近くで目を閉じながら杯に妖酩酒を入れているリクオを見つけた。
あの酒は確か「桜」じゃなかったっけ···。
『まさか···』
縁側に立ち左手を腰に当ててリクオを見つめる。
じっと目を閉じていたリクオはカッと目を開いた。
ーー奥義・明鏡止水!!桜!!杯に入っていた酒がゆらりと動くと木々に止まっていた鴉たちが飛び立った。『おお!!』と小さく声を上げてリクオを見つめていると彼の手にある杯から酒がびろ〜んとこぼれだし「あれっ···」と声を出したリクオはそのままつるんと滑ると池の中にザパーンと落ちた。
その光景を微妙な面持ちで目を細めて見ているとリクオが池の中から顔を出した。
「いでで。やっぱ無理か〜〜」
「ひゃっひゃっひゃっ。な〜にをしとんじゃリクオ〜」
急に隣から聞こえてきた声にビクリと肩を震わせて視線を向けると鴉天狗とおじいちゃんがいた。そのままおじいちゃんは私の手を引いてリクオの傍へと歩み寄る。
鴉天狗、私が起きてるの見て驚くなよ。
「そりゃ明鏡止水か?小さい頃はよく見よう見まねでまねしとったの〜」
「じいちゃん···それに神夜も」
私に気づいたリクオにニコリと微笑んで池から這い出ようとしている彼に手を貸す。リクオはおじいちゃんに見られたのが嫌だったのか顔を顰めながら私の手を取った。
「ハッハッハ。まーたあんときみたいにおじいちゃんみたいになりた〜いとか言って継ぐ気になってくれんかの〜〜」
「の〜カラス」「まったく···」と言っている二人に苦笑いをしてぐっとリクオを引き上げると、彼はおじいちゃんたちから視線を逸らして口を開いた。
「うん。まだ···遅くはないよね」
「やめとけやめとけ。人間には妖力は使え······え?何ーー!?」
おじいちゃん同様に私も驚いてリクオを見つめる。あれほど継ぐのを嫌がっていたリクオから発せられた言葉とは思えない。
「じいちゃん······ボク三代目を継ぐ!これ以上組のみんなを···まよわせない」
迷いのない瞳でそう言い切ったリクオを見ておじいちゃんと鴉天狗は驚いたように目を見開く。私も目の前にいるリクオを見てずり落ちようとしていた羽織を持ち上げた。
今までのリクオとは全然違う瞳をしている。
「そ······総大将···こ、これは······」
「うぬ〜〜ワシは夢でも見とるのか。牛鬼は一体、何をふきこんだのか······」
え?なんで知って···。
「あれ···知ってるの?」
「当たり前じゃ!!カラスの息子に口止めしたらしいが···牛鬼と戦ったらしいな!!あいつめ〜目をかけてやったのにとんだことしてくれたわい!!···それに神夜にもケガを負わせたらしいのう!!!」
「あんなやつ!破門じゃ!切腹じゃ···ッ!」ギャーギャー騒ぎ出したおじいちゃんを鴉天狗が「ちょ、ちょっと総大将···!まだくわしいことがわかりませんゆえ、そこまでは···」と止めに入る。その光景を私は苦笑いを浮かべながら見つめた。
黒羽丸とトサカ丸め。あれほど言うなと口止めしといたのにバラしたな。
すると隣にいたリクオが、
「そーだよおじいちゃん。牛鬼は組のことを思ってクーデターをおこしたんだ!!いわばボクのせいなんだから!!」
やけに目を輝かせながらおじいちゃんに詰め寄った。そして私の手を握ると振り返りながらビシッとおじいちゃんを指差す。
「だから変な処分とかしたらダメだからね!絶対だよ!!」
「「ハ?」」
ポカーンとする鴉天狗とおじいちゃんを置いてリクオは「あっもうこんな時間っ、学校行かなきゃ!!神夜、行こ!」『え···あ、うん』と私の手を引っ張って歩き始めた。
縁側を見ると制服に着替えた氷麗と青田坊が私達を待っていた。
「ゲッ···妖酩酒が全部池の中に!!」
『え!?大丈夫?河童』
「らいじょうぶれぇぇ〜〜〜す」
いや、めっちゃ酔ってんじゃん。
そんな私たちを見ていたおじいちゃんが背後に黒いオーラをまといながら低い声で口を開いた。
「自分を······殺そうとした家臣を······おとがめなしに···しておくだと?なんじゃい。クソ甘い···人間のままじゃないか······。
そんな純粋な妖怪の総大将がおるか〜〜い!!」
大きな声とパーンとなる音、それとギャアアアアスという悲鳴が聞こえて私とリクオは振り返った。
「な、なに怒ってんだよじーちゃん···」
『びっくりしたぁ〜···』